ふられる。
学園内にメリーゴーランドがあるのはうちの学校くらいだろう。正しくは、遊園地の中に学園があるのがここぐらいだろう、だろうか。そもそも学園の理事長の持ち物である遊園地を改造して作ったという曰くつきの学園であるここで、私達<虫部>は活動している。
あらかたの施設は撤去され、学校の呈をしているとはいえ、元は遊園地。それも古い物だから勾配も結構あるし池もある。なので虫には事欠かない。メリーゴーランドも、虫の取れる場所の中の一つである。木製なので、もう既に朽ちかけているのが幸いし、枯れ木で育まれる虫の宝庫なのだ。今日もちょうどいい幼虫を仕入れる事が出来た。こいつは育てたらどういう虫になるだろうか。大体既知の虫だろうけど、もしかしたら全く未知の虫かもしれない。そう思えば、枯れ木を漁って疲れた体も楽になるというものだ。
と、そこで気づく。目の前に、いい枝ぶりの木がある。それは単なる枝だが、何か妙に心惹かれるものがある。魅惑的というべきか。この歳で虫取りなんてしているからか、自分は子供心に溢れているという謎の自負がある。その子供心が、この枝をいい物と断じている。いい物は手に取るべきだ。手に入れるべきだ。その時の自分はそう思ってしまっていた。この時点でばかばかしいと止めておけば、この最悪の枝を持つことも無かったろう。
だが、現実は非情である。覆水盆に返らずだ。
自分は、その枝を手に取った。途端に、意識が裏返る。
「よお、人間。ちょっと借りるぞ」
「何をって体だよ。なに、悪いようにはしない」
「ここをこうしてこうやって……」
「……すまん、悪いことになった」
意識が戻った時、自分の手には異形となった虫がいた。新種とかそういう生っちょろい事言っている場合じゃない、バイオハザード級の異形の虫だ。甲虫の姿はしているが、何か触腕めいた器官が四方八方に動いて脈打っている。異形としか言いようがない。そう言えばと思って枝を探せば、それは先ほどあった位置に戻っている。今はいい枝とは思えない。なんかしょげているようにすら見える。
それはさておき、異形の虫はうぞうぞとうごめいている。もしかしたら自分は食われてしまうのではないか、という恐怖すら湧いてくるが、そういう気配はない。むしろ友好的にすら見える。虫に友好持たれているという事態は初めてだからどうしたらいいのか分からない。
と、そこに。
「あ、先輩」
後輩が来た。部内でも特に可愛いと評判の子である。自分とは仲がいい方で、だから余計に可愛いと思っている。むしろお付き合いしたいとすら思っている。そんな子だ。その子が、自分の所に近づいてくる。
「先輩、何か捕まえました?」
「あ、うん、ああ」
自分のどことなく焦点の合ってない返しに、後輩ははてな? となって更に近づいてくる。そして、自分の手の中の異形の虫を見る。
「……」
「……」
自分も、後輩も、どちらとも言葉が無い。出しようがなかった。
「……」
「……先輩」
後輩が、言う。
「あたし、何も見てません」
「えと」
「見てませんから」
そう言って、目線も合さず去っていった。あの後輩でもあんな顔をするのかという顔だった。自分にそんな顔を見せるのかという顔だった。
「……」
去りゆく後輩をただただ見送る。最悪な気分に浸る自分に対して、異形の虫はただただうごめいていた。
三題噺メーカーのお題に答える回第7回。今回のお題は「虫」「メリーゴーランド」「最悪の枝」でジャンルは「学園モノ」。学園要素は長い話が向いている気がするので短編は不利ですな。そもそも学園モノだったか自信が無くなってますが。