第111話 それからのこと その③
あの出来事から二日目、紙夜里は学校にやって来た。
ただし目の下にはクマがあり、きっと寝ないで色々と考えてでもいたのだろう。顔色も青白く、どう見ても前よりも状態は悪いように見える。
「大丈夫か?」
だから始業開始前、席に座る紙夜里にみっちゃんは、その瞳孔の定まらない目を覗き見ながら尋ねた。
「別に…大丈夫じゃないて答えたら」
「そしたら保健室に連れてってやるよ。まだ生理痛が痛むの?」
「馬鹿っ!」
その瞬間顔を真っ赤にして怒鳴る紙夜里。
そもそも紙夜里は生理でもなんでもなかったのだ。
「あ、いつもの紙夜里だ。良かった」
しかしそんな紙夜里にみっちゃんは微笑んでそう答えた。
生理かどうかはともかく、あの日根本にやられた体の痛みと、そして何より美紗子のあの態度に相当紙夜里は心身共にやられた筈だ。
だからそのちょっと前の、あの面倒臭い性格の紙夜里はもう見られないんじゃないのかと心配していたみっちゃんにとっては、それはちょっと嬉しい事だったのだ。
そもそもみっちゃんの中での紙夜里は、今となっては以前の大人しく誰かに守られていた頃よりも、最近の相当屈折した紙夜里の方がある意味人間臭くて好きだった。特に放課後の帰り道、「引っ越したくない!」と泣き叫ぶ姿を見てからは。
そんな訳でみっちゃんは、表面上は面倒臭そうに見せても、なるべく悪事がバレて破綻してしまった紙夜里と美紗子の関係も、回復するように手伝う気ではいたのだ。
だからまだムッとした顔で怒りを顕にしている紙夜里へ向かって、次にはこんな言葉を投げてみる。
「それで昨日今日と倉橋さんは学校に来ていないみたいだけれど、どうする?」
その頃四組の方では、こちらは根本かおりが学校に来ていた。
根本はまだどもりが治っていないからか、口元を隠す様にマスクをして来ていた。
教室に入ると最初に来ていない美紗子の席を眺める。それから最近仲の良かったグループの輪へと向かう。
「おおおはよう。あののさ」
どもりながらも何事も無かったかの様に話しかける根本。
しかし彼女達は、最初から決めていた様に根本を一瞥すると、一言も口を開こうともせずにバラバラとその場所を、根本を残して移動し始めたのだ。
(なんであの時手伝わなかったんだ)
そう尋ねるつもりだった彼女は、しかし同時にいざという時あいつ等は役立たない。信用出来ないという事も既に理解していたので、肩をすくめると、一人静かに自分の席に向かった。
「なにあれ、壊れた玩具みたい。『おおおはよう』だって」
「ねー」
「やっぱり関らないで正解♪ 美紗子も今日も来てないし。根本さんもあんな感じじゃ前みたいに出来ないだろうから、終ってみれば全部私達の思う壺じゃない♪」
「ホント~」
根本から離れたグループが、また違う場所で集まってそんな話をしているのは、しかし既に椅子に座り、自分の机にうつ伏している彼女には一つも聞こえてはいなかった。
あの時の興奮した状態の中の、もっとも冴えた考えはもう浮かんでは来ない。全てはもう終ったのだ。
(また誰も構ってくれない…一人ぼっちか…)
その根本の想像は的中していた。
これから先、小五の残りと六年の時期を、根本かおりは一人静かに目立つ事無く過ごす事になる。
どもり癖が、治らなかったからだ。
そして中学に入学してもそれは変わらなかった。
だから元来構って欲しいという欲求が強かった彼女は、その気持ちを満たす為に学校からネットの世界へと目を向けるようになる。
そこはちょっと肌を露出させれば、大勢の人が構ってくれる世界だったからだ。
つづく





