第100話 美紗子が泣いた日その㉛ 到着
「あれ?」
幸一とすれ違ったみっちゃんは、つい振り向いてはそう呟く。
(今のは確か…山崎という男子じゃなかったか?)
みっちゃんは自分のクラス、五年二組の前を静かに歩きながら、そんな事を考えた。
それから今度は教室の出入り口の前で立ち止まると、顔を横に向けてその隙間から中の様子を覗き込む。
中からは僅かに生徒達のボソボソと話す話し声が聞こえて来るだけで、先生らしき声は聞こえては来ない。
だから最初に教壇の前を見ていたみっちゃんは、そこに先生の姿を確認出来ないと、狭い隙間から目をギョロつかせては見える範囲で先生がいないかを探して回った。
(やっぱりいないみたいだ。これは紙夜里の言っていた通りだという事か…すると保健室の方も今は先生がいなくなって、紙夜里も抜け出せたという事かな?)
教室に先生がいない事を確認すると、みっちゃんは教室の引き戸から顔を離して、再度後ろを振り返った。
そちらからはきっと幸一が駆け足で階段を下りているのだろう。その音がまだ僅かに聞こえて来る。
(倉橋さんと付き合ってるんだよな。なんでこんな時間に出歩いているんだ。しかも廊下を駆け足で…)
みっちゃんは少しそちらを気になりながらも、既に下に向かって下りて行っている幸一の事など考えてもしょうがないかと思っては、考えるのをやめて、顔を前へ、五年四組の教室の方へと向けた。
そしてまた歩き出す。
四組の方からは、たまに女子の怒鳴る様な声と、もう一人別の女子の声が聞こえて来る。
(怒鳴っているのはクラスのあの副委員長の声だろうか? するともう一人が根本か? それにしても隣の三組は何でこんな声が聞こえていても誰一人外に様子を見に出て来ないのだろう)
三組の前を通りながら疑問に感じたみっちゃんは、その壁にも聞き耳を立てながら歩いた。
そしてその疑問はすぐに解ける事となる。
二組の時よりももっと大きなざわめき声がこちらからは聞こえて来たからだ。
きっと教室の中は結構な生徒達が普通程度の声では隣の席と話をしたりしているのだろう。もしかしたら席を立って出歩いて話している生徒もいるのかも知れない。
しかしそれらは閉じられた戸の密閉された教室の中での話しだ。案外廊下からでは一体どんな話をしているのかまでは聞き取る事は出来ない。
(つまりは先程四組から聞こえて来た声は、本当に怒鳴り声だったんだ。そしてそんな声も聞こえないくらい三組も、中では結構賑やかに話が盛り上がっているという訳か。ま、大きな声が聞こえたからといって、そうそう廊下には出ないだろうけどな)
三組を通過しながら一人納得したみっちゃんは、ついに四組の出入り口の戸の前へと辿り着いた。
そして廊下でしゃがみ込むと、今度はソロソロとその引き戸を静かに少し引いた。
近くには立ち上がっているミニスカートの悠那のお尻が見える。
みっちゃんは中の様子を窺う為に、教室の後ろ、悠那の席の近くの戸を少し開けたのだ。
(倉橋さんの友達の子が立っているって事は、もう何かが始まっているという事か…ふん、この子立ち上がって、倉橋さんの為に少しは頑張ったのかな。それにしてもこうやって下からのアングルで見ると短いスカートだ。もうちょっとでパンツが見えそうだぞ)
思わず癖が出て悠那の太ももからスカートにかけて眺めてはまたも変な方向に行ってしまいそうなみっちゃん。
そんな時だった、突然男子の声がみっちゃんの耳に響く。
「本当にもうやめろよ。一体根本さんにどんな言い分があってそんな事をしているのか分からないけれど、倉橋さんが可哀想じゃないか。誰もこんな事は望んでも求めてもいないよ。それに幸一が先生を呼びに行った。もうすぐ先生を連れて戻って来る。だから水口さんが言う様に、もうこんな事はやめるんだ。無意味に誰かを傷付けて、そんなのただの八つ当たりなんじゃないのか」
それはみっちゃんの知らない、五十嵐の声だった。
五十嵐は幸一が教室をでた後、自ら行動を起こしたのだ。
しかしその姿は目の前に立っている悠那の姿で良く見えない。
しゃがんで中を覗いている所為もあるのだろう。
声のした方を向いても、みっちゃんからでは根本の顔ですら確認出来なかった。
だからこそ尚更である。
(それで倉橋さんは何処にいるんだ?)
這い蹲る様な格好の美紗子は、まるっきりみっちゃんからでは見えなかった。
つづく
いつも読んで頂いて有難うございます。





