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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
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第105話 美紗子が泣いた日その㊱ 決壊


 お尻を上にあげ、パンツ丸出しで、頭は床に付けて片方の腕と垂れ下がる髪の毛で顔を隠しながら、その虐めの恐ろしさについには本気で泣き出した美紗子は、もう半分以上正常な判断も出来なくなって来ていた。

 頭の中にあるのはこれは現実じゃないと思いたい気持ちから起こる普段の平穏な日常という妄想と、現に体が体験しているこの現実から今すぐ逃げたいという願望だけだった。

 だからこの時の美紗子は、その後のクラスや友達の事、それからこれから先の自分の事などももう考える事は出来なくなっていて、そしてついに、泣きながら根本へと口を開いたのだ。


「もう分かった、分かったから。何でもいう事を聞くから、だからもう…」


 そう言いながら涙で鼻声になっているその声は、言葉を失っていく。

 それはやはり、こんな風にクラスみんなの前で許しを請うというのは、まだ心の何処かに蟠りがあったからかも知れない。

 しかし根本は容赦がなかった。

 美紗子の気持ちも事情も、一つたりとも根本には関係がなかったからだ。

 だから根本はそんな美紗子を見下ろすと、今までとなんら変わる事もなく、素っ気なくその言葉に答えたのだ。


「何でもいう事を聞くから? はっ! 違うでしょ! 美紗子って馬鹿なの? 自分の立場をわきまえなよ。何でも言う事を聞きます。でしょ」


 そう言うと根本は、美紗子の三つ網を掴んでいる手を再び強く上にあげて、床にうつ伏せていたその顔を、上へと向かせた。


「ほら、ちゃんと顔を上げて言ってみな!」


「あうっ」


 泣き腫らして赤くなった美紗子の目が、クラス全体へと晒される。

 しかし思わず声を漏らし、そしてまだ涙も止まらないその顔は、それでも尚、美少女のその顔だったのだ。

 虐められ、泣き続けても、美紗子の顔が酷くなる事はなかった。

 そしてその泣いている表情でさえも美紗子は、クラスの一部の男子や女子を一瞬で魅了していた。

 そんな事だから美紗子の顔を見た根本が、その顔に面白くないと強く感じたのも当然の事で、まだ虐め足りないと強く感じたのも仕様がないのかも知れない。

 だから再び鋭い目で美紗子を睨む根本は、そのスカートの裾を持つ手を緩めると、手を開き高々と美紗子の顔の上で振り上げた。

 思いっきり引っ叩くつもりなのだ。

 

(行けっ!)


 その様子をパンツと交互に眺めていたみっちゃんは、その瞬間心の中で叫んだ。

 もし一発でも根本が美紗子を殴れば、それはみっちゃんにとって飛び出して行く上で好都合だったからだ。

 殴られた美紗子を助けに行くみっちゃんには大義名分が出来る。そしてそれに代わって根本にはそれまであったみんなの前で謝罪させるという大義が薄れてしまうという寸法だ。

 だからみっちゃんは身構えてその瞬間を待った。


 しかし、手を振り上げたまま微動だにしない根本も、ここまできてその事を忘れる程愚かではなかった。

 否、ちょっと前の根本ならば後先も考えず、空気も読めずここで大失敗を犯していただろう。

 やはりここ数日の根本は以前とは何処か違うのだ。

 しばらく手を振り上げていた根本は、だから何か違う事を思いついたらしくニヤリと笑うとゆっくりと手を下げた。

 そしてもうスカートの裾は掴まれていないので、床へと向かって垂れ下がったスカートは、美紗子のパンツを包むと、それを今は隠していた。


「ちっ」


 その様子にみっちゃんは舌打ちをする。

 しかしそれはパンツが見えなくなった事に対してではなく、根本がどうやら美紗子を叩くのを止めたらしいという事に対してであった。


 更に根本は笑ったまま美紗子の顔へと自分の顔を近づけて行き、それからよっぽど美紗子をどん底に突き落とせる自信でもあったのだろう。笑いながら口を開いた。


「そう言えばさ、誰が私にアンタのキスシーン教えてくれたか知ってる? 五年二組の橋本紙夜里はしもとこよりだよ。可哀想な美紗子ちゃん。アンタ教科書の事で恨まれたりでもしてたんじゃないの。ははは、アンタ売り飛ばされたんだよ。こーやってみんなに虐められる為に。みんなアンタの事ウザいと思ってるんだ。誰一人アンタには友達なんていないんだよ。あはははは、どうだい、友達だと思っていた人に裏切られた心境は♪ あははははは♪」


「嘘…」


 その瞬間、一瞬美紗子の瞳からは、涙が止まった。

 そして大きく見開かれた目と、何も考えられなくなった頭。

 それはもうあまりの事に意識が飛び、気絶しそうな感覚で。根本の顔が歪んでさえ見えていた。


 その瞬間、根本は美紗子の心に触れた様な気がした。

 信じられない様な話への驚きと絶望。

 それらは確かに美紗子の青冷めて、今にも吐き出しそうなその表情にはっきりと表れていた。


(やった! ついに私はコイツを心の底まで傷付けた!)


 だから次の瞬間、横から飛び込んで来たみっちゃんの左拳が、根本の腹を捉えて吹き飛ばされる瞬間もまだ根本は、笑っていたのだ。





           つづく




 そしてその頃、紙夜里はやっと校舎の三階、五年の教室のある廊下へと辿り着いた。

 

いつも読んで頂いて、有難うございます。

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