第99話 美紗子が泣いた日その㉚ 周りからはどう見える?
「へ~、付き合っていないというの。キスしているのを見たって人もいるのに…へ~。じゃあこれって美紗子の勝手な片想い? 美紗子フラれたんだw うわー格好悪い~ウケる~」
「違う。美紗…倉橋さんはそんな感情は持っていない。本当に僕らはただの友達なんだよ!」
クラスの考えを代弁するかの様な根本の言葉に慌ててそれを否定しようとする幸一。
しかし根本は話しながら気付いてしまっていたのだ。
美紗子が流した涙が、足元の床に数滴ポタッポタッと落ちているのを。
だから根本は笑いながら幸一へと尋ねる。
「じゃあなんで美紗子は泣いているの」
美紗子の三つ網をなるべく上へと引っ張って、這い蹲りしな垂れた美紗子の顔をなるべく上へ、みんなに見せる様にと持ち上げながら根本は再び口を開いた。
「みんなの前でフラれて、恥ずかしくって格好悪くて泣いているんじゃないの? 見てみなよ~コイツ泣いてるよ。みっともね~。私だったらこんな目にあったら恥ずかしくてもう二度と学校なんて来れないよ。だってみんなの前でフラれたんだもん。きゃはははは、可哀想な美紗子。こんな馬鹿な男子の為にお前はみんなに迷惑をかけて、これから土下座してみんなに謝らなきゃならないんだよ」
三つ網を引っ張られて上を向かされた美紗子は僅かばかり嗚咽を漏らしながらもそれに耐える様に唇を噛み、瞼をギュッと閉じた。それから急いで泣き顔を見られない様に片手は床に付いて体を支えたまま、もう片方の腕で自分の顔を隠す。
そんな根本の話と行動、そして美紗子の様子を、悠那と五十嵐、そして幸一は唖然とした表情で見ていた。
(本当に馬鹿な男子だ)
悠那は幸一に対して怒りを感じながらそんな風に思い、五十嵐は自分も大好きな美紗子がこんな目に合っているという事への不憫さと、幸一への呆れた気持ちがやはり同じ言葉を脳裏に描かさせていた。
多分この後幸一は、クラスの女子からは嫌われ、男子からも数人には嫌われるだろう。
しかし当の幸一はその事に気付いてはいなかった。
自分の言葉が周りの人間にどのように聞こえ届いたのか。その言葉が自分という人間の人間性までも周りに誤解を与えるかも知れない等とは、まだ小学校五年の彼にはこの時、考えられる訳もなかったのだ。
だから幸一は上を向かされた美紗子の泣き顔を見ない様に、根本の方を睨んだままで対抗する様に直ぐに口を開いたのだ。
「もうホントにやめろよ! 倉橋さんが泣いているとしたら、それは根本さんが虐めているからだろう! そうだよ。これは虐めだ。みんなのまで倉橋さんを虐めているだけだ。もう僕は我慢出来ない。先生を呼んで来るからな!」
それは根本への脅しでも警告でもなかった。
何故なら幸一は根本の次の言葉など待つ事もなく次の瞬間教室の中を出入り口の方へと向かって走り出していたからだ。
先生を急いで呼んで来る。そうすれば全ての片が付く。
根本の美紗子への虐めも、自分と美紗子への冷やかしも。
この時幸一の頭にあったのはそれだけだった。
美紗子の気持ちも、そんな自分の行動を周りがどう見るかも、全く頭にはなかった。
ガラガラガラッ!
「待って!」
しかし勢い良く後ろの出入り口の引き戸を引く幸一にその呼び止める声は聞こえない。
幸一は教室を、クラスのみんなを置き去りにして、一人教室から抜け出した。
(不味いぞ。先生になんかバレたら…不味い事になった)
そんな事を思うのは、たった今幸一を呼び止めようとした水口だ。
尻餅をついていた水口は近くの机に手を伸ばすと、それを支えに起き上がりながら、幸一の先生を呼ぶという行動が自分にとって何かと都合が悪い上に面白くない事だと察すると直ぐに大きな声で呼び止めたのだ。
その水口の大きな声に離れた席の太一は、まだ席に座りながらその様子を見ては一瞬驚いて、それから「へ~」っと小さく声を出すと愉快な気持ちになって来ていた。
(どうやらこのクラス…俺や根本だけじゃなくて、みんなにも色々な事情や思惑がありそうだ。へへへ、これは益々俺にとって好都合な展開になるかな。幸一の馬鹿は相変わらずなんにも気付いていないみたいだし。あんな事をしたら美紗子どころからクラス全員からも嫌われるって事すら分かっていないみたいだしな。ははは)
あの場から逃げ出す様に教室を抜け出した幸一は、そのままのスピードで廊下を階段へと向かって走っていた。
廊下の空気は教室の中の濁った空気とは違って、少し肌寒く凛として気持ちが良かった。
だから幸一は何かからか解放された様な気持ちで、頭の中を殻にして走る事が出来た。
しかし本当は自分の中でも少しは分かっていたのだ。
自分は自分可愛さに美紗子を捨てて逃げ出して来たんじゃないかと。
そして廊下を走り抜ける幸一は、向こうからやって来た女の子、みっちゃんとすれ違う。
つづく
いつも読んで頂き、有難うございます。