第12話
三時限目が終ると水口は直ぐに席を立って、美紗子の席に向おうとした。
同じタイミングで興味津々の根本も水口の元へ向かう。
「さっきの話」
美紗子の席までの途中で横から水口は根本に捕まってしまい声を掛けられた。
「チッ」
思わず根本に気付かれない様に舌打ちする水口。
「美紗
「ちょっと待って! お昼休み! お昼休みに話すから」
いきなり名前を出して来た根本に慌てて、水口は少し大声でその言葉を遮った。
(まだ全貌のつかめていない問題で、個人名をあげて話そうとするなんて、これがクラス全体に広まって虐めにでも発展したら、私が首謀者にされかねない!)
慌てて突っ込んで来た根本を手で制して、水口はそのまま美紗子の席へと向かった。
美紗子はこちらもまた、幸一に話し掛けられないうちにと席を立ち、仲の良い悠那の元へ向かおうとしていた。
「あっ」
立ち上がり後ろの方に歩きだそうとする美紗子に、思わず幸一はそちらの方に手を伸ばしながら声を上げた。
美紗子もそれには気付いてはいたのだが、気付かない振りをして歩き出す。
「ちょっと」
そこへ声と同時に手首を握られた美紗子は、一瞬幸一かとドキリとしたが、手首を掴まれた反動で振り向いた先にあった顔が水口だと分ると、少しガッカリした気持ちと、何とも言えぬ不安に襲われた。
(話はこの前済んでいる筈だ。特別な何かが出て来ない限り、水口さんの性格では同じ事をしつこく尋ねる事はないだろう。まさか…)
そんな事を思いながらも美紗子は、表情を崩して笑顔を作り、
「なーに?」
と尋ねた。
「一緒にトイレに行かない?」
水口も美紗子の笑顔に何かを気付いたのか、こちらも笑顔でそう返すと、返事も聞かず、美紗子の手首を引っ張りながら、教室の外へと歩き出した。
美紗子はその間何も言わず、言われるがままに、手を引かれながら後を付いて行った。
教室の外の廊下に出ると、水口は階段の方に向かい、更に上の階に上り始めた。
三階にある五年の階は最上階で、その上は屋上だった。
無論小学校の屋上へと繋がる扉は常時鍵が掛かっている。
水口は廻り階段の踊り場を越え、更に上、屋上へと繋がる扉のある階まで上って来た。
扉の前には畳三畳程のフロアがある。
下から上ってくる人も手すりから覗き見る事が出来るし、此処に来る人は殆どいない。謂わば今回の水口にとっての絶好の場所だった。
ガチャガチャ
水口は屋上へと通じる扉のノブを回してみたが、やはり鍵が掛かっている様で、それは回らなかった。
「よし」
確認し終え、そう一言言うと水口は反転して、その扉に自分の背中を当てて、美紗子の顔をマジマジと眺めた。
正面から見据えられた美紗子はバツが悪そうに斜め下に目線を外した。
「この前の放課後、保健室には行っていないでしょ」
暫くして水口が口を開いた。
何となく分っていた事とはいえ、突然の言葉に斜め下を見たままの美紗子の脳は一瞬活動を停止でもしたのか、僅か数秒だったが、瞳孔が開いた。
そのまま言葉が見つからず沈黙を守り続ける美紗子。
「はぁ」
その様子を見てやっぱりかと水口は溜息を漏らした。
「確証はなかったんだけど、やっぱりそうなのね。さっき斉藤さんを連れて保健室に行った時先生に尋ねたの。先生ははっきりとは答えなかった」
扉に背中を当てたまま、胸のところで腕組をしながら水口は出来る限り冷静にそう言った。
「そう…」
観念したのか、相変わらず視線を合わせようとはせず、口を僅かに開いて美紗子はそれだけを言った。
「何処にいたの? 何をしていたの?」
相変わらず冷静に水口は尋ねる。
しかしそれにも美紗子は何も答えず、その場で急いで、考えを巡らせていた。
実際バレた時にどうするかを決めていなかったツケが此処で露になった。
幸一との図書室で過ごしていた時間を語るべきか?
語るとしたら何処から?
もしその事を話したら、きっと今まで以上に冷やかされるだろう。
(私はいい。どんなに冷やかされても幸一君と一緒にいられれば。でも彼は…幸一君はきっと凄く嫌がるだろう。もしかすると冷やかされるのが嫌で、私の側から離れて行ってしまうかも知れない。私にとって一番重要で大切な事は…)
考えれば考える程、美紗子は答えられなくなって行った。
そんな美紗子を鋭い目付きで睨みながら、暫く待って、水口は再び口を開いた。
「どうして答えられないの? もしかして、男子と居たんじゃないの? それだけは止めてよね。二組のみっちゃんって子に、『そら見た事か!』って馬鹿にされるから。本当にそれだけは止めて」
途中からは懇願する様に言う。
その言葉に美紗子は、水口は真実を望んでいないと理解した。
そして自分も。
「なんと言われても、私はやっぱり保健室にいたの。きっと、先生が忘れてしまったのよ」
突然正面を向き、水口と目を合わせると、美紗子はそう言った。
それを聞いて水口は一瞬ニヤリとすると、直ぐにまた鋭い眼差しに戻り、美紗子に向かって話し始めた。
「そうなの、フーン。じゃあそれでも良いけど。私にだけ本当の事を教えて。私はあの日の他の三人にもこの事を伝えなければいけないし。副委員長としての立場もあるの。こんな事で美紗子が虐められる様な事があったら、私の責任も浮上するし。お願い」
水口のそんな言葉を聞いても、美紗子の意思はもう変わらなかった。
この時にはもうはっきりと美紗子の中には守りたいものがあったからだ。
ーこれから先も変わらず続く筈の大切な時間ー
ただそれだけを思い、美紗子は口を開いた。
「やっぱり私は、保健室にい
バシッ!!
美紗子が言い終わらないうちに、水口の右手が美紗子の頬を叩いた。
叩かれた勢いで横を向く美紗子。
今まで抑えて来た怒りがどうしようもなく出てきたのか、目尻を上げ、今までにない怒りの表情で水口は言い出した。
「頑固者! 此処まで私は譲歩してるのに! それでも私にも言えない事なの! どうせ男子と居たんでしょ! 山崎幸一君? フン! もういいよ! 私は副委員長としてクラス全体の事を見て、考えてるの。美紗子、あなたはもういいよ。私はあなたをクラスの一人とは認めない。好きにすれば良い。私はクラスの皆んなとあなたを虐めたり、無視したりとかはしない。でも、私はあなたの存在を認めない。あなたの事なんか知らない!」
水口の罵声の中、横を向いて、叩かれた頬がじわじわと赤味を帯びる中、美紗子の瞳からはその頬へと続く一筋の涙が流れた。
つづく
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