2話 過去へ
1946年3月2日
0010時
千葉県成田 第201師団司令本部西5キロ
「やっとやんだなー」
秋沼は晴々とした気持ちで少し肌寒い夜を迎える。
「これで今日は演習出来ますね。」
「だな。朝から忙しくなりそうだな。」
2人が笑って話しているところに1人の自衛官が慌てて入ってきた。
「大変です! レーダーに大規模反応! 及び総監部との音信不通、更に衛星通信システムが全てダウンしてます!」
「どういう事なんだ!?」
「わかりませんが、大規模反応は対空ではなく訓練用に一応持ってきた対水上レーダーです! 反応数は1,000以上、大艦隊かと思われます!!」
「まさか、本当に来ちまったのか?」
上野は心配になりながら秋沼に尋ねる。
「それはわからないが、とにかく現状確認と整理が必要だ。第2飛行隊は周辺の探索と海岸線の偵察。第7偵察隊は地上周辺の偵察だ。」
「はっ。」
「かかれ!」
秋沼の迅速なる指示によって本部テントは賑わい始める。
第2飛行隊は隊本部、通信班、2個飛行班、整備班からなり、第7飛行隊も同様である。
装備はOH-1観測ヘリコプター4機、UH-60ブラックホーク8機、CH-47チヌーク8機の合計20機である。
OH-1は偵察機としては高い完成力を誇り、多数の光学機器を搭載して夜間でもくっきりと偵察できる。
たった今2機が飛び立ち、非常事態に備えてアパッチも待機させている。
第7偵察隊が74式戦車を先頭に出発を始めたその時だった。
「陸将!! 小型車両が接近中です!!」
「総員警戒! 射撃待て!」
数人の本部隊員が89式小銃を構え戦闘態勢に入る。74式戦車も気付いたのかヘッドライトを照らして射撃体制に入っている。
「貴様らぁ! こんなところで何をやっている!!」
「それはこっちのセリフだ! お前こそ誰だ、ここは陸上自衛隊の演習場敷地内だぞぉ!!」
「陸上自衛隊だぁ!?」
やがて暗闇から1人の男が現れた。
不可解な事にその男は軍服の様なボロボロの服を身にまとっており、左手には軍刀を携えている。
「なんだこのでかい車両は……」
秋沼はすかさず近寄り名乗る。
「私は日本国陸上自衛隊第7師団師団長の秋沼だ。そちらの身元を知りたい。」
「第7師団だあ!? 第7師団は北海道駐屯のはずだぞ!?」
秋沼は最初言っていることがわからなかった。
「失礼ですが、貴方は誰ですか? それと、ここの場所と年代も教えていただきたい。」
「俺は帝国陸軍第36軍隷下の201師団の眞田誠大佐だ。ここは千葉県成田で、今は1945年12月2日だ。」
「はぁ?」
秋沼は一瞬意味が分からなかった。自分達は先程まで北海道の演習場にいて、確かに2015年のはずだ。
「お前らは一体何なんだ? これは、見たところ帝国陸軍の装備ではないな……」
「こちらは90式戦車です。」
「戦車!?」
眞田は大いに驚いた。
「こんな大きい物が動くのか!?」
「あそこの少し小さめのは74式戦車で、あれも戦車です。」
「これは……」
眞田は唸る。いきなり目の前に……しかも司令本部のすぐ近くの演習場にこんな大部隊がいきなり現れたのだ。
「陸上自衛隊とか言ったな、どこの部隊だ?」
「もし眞田さんの仰られた年代が事実なのならば、我々は未来から来たことになります。昨日の大雨に乗じて。」
「未来だと!?」
眞田は夢でも見ているかのような感覚に陥った。それは秋沼も同様だった。
「取り敢えず、眞田さんの上官に合わせてもらってもいいですか? 詳しい状況が知りたいのです。」
「はぁ、それならご案内します。」
何故かお互いに敬語になりつつも、秋沼が準備を整えようとしたその時だった。
「陸将! 偵察機より連絡です! 海岸沖に多数の発光物体、更に海岸は北海道の物ではないとのことです!」
「何か送られてきたか!?」
「こちらです!」
隊員に手渡された写真には、確かに沖に多数の発光物体……恐らく艦船だろう。数百以上はいる。しかも海岸は北海道のものではなく、明らかに千葉県九十九里浜だった。
「なんで我々は九十九里浜が最寄りの海岸なんだ? ありえない……」
「秋沼、取り敢えずその司令部とやらに行って来い。部隊は俺が責任を持って預かるから。」
「わかった。俺は第7偵察隊で行くよ。」
秋沼は第7偵察隊の74式に乗り込み、2両の偵察オートバイ、2両の87式偵察警戒車(以降、RCV)を先頭に74式、と並んで司令部へと向かった。
――――――――――――――――
司令部では大騒ぎとなった。
様子を見に行った眞田が後ろに自軍の主力戦車である97式中戦車よりも遥かに大型の車両を引き連れてきたのだ。
