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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
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第10話

 自分のクラス、四組に着いて教室の入り口を潜ると、既に殆どの生徒が来ていた。

 自分の席に座っている者や、立って友達と話している者。

 教室の朝はいつも通りガヤガヤと賑やかで、それは一瞬美紗子の不安を払拭した。


(結局は、クラスの女子四人だけの話だ。何事もなければ、彼女達からクラスの他の人達に広まる話でもないだろう。昨日の話ならそんなに悪い事もしていないし、悪いイメージもない筈だ)


 そう思いながら自分の席に向かう美紗子の表情は少しずつ和らいで来ていた。

 しかし、席の近くに来て、隣の席に座る幸一の背中を見た瞬間、また美紗子の気持ちは重苦しくなって来た。

 どうしようか…と、思いながら自分の席の前に立ち、ランドセルを机の上に降ろし、手提げバッグを机の脇のフックに掛けた。


「おはよう」


 美紗子は、下を向き昨日貸した本を頬杖を付いて呼んでいる幸一の後頭部に向けて、一瞬笑顔になりそうなのを急いで表情を硬くしてそう言った。


「あっ、おはよう」


 慌てて振り向いて幸一がそう言った時には、美紗子はもうそこにはいなかった。

 水口の音楽の教科書を大事に胸に当てて持ち、美紗子はもう水口の席の方に向かって歩いていた。


(誠意、誠意)


 心の中でそう呟く。

 誠意さえあれば、何とかなる。美紗子はそう思っていた。


 副委員長の水口は一人席に座り、一時限目の教科書を机の上に出して、パラパラと捲っては、眺めていた。

 昨日の連中はおろか、本来水口と仲の良い子達も今は側にいなかった。

 美紗子は水口の机の前に向かい合う様に立った。

 何となく人の気配を感じた水口が顔を上げると、目の前には差し出された自分の音楽の教科書があった。


「今返して来て、代わりにこれを預かって来ました。どうもありがとう」


 言いながら美紗子は教科書を差し出している手もそのままに、深々と頭を下げた。

 先程のみっちゃんの言葉が蘇る。


『あの副委員長にはせいぜい気をつけな。あれは堅物そうだから、大変だよ。万が一嘘でも付いていたら』


(そうは言っても一応は副委員長をやっている人だ。真面目だし、頭も良い。礼儀正しく、誠意が見られる人に、酷い事は言わないだろう)


 頭を下げながら、美紗子はそんな事を思っていた。

 フッと、前に突き出していた手が軽くなる。

 水口が教科書を受け取ったのだ。


「これからは気を付けてよね」


 顔を上げた美紗子に向かって水口が発した言葉は、それだけだった。

 何をどう考えていたかは知らないが、水口は美紗子の丁寧な対応にバツを悪く感じたのか、それだけ言うと、斜め下に目線を外していた。まるで開いていた教科書を読んでいるかの様に。

 呆気なかった。

 どうやって教科書を返そうか考えあぐねていた割には、簡単に巡って来た最良の結果に、思わず美紗子は拍子抜けして、水口に背を向けて歩き出す頃には、思わず笑顔が零れそうになった。


「ちょっと待って!」


 突然の水口の言葉が後ろから力強く聞こえて来て、美紗子はまたも直ぐに顔を強張らせて、水口の方を振り向いた。


(何かしただろうか?)


 一瞬にして不安が募る。


「頼むから、もうどんなに困っても二組からだけは物を借りないで。あのクラスは面倒臭いから」


 みっちゃんの事だろうか。ブスッと、面白くないという顔をして、水口は言った。

 話が二組に関する事で、美紗子は内心ホッとした。


「うん、そうだね。分った」


 良く考えもせず、美紗子はこれには簡単に答えられた。


 幸一は、水口の席の前に立つ美紗子と水口を交互に眺めていた。

 『おはよう』とだけ声を掛けて、振り向いた時には既にそこにはいなかった美紗子。

 自分の机の中に入れた文庫本の『銀河鉄道の夜』の表紙を幸一は軽く触れた。

 昨日美紗子が図書室に忘れて行った本だ。

 きっと続きが読みたいだろうと、会ったら直ぐに渡そうと机の中に入れていた。

 しかし、美紗子と水口を見ながら、今朝は何かがいつもと違う様な気が幸一にはして来ていた。


 水口の席から自分の席へと戻って来た美紗子は、音もなく椅子を引くと、そこに座った。

 それから机の上に置きっ放しになっていたランドセルの蓋を開けると、教科書やノート、文房具類を机の中に移し始めた。

 幸一はその間ずっと、横を見て眺めていた。

 美紗子は幸一の視線を感じつつも、決して今日は、そちらを見ようとはしなかった。

 だから幸一は、ちょっとした違和感を感じ始めていた。

 一通り机の中に移し終わると、美紗子は空になったランドセルを持って立ち、教室の後ろの棚の方に向かった。ランドセルを自分の置き場に置いて来る為だ。

 幸一は椅子に座りながら、後ろを振り返り、そんな美紗子の後姿を追った。

 普段なら、学校に来ると直ぐに、昨日の夜にでも読んだ何かしらの本の話を、とにかく話したくて、周りの目も気にせず嬉しそうに幸一の方を向いて話す美紗子が、今日はいなかった。

 そしていつもその事で冷やかされるのが嫌だった幸一にとっては、今日の様な朝は本来嬉しい筈なのだけれど、何故か妙に胸がざわつき、変な違和感しか感じられなかった。

 

 ランドセルを棚に置き、振り向いた美紗子は一瞬後ろを見ていた幸一と目が合った。


(マズい!)


 慌てて美紗子は誰かを探す様に周りをキョロキョロ見渡して、近くに仲の良い悠那と数人の友達を見つけると、直ぐにその輪の方へと向かって行った。

 もう直ぐチャイムが鳴り、クラスの朝の朝礼が終ると、一時限目が始まる。

 美紗子は初日からさっき決めた事を破って、幸一と話す訳にはいかなかった。


 結局その日は、美紗子は一言も幸一とは話さなかった。

 幸一も妙な違和感の中に、自分から美紗子に話し掛ける事も出来ず、放課後図書室で会えばいい。その時に本を返そう。などと考えていた。

 しかし、何時まで待ってもその日、美紗子は来なかった。

 諦めて図書室を出て、階段を降りて、昇降口へと向かう。


(昨日図書室から突然出て行った後に、何かあったのだろうか? 突然僕を無視する様な理由。僕と美紗ちゃんとの事で、誰かに何か意地悪でもされたのかな? 冷やかし、それとも虐め? ああ、どうしよう。この本も返したいし。もし、誰かに何かを言われて、それで僕を避けているのならば、僕からも話したり近付いたりしない方がいいんだよな。んー)


 そんな事を考えながら昇降口に着いた幸一は、下駄箱から自分の靴を出して履き替えると、学校を一人後にした。


 そして次の日、ちょっとした出来事がクラスで起こった。





                 つづく


読んで頂いて、有難うございます。

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