第112話 それからのこと その④
それから幾くらかの時間が経過すると、秋だった季節はすっかり冬の様相を呈して、美紗子は学校に行かないまま冬休みを迎える事となった。
しかしその間、何も無かった訳ではない。ただ、結果を伴わなかったのだ。
美紗子が学校に来なくなった日から冬休みに入る直前まで、親友の悠那は、美智子を伴ってほぼ毎日放課後美紗子の家に回るのが日課になっていた。そしてその為に紙夜里は美紗子の家に思うように近づけないでいた。
いつも美紗子の家の玄関が見える少し離れた道路の隅から、電柱などで隠れる様にしてチャイムを押す悠那達を観察する紙夜里とみっちゃん。(当然みっちゃんは飽きていた)
それは悠那達共々毎日同じ事の繰り返しで、結局はインターホン越しに話す様子も、美紗子が姿を見せる事も、ついに一度も見る事はなかった。
それでも悠那は、友達関係復活の為にと頑張っていた。
時には母親が美紗子の妹を連れて帰って来る頃まで待っていたし、家の敷地、庭の中に入り、掃き出しの窓がある方に回っては一階に美紗子の姿はないかとその窓から中をぐるりと覗いたりもしたのだ。
しかし美紗子は外に人の気配やチャイムが鳴ったりしたら即座に二階の自室のベッドに逃げて行ったし、母親も、今回の事では相当学校を怒っているのか、例え友達でも美紗子に会わせようとはしなかった。
『娘は休みたいだけ休ませます。行きたくなったら行かせます』
最初にそう先生に告げた言葉を徹底する様に。
そんな事だからとうとう紙夜里は二学期中は美紗子に会ったり話したりする以前に、その家の側まで行く事も出来なかった。
そして冬休み。
冬休みに入ると、悠那が美紗子の家を訪れる事は滅法少なくなった。
しかも今回は美智子は付いて来てはおらず、多分、美紗子の母親の言葉に悠那ももう半ば諦めていたのだろう。
ちなみに学校からのプリントなどは、その殆どは二学期中悠那達が美紗子の家のポストに入れていたのだが、偶に副委員長としての責任感からか、水口が持って来てポストに投函する事もあった。無論、水口はチャイムなど鳴らさずにそのまま帰って行くのだが。
「なあ、もうやめようよ。クラスの友達にも会わない倉橋さんが、どうして騙していたような紙夜里に会ってくれるのさ」
「うるさい!」
それはそんな冬休みに、美沙子の家の前の通りで良く聞かれた会話だった。
冬休みに入り、美沙子を訪れる人も疎らになった今、紙夜里は懸命に時間を見つけてはチャイムを押し続けていた。それはもしかしたら美沙子をいらだたせ、余計に拒絶させる結果を生んでいたとしても、紙夜里にはもう時間があまりなかったのだ。
「そもそもあんなことさえしなけりゃ…まあ、魔が差したってのはわかるけどさ」
そんなここ数日の美紗子の家からの帰り道。
もう既に何度か言っていた言葉が思わずみっちゃんの口から顔を出す。
「だから何度も言っているように、ギャンブル依存症やアルコール依存症の人と同じなの。それだけはやっちゃ駄目だって事がしたくなる。自分の中で破滅的・自堕落的な方にこそ引き込まれるの。考え方がおかしくなるというか、一か八かの変な発想方法になる。特にあの時の私は追い詰められていたから…」
「わかるけどさ」
紙夜里の話を横で聞きながら、みっちゃんは美紗子が学校に来なくなってからの紙夜里を、随分丸くなったものだと感じていた。
(きっと色々な事に諦めが付いたのだろう)
「わかるけど。じゃあそこまで自分で分かってるなら、もういっそ倉橋さんの事は諦めたらいいのに」
「うるさい!」
こうやって振り出しに戻るような対話を帰り道に何度となく繰り返すと、日付はいつの間にか新年・お正月となった。
さすがにお正月はみっちゃんも家族との予定やらがあり、紙夜里と会う事もなくなり、紙夜里もまた、気を使ってかお正月中の美紗子の家への訪問は遠慮していた。
しかしである。
一月の七日。
共働きの両親は既に仕事が始まり、幼い妹は託児所に預けられ、美紗子が一人で居る家の玄関では、紙夜里によってけたたましく叩かれるドアの音が響いていた。
ドンドンッ!
ドンドンッ!
「開けて! 美紗ちゃん! お願いだから開けて!」
紙夜里はそれまでは決して扉を直接叩く様な真似はしていなかった。いつも遠慮がちにチャイムを鳴らし、モニターに向かい小声でボソボソと話すにとどめていたのだ。それはまるで、美紗子の中でのかつての紙夜里のイメージを守るかの様に。
しかし今日は違っていた。
今日の夜には父親が紙夜里を迎えに来るのだ。
だから必死だった。
「ちょっとだけでいいの。ちょっとだけでいいから話を聞いて。お願い美紗ちゃん!」
つづく





