第123話 それからのこと その⑮
きっと既に美紗子は自分の置かれた境遇と、今クラスでポツリと一人でいる根本かおりの境遇を重ねて、感情移入でもしてしまったのだろう。
「なんで…可哀想だと思っちゃ駄目なの」
「あんた、馬鹿!?」
何を思っての発言なのか、悲し気な表情でそう言った美紗子に、水口は即座に容赦なく言い返した。
「あなたをあんな風に虐めた相手なのよ。あなたはいわば被害者で、そしてあっちは加害者。加害者がその後どうなろうがあなたの知った事じゃないじゃない」
「でも」
続けて状況を説明しようとする水口にまだ喰らい付く美紗子。
しかしそんな美紗子の言葉など、水口にしてみればただの甘ちゃんな考えにしか思えず、直ぐに現状を口にし始めた。そうすれば美紗子にも理解出来ると思ったからだ。
「あなた、もしかして私が来ただけで自分は助かったとか勘違いしている? 現状を語れば、今現在学校に行っていないあなたは底辺なのよ。寧ろ学校に来ている分だけ根本さんの方があなたより先生達の受けは良いし、それだけじゃない。あなたのお母さん、学校にクレーム付けに行ったでしょ。私あの頃職員室で先生達が話しているのを聞いたけど、相当な悪口を言われてたよ。無論私だからその事はクラスの誰にも言ってはいないけれど」
ここまで話して、水口は喉が渇いたのか目の前のカップに手を伸ばした。
だからその間沈黙があったのだけれど、しかしもうその時には美紗子は話す言葉も出なかった。
自分が底辺であると言われたショックと、親が学校に行った事が教職員の間では悪い評価にしかなっていないという現実だけが、今はもう頭の中を埋め尽くしていたのだ。
「だからね、あなたには人の事を可哀想だなんて思っている余裕はないの。しかも相手は元凶じゃない。忘れたの? あなたは、倉橋美紗子は誰の所為でこんな目にあってるの。根本かおりの所為でしょう。自分でも今さっき彼女を怖いと言っていたじゃない」
「……」
美紗子には返す言葉がなかった。
それは確かにそうで、自分はついさっきまでは根本を恐れ、そして恨んでいたのだ。
(彼女にあんな事をされなければ、今こんな風にしている事もなかったんだ)
そう思うといつもなら思い出したくもない出来事が、美紗子の脳内を駆け巡る。
髪を引っ張られ椅子から床へと引き摺り下ろされた事。
みんなの前で土下座での謝罪を強制された事。
そしてその間では幸一くんに振られ、最後にはクラス全員の前でスカートを捲くられ、パンツを丸出しにされたのだ。
(こんなことをされて、学校に通える訳がないじゃないか)
俯きながらそんな事を考えている美紗子に、水口は冷ややかに微笑んだ。
彼女は自分の言った事を美紗子が理解したと思ったからだ。
かつて紙夜里がそのままの美紗子に好かれたいと願った事とは逆に、水口には美紗子を自分の都合の良い方に変えたいという願望があったのだ。
だからまた口を開く。
「どうやら理解出来たみたいね。じゃあその上で言うけれど、多分今のままのあなたでは、ちゃんと引き籠りから復学する事は無理でしょう。今それが一つハッキリと分かった。自分が底辺だという自覚もなしに簡単に自分を虐めた奴を可哀想だなんて思えるのは優しさでもなんでもないわ。ただの甘え。自分を甘やかしたいから他人の事も簡単に甘やかす。そんな人が学校に戻ったとして、ずっと通って行ける? 何かあればまたすぐ逃げ出すのがオチじゃない? いい、美紗子。私は必ずあなたを元の生活に戻させて、社会復帰させてあげるわ。その為のシミュレーションも組んで来た。でもね、その為にはあなた自身も変わらなければ駄目。そのままの甘えた心じゃ駄目。もっと自分に厳しく、その厳しさから他人にも厳しい自分でなければ駄目。何事からも逃げ出さない心を持たなきゃ駄目」
「変わる?」
水口の言葉に顔を上げた美紗子は思わずそう呟いた。
その言っている意味は理解出来たのだが、自分を変えなきゃいけないというのには流石に抵抗があったからだ。
「そう、変わらなきゃ今のまんま。いい、今は根本さんやクラスのみんなや学校とか、とにかく誰かの所為にして引き籠もってはいられるけれど、例えば十年後はどお? 十年後もこのままだったら、それを人の所為に出来る? それまでの期間何も変わろうとしなかった、動こうとしなかったのは誰? それは自分でしょ。だからそれはもう自分の所為なんだよ。今は人の所為にしてもいい、でも十年後も何も変わらなければ、それは自分の所為」
水口はそれまでの口調とはさり気なく変えて、優しい口調で繰り返し同じ事を二回言った。
それは美紗子の素直な心に染み込ませる為だ。
美紗子はその人柄と風貌からきっと何処へ行っても人気者になるだろう。
好感度の高い人物を自分の側に置く事は何かと役に立つと水口は考えていた。
だから美紗子が水口のその話にコクンッと小さく頷いたのも彼女は見逃さない。
「分かってくれて嬉しいわ。自分を変えるなんて話は抵抗する人が殆どだから、あなたが賢い人で良かった。それに直ぐに大きく変われって話ではないからね。とりあえず残りの五年の三学期は、なるべく私の側にいなさい。そして私の考え方や行動を良く観察するの。そうすれば自ずと美紗子も一人で生きて行けるようになるから。誰にも頼らずに生きて行くにはどうすべきか、大人達との交渉事はどうすべきか」
「大人達?」
「ああ、先生達の事よ。彼らは私達を評価して採点を付ける。そしてそれらは中学へと引き継がれる。だとしたらより良い関係を築くべきじゃない。なんと言ったって彼らにはそういう権利が与えられているんだから。だから美紗子、あなたは六年になったらクラスの副委員長になりなさい。私は委員長になるから。あなたはお母さんの事で先生方からは既にマイナスを貰ってる。それを取り返すにはそれくらいの事は必要よ。品行方正な副委員長になるの」
美紗子の問いに答える水口の目は輝いていた。
それはこれが、中学で生徒会長になるという彼女の目的への第一歩に他ならなかったからだ。
そして水口は心の中でこう呟いた。
(この場にみっちゃんがいなくて良かった♪ フフ)
つづく





