第2話 かおりちゃんグラフィティ その②
この季節の午後四時半頃はまだ日も明るく、青い空にゆっくりと白い雲が流れるのが、廊下に連なる複数の窓に、まるで横長の大型ビジョンかの様に映り込んでいる。
そしてスマホの画面から一瞬そちらに視線を移したみっちゃんは、少し何かを考えると、今度は木村彰人の方を振り向いて口を開いた。
「どうしたのこれ? 男子は皆んな知ってるの?」
「どうしたのって…教わった。じゃあやっぱり根本さんなんだ」
みっちゃんの質問に、彰人は少し嬉しそうに頬を緩ませながら答えた。
しかしみっちゃんの方はそんな彰人に神妙な表情だ。
「誰から? それにこれ、何人が知ってるの?」
だからみっちゃんは先程彰人が答えなかった事も含め、再度尋ねた。
もはや告白でもされるか等といった緩い考えはみっちゃんの頭には微塵もなかった。それよりも根本かおりがまた何やら動き出している事の方が心配で、強く気になっていた。
「誰にも言わない?」
そんなみっちゃんの質問に、何故か頬を少し赤らめて嬉しそうに尋ねる彰人。
「中身に寄り切りだけど、基本的には言わない」
「えー、じゃあ駄目だな。教えられない」
明らかに言いたそうだったのにそう答える彰人。
「じゃあ訊かない。私も忙しいんだ。それならもう行くけどいいよね」
だからみっちゃんはわざとそう言うと、その場から歩き始める素振りを見せた。
そしてその行動に彰人は慌てて食い付く。
「あ、ちょっと、待って。言うよ、言う言う」
その言葉にみっちゃんはしてやったりと満足そうな表情を見せて、足を止め再び彰人の方を振り向いた。
(こいつは結局、私を待ち伏せして話しかけた時からずっと、本当は話したくてしょうがなかったんだな。馬鹿な奴。だったら最初から普通に全部話せば良かったものの。でもなんで私なんだ?)
そんなみっちゃんの疑問は、話を聞くうちに直ぐに解決する事となる。
「じゃあ最初から全部話して」
みっちゃんは廊下を左右、誰もいない事を確認するとそう話した。
そんなみっちゃんに、彰人はつけっ放しだったスマホの画面を消すと、制服のズボンのポケットへとそれをしまい込む。そして廊下の窓側の壁に寄り掛かると話し始めた。少し長い話になるかもと思ったからだ。
「教わったのは、本人から教わったんだ。拡散して良いよって根本さんは言っていたけど。ほら、マスクして顔を隠しているだろ。だから根本さん本人かの確証も持てないし、出鱈目に変なの教わって、それを根本さんだって拡散したら、後で俺が酷い目に遭いそうだろ」
「じゃあ木村君は、私がこの映像の子を根本かおりさんだって認めたら即拡散して回るの?」
「それは…」
何やら躊躇う事でもあるのか、そこは話を濁す彰人。
「フーン。ま、いいや。で、何で根本さんはクラスも違う木村君にそんな事を教えたの? もしかして二人は仲が良いの? でも彼女はいつも一人でいるイメージだけど」
「そうだよ、根本さんはいつも一人さ。体育の時間の時だって、うちのクラスの女子どころか、自分のクラスの女子とだって話している所を見た事がないだろ」
「あらま、男子は校庭の別な場所で授業をしてるのに、遠くから見てるんだ」
みっちゃんは彰人の言葉にちょっと彼の頬が赤くなった理由が分かった様な気がした。
「違うよ! 俺だけじゃないよ! 皆んなチョロチョロ女子の方を見てるんだよ。ホラ、体操服って体のラインとか普段より分かるし」
「スケベ」
そんな彰人の言い訳を話し途中で一喝するみっちゃん。
それに対して彰人は「はぁ」と一度溜息をつくと俯いて、少し間を取ってから再度顔を上げて話を再開した。
「兎に角、根本さんは普段からいつも一人でいるみたいなんだよなぁ」
その言葉にはみっちゃんは大いに思い当たる節があった。
小学五年も後半に起きたあの事件以来、みっちゃんはみっちゃんなりに根本かおりのその後の動向は気にかけている。最近だって彼女が一人で帰る姿を何度となく目撃していた。ただ、だからといって話しかけたり何かをしたりという行動にはどうしても移せないでいるのだが。
「それである日さ。授業の休み時間に、板チョコを持って来ちゃったのを思い出して、屋上に続く階段の上でそれを食べようと、階段の一番上まで一人であがったのさ。あそこなら誰もいないと思ったから」
「そしたら根本さんがいた?」
ああ、まただ。
みっちゃんは小学生の頃何度か想像した階段の一番上に一人で座る根本かおりの姿を、久しぶりに思い出した。
「なんでわかるの」
驚いた彰人が尋ねる。
「なんとなく」
それに対してみっちゃんは、少し微笑みながらそう答えるしかなかった。
そして彰人の話はなおも続く。
「そうなんだ。屋上のドアの所、踊り場みたいに少し広くなってるだろ。そこでドアに寄っかかる様に体育座りして座ってた」
「じゃあ正面から上がって来たらパンツ見えたんじゃない」
「えっ!?」
話の途中、みっちゃんの思わぬ突っ込みに声を上げると顔を真っ赤にする彰人。
「やっぱり見たんだ。超スケベ」
彰人はみっちゃんによってスケベから超スケベに昇格した。
「え、いや、だけどそれはわざと見た訳じゃなくて、偶然見えただけだから、それに話はそこじゃなくて」
「あははは、見たって言った。やっぱり見たんだ。見たんだ~」
しどろもどろに言い訳を言う彰人に、更に笑いながら追い打ちをかけるみっちゃん。
こういう所がみっちゃんには男子でも話しかけやすい要因なのかも知れない。
「もういいだろ! 兎に角続きを話すぞ! それで俺は先にいた根本さんに板チョコを半分包みごと割って渡したんだ。それから隣に座って、『なにしてるの』って話しかけた」
「フーン」
恥ずかしさからか、声を荒げる彰人。
この頃にはもうみっちゃんは、木村彰人が根本かおりの事を好きなんだなと確信していた。
そして何やら妙に嬉しい気持ちになって行く。
気になっている人物の中の一人、根本かおりの事を想ってくれている人がいる事を知ったから…
つづく





