第98話 美紗子が泣いた日その㉙ ヘタレとジュリエット
今年最後の投稿です。
「あのさあ、美紗子が図書室で二人っきりで会っていた男子って、山崎幸一君、あなたでしょう」
根本は案外素っ気無く、あっさりとその事を口にした。
それに対して一部の男子と女子の間では軽くざわめきが起こる。
しかしそれは大きな騒ぎにまでは発展しなかった。
大半の女子はそれを既に噂で知っていたし、普段から二人をからかっていた男子の間でもそれ位の事は当たり前だったからだ。
「いいじゃない、それくらい!」
だから悠那は後ろから、前の方の根本に向かってそう叫んだ。
「美紗ちゃんと幸一君はお互い好き合っていて、付きあっているんだから、それくらいしてもいいじゃない。おかしくないじゃない」
ところがこの悠那の言葉には先程より大きなざわめきが起こったのだ。
「やっぱり付き合っていたんだ…」
「えーそうだったの!」
思ってはいてもはっきりと言われた事でショックを隠し得ない男子や、初めて知ったと驚く男女。その反応は様々だけれども、ただそのざわめきは幸一の耳にも否応なし届けられる。
だから幸一は更なる鼓動の高まりと共に、みんなに見られているという恥ずかしさを感じては頬を赤らめ、頭の中が少しずつ物事を考えられなくなって来ている事に気付いた。
(まずい。みんなが僕の方を見て、僕と美紗ちゃんの事を話している。まだ小学生なのに、女の子と付き合っているなんて思われるのは、ひやかされるばかりだし恥ずかしいじゃないか。誤解を解かなきゃ。僕らはただの友達なんだ。ただお互いに本が好きで、そういう話が出来る人がいないから、二人で良く話をしているだけだ。それに美紗ちゃんだって、今ああやって下を向いて、困った様な顔をしてるじゃないか…だから…ちゃんと言わなきゃ…これ以上時間が経つと僕はドンドン落ち着いて考えられなくなって行っちゃうぞ)
「ち、ちがう…」
そんな事を考えた幸一が相変わらず小さな声で言葉を発したのと同時に、しかしそれよりもはるかに大きな声で根本が口を開いた。だから掻き消される言葉。
「へー、じゃあやっぱり付き合ったりしてるからキスとかもしてるんだ」
「「「えっ!」」」
「「「キスッ!?」」」
根本の爆弾発言にクラスは一瞬にして騒然となった。
(へーやるじゃない。山崎君)
その中で悠那はニヤリと微笑む。
しかし続く根本の話には徐々に顔を強張らせて行く事となる。
騒然としているクラスの中で更に話し始めるそんな根本の言葉は、こんな話だった。
「目撃者がいるの。外で二人が抱き合いながらキスしていたって。しかもそれだけじゃなくて、山崎君は美紗子の胸を揉んだり、お尻に触れたりしていたって。つまりそんな二人ならば、きっと図書室でもみんなの目を盗んで毎日Hな事とかしていたんでしょ? キスよりももっともっとHな事とか。友達から借りた教科書の事なんか忘れるくらいHな事とか。ねぇ副委員長、それでも美紗子は許される?」
話の最後に足元で尻餅をつく水口の方に視線を向ける根本。
そんな話は寝耳に水の水口はそれには何も即答出来なかった。
そしていくら何でもそれは嘘だろうと考える数人を他所に、クラス全体のざわめきや囁き声は更にどんどんヒートアップして行く。
そんな中、渦中の人であり、今尚根本に三つ網を握られて、冷たい教室の床に這い蹲る様な格好になっている美紗子は、全てが嘘ではないという所にどう説明すれば良いのか分からず、口を開く事に躊躇っていた。
だからかも知れない。
だからそんな美紗子の姿を見ながら、クラス中の囁き声が聞こえて来る幸一は、多分始めての事ではないかと思えるくらいの大声をこの時あげたのだ。
「ちがう! そんなの嘘だ! でっち上げだ! 僕らはキスなんてしていない!」
耳までも真っ赤にして、クラス中に聞こえるくらいに叫ぶ幸一。
「だいたいまだ僕らは小学生じゃないか。そんな付き合うとか付き合わないとかはまだ早いだろ。倉橋さんにも失礼じゃないか。僕らは本当にただの友達で、キスどころか付き合ってもいないよ。だからもうそんな風にひやかしたり裏でコソコソ噂話をしたりするのはやめてよ!」
「えっ、付き合っていない?」
その言葉に思わず驚く悠那。
(やった~! ついに言った!)
心の中で野球で例えるならば自ら逆転サヨナラ満塁ホームランでも打ったかの様に狂喜乱舞しはしゃぐ太一。
そしてその言葉に愕然として頭を垂れた五十嵐は、
(何言ってんだ馬鹿! 周りにからかわれたって良いじゃないか…このヘタレがっ!)
と思いながら片方の掌でその顔を覆った。
だからまだ、誰も気付いてはいないのだ。
幸一の話に五十嵐と同じ様に言葉なく頭を垂れた美紗子の瞳からは、一筋の涙が流れていた事を…
つづく
いつも読んで下さる皆様、有難うございます。
来年も宜しくお願いします。





