3話 上陸
0830時。
米軍による上陸前艦砲射撃が開始された。
艦砲射撃はまず海岸を徹底的に耕したあと、徐々に徐々に内陸へと照準を変えていく。海岸にはクレーターのような巨大な穴が数えきれないほど出来上がり、即席の壕のようになっている。
これでは戦車がハルダウンしないのかと、海岸を偵察に来た秋沼は思った。
「師団長。授業で習った程度でしか知識はありませんでしたが、米軍の攻撃力は本当に凄いですね……」
松本は双眼鏡を覗きながら話す。
「あぁ……本当に恐ろしい相手だ。よくもこんな相手と長く戦ったもんだ……」
海岸はもはや形は無く、何かを植えたら育ちそうなくらいにまで耕された。
海岸では飽きたらず、内陸へと落ちて来た砲弾は木々を薙ぎ払い、更にクレーターを増やしていく。恐らく想定して作ったであろう塹壕が見るも無残に破壊され舞い上がっているのが見える。
「あの眞田って人が退避させたんですよね?」
「ああ。この時代の人間にしちゃ、凄く現実的な戦略家と見れる。彼は我々にとって頼もしいかもしれないぞ。」
今は敵の兵力を割る事に集中しなければならない。なにしろ自分達は数十万を相手にするかもしれないからだ。
「すげぇ……あんな中に絶対にいたくないな……」
「俺もだ……団長。我々はどうすれば良いんですか?」
偵察隊として志願してくれた若い隊員は不安げに秋沼に問いかけた。
彼らはまだ未来がある希望の人材で、こんな所で死なせるには非常に惜しい。個人個人にまだ夢などがあるはずなのに、この世界はそれをすべて否定するかのように思えてきた。
「わからない……だが、私の中では最悪の場面しか出てこない……」
秋沼は艦砲射撃がいまだ行われている海岸を見つめて言い放った。
「戦うしかない……」
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30分後。
艦砲射撃が一通り終わると海岸を今度は上陸用舟艇や水陸両用戦車に装甲車で埋め尽くされた。
まるで流れて来る弾丸をスローモーションにしたかのように海岸には白い線が引かれていき、我先にと舟艇は海岸へ押し寄せてくる。
第1波上陸部隊は沖縄での戦闘経験を持つ第2海兵師団の2個連隊及び第3海兵師団の3個連隊合計2万6000人だ。
舟艇が海岸に辿り着くとハッチが開かれ、中から兵士が走り出して海岸を内陸に向けて止まらない。
少し進んで艦砲射撃によって形成された穴に滑り込み内陸を警戒する。すると、日本軍による機銃攻撃が開始された。
多数の閃光が海岸をミシンのように縫い、これから上陸しようとする兵士をなぎ倒していく。
もちろん舟艇に搭載されているM2機関銃も応戦する。お互いが機関銃で攻撃しあい、日本軍は速射砲まで発射し始めた。
どこかに命中するたびに砂もしくは米兵が舞い上がり、日本軍の迫撃砲弾も頭上から降ってくる。
「こちらアルファ大隊! 戦車はまだか!!」
「アルファ大隊、しばらく待て。我々メタル0-2が今到着する。」
第2戦車大隊所属の水陸両用M4シャーマンがキャタピラを海岸へ乗り上げる。
あちこちに穴があるので慎重に進み、停止しては75ミリ主砲を日本軍陣地へと射撃する。もちろん車載M2も撃ちまくっている。
応戦しているのは第201師団所属の歩兵第503連隊の2個大隊およそ5000人、速射砲隊の37ミリ速射砲20門、第36軍所属迫撃砲第8大隊の迫撃砲18門だ。明らかに人数が不足しており、太刀打ちできる兵力では無かったが必死に食い止めようとしている。
速射砲は旧式ので、新型の47ミリ速射砲は後方に回されている。それでも37ミリはM4を撃退しようと踏ん張る。
それをあざ笑うかのようにM4は1つずつ速射砲を潰していく。やがて速射砲の発射音は聞こえなくなっていた。
迫撃砲は絶え間なく撃ち続けられていたが、米兵のバズーカや戦車砲、迫撃砲で徐々に沈黙しつつある。やがて日本兵も後退を始めた。
米兵は橋頭堡確保の為周辺を警戒しつつ上陸地点を確保し始めた。
1030時。
秋沼は見たもの全てを伝えた。
「そうか。俺達は本当に来ちまったんだな……」
上野は呟いた。
「俺としては隊員達の意思を尊重して、離脱したい者は離脱させようと思う。残酷ではあるが、未来を知る人間としての知識をフル活用して今後生きていってもらうしかない……」
「秋沼、それは……」
「無責任なのはわかっている。だが、戦闘が起こるか分からない今のうちにそうした方が良いと思う。最悪、我々は自衛のために力を出すしかないんだ。」
秋沼の言葉に上野はうつむいた。唯一の機甲師団である第7師団なら戦車で戦うから幾分安全であろう。では普通科師団である第2師団はどうなるだろうか?戦闘になれば間違い無く死傷者は出るだろう。
それを全員助けられるのだろうか?
医療大隊まで来ているとはいえ限りがあるはずだ。遺体も回収できない可能性の方が高いのだ。
秋沼は各連隊長及び部隊長にアンケートを取るように指示を出した。
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第3艦隊 旗艦イントレピッド
「どうやら上陸は出来たようだな。」
第3艦隊司令長官のウィリアム・ハルゼーが呟いた。
「上陸部隊は無事に橋頭堡確保を始めたようです。ジャップによる攻撃で被害は出ましたが、大したものでは無いようです。」
「それなら良い。とっととジャップ共を蹴散らして祖国に帰ろうじゃないか。」
その場にいる全員が笑顔を見せた。
「今日から空爆要請が忙しく出るぞ。今のうちにしっかり休んでおけ。」
ハルゼーは職員を労うとコーヒーをすすった。
fin