表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
100/139

特別番外編 みっちゃんは面倒臭い。

今回はいつもとは趣向を変えて、特別番外編になります。

時間軸的には中学1年の3学期あたりでしょうか。みっちゃんの視点でまだ終っていない小学生編の結論が微妙に語られるというちょっと変わったお話になっています。(笑)

「はぁ~」


 中学に入って十月頃から、月に数度は呼び出されている生徒会室。

 その引き戸の前、私はいつもの様に溜息を付いてはゆっくりと、中を覗き込む様に少しだけ扉を横に引いた。

 中央に二つくっ付けて並べられている長テーブルの真ん中に、こちらを向いて座っている人がいる。

 なにやらテーブルに散乱した書類らしきものをあちらこちらと忙しなく眺めていたが、人の気配でも感じたのか正面の扉の方、つまりは私の方に向かって顔を上げた。

 彼女の名は水口望みずぐちのぞみ

 同級生にして生徒会副会長だ。


「ああ、やっと来た」


 扉の隙間から見える私の目だけを見て彼女は瞬時に識別したのかそう言うと、片方の手を前の方に伸ばして『おいでおいで』と手招きをする。


(ああ、また最悪な時間が始まる。私はこういう事は嫌なんだ…)


 げんなりした気分で心の中そう呟くと、仕様がないので私は少しだけ開いてた扉をもう少し、人が一人通れる分だけ開くと、重い足を引き摺る様に、小刻みに歩いては生徒会室の中へと入る。

 それから中の様子が見えたり聞こえたりしない様に、後ろ手にゆっくりと確実に、扉を引いて閉めた。

 何故ならば此処で水口さんと話す事は、誰にも知られてはならない事だったからだ。


「それで、バスケ部の様子はどお? みっちゃん」


 まだ扉の付近に立っている私に水口さんは早くも尋ねて来る。

 そう、私は生徒会の為に。否、水口さんの為に、校内でスパイ活動の様な事をしているのだ。


「ガセネタだったんじゃないかな。そんな動きはないよ」


 小声でそう言いながら扉から離れる様に、水口さんの座っている席の方へ、長テーブルへと向かう私。


「そお? それで放課後の体育館の利用時間変更についてはなんと言っていた」


「半々かな。バドミントンが愛好会から部に昇格して、今までの校庭から活動場所を体育館へと希望した事については、事前にバドミントンが空気の抵抗を重要視する競技だと言って根回ししていたから、大半の人はその点理解しているみたいだった。けど、それでも自分達の部活の時間がその為に減少していく事には納得いかない人もいて…だから半々」


「なるほど。それじゃあバスケ部が全員で生徒会に抗議しに来るって事はない訳だ」


「そこまでの大騒ぎにはなってないよw」


 相変わらずの慎重ぶりに水口さんの目の前に立って、そう話しながら私は思わず笑った。

 しかし水口さんは欠片も笑ってはいない。この人は本気でそんな事も想定に入れて考えているのだ。

 全く、小五のあの時からこの人は何一つ変わってはいないのだ…つまり最も私が関りたくなかった相手。面倒臭い事を面倒臭がらずにやる面倒臭い相手。


「ところで、今日は倉橋さんはいないのかい」

 

 だから私は面倒臭い生徒会のスパイ活動の様な話から逃げる様に彼女の名を挙げた。


 倉橋美紗子くらはしみさこ


 小五の秋、とある出来事がきっかけで学校に来なくなってしまった女の子。

 そんな彼女を元に戻す為に私は、今考えれば最悪の手を打った。水口さんに託すという事は、それでも当時は藁をもすがる思いだったのだけれども。

 結果としては倉橋さんは紙夜里が引っ越すのと入れ替わるように六年の進級からまた学校に来る様になった。

 そしてその代償なのか、結局、橋本紙夜里はしもとこよりは倉橋さんが不登校になってから、自分が引っ越すまでの間、一度も彼女に会う事が出来なかった。そして私も、その事で水口さんにはいい様に使われる事となる。まぁ、それに関しては私だけではないのだけれど…倉橋さんは今や水口さんの右腕だ。彼女もまたクラスの学級委員長をしながら、生徒会役員に書記として名を連ねている。


(全く。あんな出来事がなければ、またみんな違う方向にでも変わっていたんだろうね。紙夜里)


「ああ、美紗子なら音楽室に行ってるよ」


 少しばかり物思いに耽っていた私の頭に突然水口さんの声が届く。


「音楽室って…例の彼氏のところ?」


「別れるんだってさ。相手も自分も何かと忙しいし、一緒にいられる時間もなかなかとれないからとか言って」


「でもまだ付き合って数ヶ月だろ。随分早いなぁ」


「美紗子が男子と付き合っただけでも褒めてやれよ。自分なりに普通の世界に戻ろうとしているんだ」


「普通の世界? 水口さんの世界は理路整然とした秩序のある、ちょっと窮屈な世界じゃないのかい」


 彼女が倉橋さんを引き入れた自分の世界を『普通の世界』と呼んだので、私は少し意地悪を言いたくなる。


「なんとでもどうぞ。しかし彼女はそのお陰で社会復帰出来たんだ。君達が投げ出して見捨てた彼女が」


「投げ出してやいない! 見捨ててもいない! ただ、どうしても紙夜里には会ってくれなかったんだ…だから」


「だから私を頼って来た」


 水口さんは不敵な笑みを浮かべると、私の目の奥でも覗き込む様に見ながらそう言って、更に言葉を続ける。


「みっちゃんとはもう何回もその話ならしている。もういいだろう。それよりも今日はそのバスケ部の問題だ。じゃあみっちゃんは放置していても何の問題もないという訳だね」


「ああ、水口さんの学校での地位を脅かす程のものではないよ。大抵の生徒はちょっとした不満があっても諦める。それが自分だけの事でないなら尚更さ。みんなも同じだと思うとその諦めすら心の安定になる」


