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未成熟なセカイ   作者: 孤独堂
第一部 未成熟な想い~小学生編
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第9話

 次の日の朝、まだクラスの朝礼が始まる前に、美紗子は二組に姿を見せていた。


「昨日はごめんなさい。これ、ありがとう」


 そう言いながら紙夜里の音楽の教科書を持った手を前に出す。

 眼前の紙夜里は微笑みながらそれを受け取って、


「ううん、いいよ。他の人が貸してくれたから、大丈夫だったから。誰だって、忘れる事はあるものね」


 と、言った。


 紙夜里の答えが、余りにも人を思う様な素直な答えなので、嫌味か? と、とる人も偶にいるが、美紗子は紙夜里の人間性を知っていたので、その言葉を素直に受け取る事が出来た。


「本当にごめんね。それからありがとう」

 最初申し訳なさそうな表情だった美紗子も、そう言った時には少し顔が綻んでいた。

 紙夜里は天然で人を良い方に捉えて考える。だから本当にその言葉には嘘がない。本気で人を心配したり、気遣ったりしているのだ。美紗子は偶にそんな紙夜里に、「いつまでもそれではいけないよ。少しは人を疑わなくては」と、言ったりするのだが、言いながら紙夜里にはこのままでいて欲しいとも願っていた。

 本が好きで、色々な人の人生に興味のある美紗子は、人間の浅さから来る様な妬みや嫉妬、人を小馬鹿にするような行いは、クラスメートでも下品に感じていた。本当に謙虚で教養のある人というのは、自分をある程度わざと底辺に置いて、自分は他の人より駄目だ。下だ。と思っている様な人なのではないのかと思っていた。それならば、人の気持ちを理解しようとしているのも分るし、他人に対して驕り昂ぶらず、誰に対しても腰が低く対応出来る筈だ。そういう人ならば、人を馬鹿にしたり、虐めたりする事もないだろう。

 そして美紗子は、紙夜里の事を決して教養深いとは思っていなかったが、その思慮深さ、人に対する素直な心には気品さえも感じており、その天然ぽさには愛情すら感じていた。


「それで? 何処にいたの?」


 笑顔になりかけていた美紗子の顔を、みっちゃんの言葉は一瞬で強張らせた。


「えっ?」


 思わず紙夜里の隣に立つみっちゃんに訊き返す。


「昨日の放課後、靴はあるけど見つからないって。四組の子達が言ってた」


 私は怒っていますと言わんばかりの顔で、目は何か綻びでも探すかの様に美紗子を睨んだまま、みっちゃんは言った。


「……」


 ここでそれを訊かれるとは思っていなかったので、思わず美紗子は口を半開きにしたまま、言葉が出ずに暫くいた。


「言えないの?」


 その様子を見てみっちゃんが直ぐに口を開く。


「ちょっと」


 美紗子の表情を見て、慌てて紙夜里もみっちゃんを制す様に言った。

 紙夜里から睨まれたみっちゃんは、「何?」と、言った惚けた顔付きで、美紗子から目線を外すと、斜め上の教室の天井の方を眺めた。

 それには美紗子も、このみっちゃんという子は、本当に紙夜里の事が好きなんだなと、困っている筈なのに、一瞬笑いそうになった。

 それから直ぐに緩んだ顔を強張らせ、美紗子は話し始めた。


「昨日の放課後は、紙夜里ちゃんに借りた教科書を返すのを忘れて、図書室で本を読んでいたの。そしたら急に頭が痛くなって来て、仕様がないから保健室の先生の所に行っていたの。きっと、バチが当たったんだね」


 それは、クラスの女子に話したのと同じ内容だった。


「ふーん」


 天井から目線を戻して、美紗子の目を見ながらみっちゃんは呟いた。


「そう、それは大変だったね。私の方は本当に大丈夫だったから。あとこれ」


 紙夜里はそう言いながら、手提げバッグから水口の音楽の教科書を出して、美紗子の前に差し出した。

 美紗子はまだ紙夜里が掴んでいるままのその教科書を裏返してみる。

 後ろの名前を書く欄にはクラスの副委員長、水口の名前が書かれてあった。


「返せるか? あの女に」


 美紗子のその行動に唇の隅を軽く上げて、試すようにみっちゃんは言った。

 内心ドキドキしていたが、美紗子は冷静さを装い、少し体は硬直してギクシャクしていたかも知れないが、「大丈夫だよ」と、笑って教科書を受け取った。


「ホントに大丈夫?」


 教科書から手を離しながら、紙夜里は何か美紗子の変化に気付いたのかそう声をかける。


「実は昨日保健室から帰って来て、皆んなに会っているんだ。その時話はしてあるの」


「そう」


 美紗子の説明にもまだ紙夜里は腑に落ちない所があるのか、そう言った。


「ま、私は紙夜里がこれでいいなら、後はもういいし。倉橋さんがどうなろうが知った事じゃないけど。あの副委員長にはせいぜい気をつけな。あれは堅物そうだから、大変だよ。万が一嘘でも付いていたら」


 先行きを楽しむかの様に薄ら笑みを浮かべながら言うみっちゃんに、不思議な事だが、美紗子はそれが意地悪ではなくて、心配して言っている様に聞こえた。

 だからみっちゃんの方を見て出来るだけ優しく微笑むと、


「ありがとう。心配してくれて」


 と、言った。


 人は話で聞いただけのイメージからでは、推し量る事は出来ない。

 そもそも紙夜里とクラスが違う時点で、みっちゃんは自分の事を眼中にも入れていないのかも知れない。ただぶっきらぼうで、口が少々悪いだけなのかも知れない。それに手綱はやはり紙夜里が握っているのではないか? みっちゃんが紙夜里に嫌われる様な事をする様には思えないし。そもそも本当に昨日クラスの子達が言っていた様な子なら、紙夜里は友達になるだろうか?


(もしかしたら、私とだって友達になれるのかも知れない)


 この時美紗子がそんな事を思ったのは、万が一の逃げ場を探していたのかも知れなかった。


 そうして二組での用事が済むと、美紗子は水口の教科書を持ちながら自分のクラスへと向かった。

 その時美紗子が心に決めていたのは次の事だった。

 1、当分クラスでは幸一君とは話さない様にしよう。少なくともここ三日間は。

 2、放課後の図書館も当分行かない事にしよう。

 そして問題は、どうやって幸一君にこの状況を説明するか。




             つづく



読んで頂いて、有難うございます。

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