しかも一番後ろのは比べ物にならないくらいの大型戦車で、なんでも主砲口径は105ミリらしい。
先頭を走っていた2輪車も恐ろしく早く、装甲車らしい物も馬鹿でかい。
そんな騒ぎの中、眞田は秋沼を師団長の元へと案内した。
「眞田失礼します!!」
「入り給え。」
秋沼は眞田と共に入ると、そこには第201師団長重信吉固少将だ。
「貴様か。未来から来たと言っている輩は。」
秋沼は敬礼する。
「陸上自衛隊第7師団師団長の秋沼陸将です。お騒がせして申し訳ありません。」
「陸将と言うと……」
眞田がぶつぶつと言っている。
「旧軍階級では将官級ですかね。」
秋沼がしれっというと眞田が失礼しましたと大きい声で謝罪する。
「私と同じかそれ以上ってことか……じゃあ秋沼陸将。あなた方について詳しく知りたい。」
秋沼は席に座り、事の顛末を詳しく説明し始める。
「なるほど……演習中に大雨が降り中止。やんだと思ったらこの時代に来ていたと……実は昨日大雨が降ってな。」
「本当ですか!?」
「ああ。おかげで米軍は上陸を1日ずらしたみたいだ。」
「は?」
秋沼は思わず変な声を出してしまった。
「失礼ですが、私達の世界では1945年の8月15日に日本は無条件降伏で終戦を迎えています。もしまだ戦争が続いているのであれば、米軍による本土上陸が今日起こるという事ですか?」
「まぁ、そういう事だな。」
なんと言うことだ。
日本はまだ戦っている。無条件降伏はしておらず、未だに抵抗しているのだ。
「失礼ですが、私は急ぎ本部に戻ります。現状整理などを行わさせてください。」
「わかった。何か出来ることがあれば言ってくれ。」
秋沼は敬礼するとすっ飛ぶように部屋を出て行った。
――――――――――――――――
「それはダウンフォール作戦ですよ。」
秋沼の後輩で、第71戦車連隊連隊長の松本裕太1佐が答えた。
「米軍は日本が降伏しなかった場合に備えてオリンピック作戦とコロネット作戦の2つにわけたダウンフォール作戦を計画します。」
「オリンピック作戦は九州南部に上陸、及び制圧占領したあと航空基地として使用し、本土爆撃及びコロネット作戦に備えての準備をそこで行うつもりでした。コロネット作戦は最終手段として首都に直接攻撃を加えるという作戦です。」
秋沼は、つまり自分達は時系列で言うとオリンピック作戦の時代に来ていると理解した。
「戦力はどのくらいなんだ?」
「クルーガー大将の第6軍が主力と言われています。もしそれが事実なら14個師団が主戦力となります。」
「14個師団……」
秋沼は内心恐怖を感じた。
いかに自分達が未来から来た人間とはいえ、そんな大兵力を相手にはできないだろう。まず弾薬が足りなくなってしまう。
「ここらへんを防御している第201師団長の重信少将の話しによると、今日米軍は上陸するかもしれないと言っていたんだ。もし戦闘になったら、我々はどうすればいいのだろうか……」
秋沼は今、およそ1万6,000人の隊員の命を預かっているのだ。そんな彼らに戦えと言えるのだろうか。悩んだ。
「とにかく、まだこんな内地には来ないはずだろう。明日1日様子を見て、それから判断しよう。」
秋沼は取り敢えず、上野の意見を採用した。
秋沼はマイクを手に取るとスイッチを入れた。
「指揮官の秋沼だ。状況整理を行った結果、我々は1946年の米軍による本土上陸作戦、コロネット作戦が結構される当日に来たようだ。私も嘘だと信じたいが、これは事実だ。」
隊員達がどよめきだす。
「私はここ成田周辺を防御している第201師団長の重信少将と会談を行ったため、確かな現実だ。話しによると、こっちの世界でも前日の大雨は起こり、それが何らかの影響を及ぼしてこの世界に我々は飛ばされたと考えるしかない。」
秋沼は間を開けずに説明を続ける。
「現段階では確認作業等を行うため、明日の上陸を偵察しようと考えている。そこで、私を中心とした偵察隊を6個編成しようと考えている。これは志願制なので、よく考えて志願して欲しい。質疑応答を行う!!」
一部の隊員からこれからどうするのか、帰れるのかと質問されたが、答えるのに苦しかった。
明日には死ぬかもしれないし、帰れる手段も無いからだ。
それを聞いた隊員の中には絶望する者もいたが、ほとんどの隊員は実感が無いようだった。志願制の偵察隊も、10個は作れるんじゃないかと言うほどの人数が集まった。
秋沼はバランスよく編成し、トラックによって定められた偵察位置まで移動を開始した。
そして、飛ばされた隊員達は朝を迎えた。
fin