「集団作用、それとも集団効果?」


「どっちだっていいさ。兎に角その集団心理の中で殆どの部員は落ち着いちゃってるんだ。生徒会に噛み付こうなんて人はいないよ。だから相変わらず来年の生徒会選挙に於ける水口さんのポジションは安泰さ」


「そう。みっちゃんがそういうのなら、じゃあその件は良いでしょう」


 目の前の長テーブル、その真ん中の椅子に座る水口さんは、ピシッと着こなしている紺色の中学の制服に似つかわしく事務的にそう言うと初めて私から視線を外した。

 

 つまり用件は終ったという事だ。

 水口さんは小学校からそうだった様に、中学に入ると早速十月の生徒会選挙に副会長として立候補した。それはその後の生徒会長の座を狙う為だ。そしてその為には現在のやる気のない形ばかりの生徒会長の代わりに生徒会を守り、学校生活の安定に努めなければならない。踏襲して生徒会長を継ぐ為にだ。

 そしてその為に私は汚れ仕事を嫌々ながらこなす。

 もっとも私が嫌う仕事だ。

 それを水口さんは昔の事でも根に持っているのか、倉橋さんを盾に私に要請する。


「はぁ、じゃあもう帰ってもいいんだね」


 そんな事を考えていたからか、思わず話す前に溜息が漏れた。


「ああいいけど、美紗子には会っていかなくて良かったのかい。まだ彼女から連絡が来ているのだろ」


 何処で知ったのか、本当にこの人は色々と知っている。

 水口さんの言った『彼女』とは紙夜里の事だ。

 紙夜里はあれから一年以上経った今でも私にこまめにLINEして来ては美紗子の様子を尋ねて来るのだ。


(しかしそれは、誰にも言った事がない筈…)


 やはりやり辛い相手だ、水口さんは。


「別に今日はいいよ。倉橋さんとならいつでも会えるし。それじゃあ他に用がないなら」


 だから私はそう言うと、足早に水口さんの側を離れて扉の方へと向かった。


「そお? じゃあまた何かの時には頼むわね」


 水口さんの方も別段私に未練という事もない様で、軽く手を振り外へ出て行く私を見送る姿は淡白だった。

 まあお互い相性が合わない事は小学生の時から知っている。

 それにしても、ウチの生徒会長は毎日何をやっているのだろう。此処に出入りする様になって数ヶ月経つがまだ一度もこの場で会った事がない。まさか帰宅部よろしく毎日授業が終ると真っ直ぐ家に帰っているんじゃないよな。

 生徒会室の扉を閉めながらそんな事まで考え出すと、もう本当に何もかもが面倒臭く、嫌な気分になって来て、私はいつも殆ど学校にいる間中着ている体育の赤ジャージのポケットからスマホを取り出すと、何か通知が来ていないか確認した。

 そして案の定入っている紙夜里からのLINE。

 中身なんて見なくても分かる。どうせ倉橋さんに関する情報を欲しがっているだけだ。

 私の事なんて一度でも触れて書いて来た事はない。


(全くどいつもこいつ)


 そんなムッとした気持ちで廊下の窓から外を眺めると、私は一人で校庭の隅を下校して帰る良く知った人物に気付いた。

 それは今やある意味可哀想な犠牲者の一人。根本かおりだ。

 彼女はあの事件の後、まるで天罰の様にどもり癖がついた。

 そしてそれは今も治ってはいないのだろう。

 小六のあたりからそれを恥ずかしがり人と話さなくなったという話を前に水口さんから聞いた事がある。

 結局はあの出来事の後、誰一人として幸せにはなれなかったのだ。

 では何故あんな出来事が起きたのか?

 何もない平々凡々とした日々が続いていたなら、紙夜里と倉橋さんの関係も変わっていただろう。私と紙夜里だって小五の途中までと同じ状態でずっと続いていた筈だ。それからあの、山崎君という子も…

 結局はみんな不幸になったのだ。誰一人得をした者はいない。


(いや、待てよ。水口さんだけは最終的に上手い事をしたのかも知れない。全くあの女は! あ~あ、本当に何もかも面倒臭く感じてくる。誰か私を甘やかしてくれる人はいないかなぁ。いっそ倉橋さんみたいに彼氏でも作るか?)


 そんな事を思っては一瞬顔もにやけるが、でもそんなのは一瞬だ。


 窓から外を眺めるのを止めて、家に帰る為に教室へと廊下を歩くうちに気分はまた色々と鬱に変わって行く。

 ああ、本当に全てが面倒臭い…





 みっちゃんは面倒臭い。      おわり





 こちらの短編は、中学生編本編がG.Wの話になりますので、その前の頃の一場面となります。

 次回からはまた小学生編本編に戻ります。


今回の企画物は如何だったでしょうか?

いつも読んでくださる皆様、本当に有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