裏切り
「魔族だぁぁぁぁぁ!!」
突然の爆発で場が混乱する中、王の護衛の一人が叫ぶ。視線を爆発のした方へ向けると、“ソイツ”はいた。外見的には人間とそう変わらないが、頭からは角が二本生えていて、体色は黒く、血のように紅い目は、見るだけで背筋に嫌な汗が出てくる。俺達、召喚組は死傷者こそでていないが、みんな爆風で壁際まで吹き飛ばされていて、怪我を負っている者もいた。
「どうしてこんな所に!」
「陛下と姫様を守れ!」
「総員戦闘準備!」
「外の警備はどうした?!」
そんな中、護衛の人達は体勢を立て直し、迎撃の準備を整えていた。流石に護衛だけあって対応が早い。
「ん~?外にいた連中かい?それなら今ごろお昼寝でもしてるんじゃないかな?決して目覚めることのない昼寝をね」
「なっ!!」
「貴様!」
「ここで仇を討ってやる!」
「陛下と姫様は今のうちに逃げてください!」
「いくぞぉ!かかれぇ!!」
うおぉぉぉぉ!!!
護衛が全員で魔族を囲むように一斉に襲いかかる。それを魔族は一瞥して――
「やはり人間は愚かだな。相手の力量を量ることもできないとは。
―――『闇の圧力』――」
瞬間、周りを取り囲んでいた護衛の人達が消えた。いや、正確に表現するのなら地面ごと押し潰された。
「バカな!」
「第二師団とは言え、王国の精鋭達だぞ!」
「それを一瞬でだと…」
「バケモノめ!」
その光景を見ていた俺たちは、言葉も発せず、ただ茫然と見ていることしかできなかった。完全に脳の処理が追い付かず、人が目の前で死んだというのにその場から動けないでいる。
「ん~。思っていたよりも呆気なかったな。 もうちょっと楽しませてくれると期待していたんだが…まぁいいか。さて、邪魔者もいなくなったし、本題にいこうか」
魔族は不満そうに唸ってからこちらを見て不気味に笑う。それを見た俺たちは背筋に悪寒を感じ、同時に思考が現実に追い付く。
「キャァァァァァア!!」
「バ、バケモノだぁ!!」
「助けてぇぇ!」
「死にたくない死にたくない!」
「み、皆さん!落ち着いてください!」
姫様の静止の声も聞かず、全員出口へ我先にと走る。俺は爆風で壁に打ち付けられた時、足を捻ったせいでうまく立つことが出来ず、出遅れてしまった。
「あぁ~うるさいなぁ~静かにしてくれる?」
魔族が手を扉の方へ向けて水平に薙ぐ。すると扉が凍結し、開かなくなる。
「全く。ちゃんと私の話を聞いてくれるかな?」
余りの恐怖に一同は黙るしかなかった。そんな中、王様が魔族に近寄っていく。
「……私が話をしよう」
「これはこれは人間の王自らとは恐れ入る。あぁ。他に話せるような人がいないのですね」
「くっ……何が目的だ。私の首が欲しいなら――」
「いえ、残念ながら今日の主役は貴方ではなく、勇者達ですよ」
「なに?どういうことだ?」
「我々はこの日に勇者が召喚されることを事前に察知していました。そこで、力を付けて、魔族に危険が及ぶ前に勇者を始末しておこうと思ったわけですよ」
そう言って魔族は俺達を見る。値踏みするような視線は酷く気持ち悪い。だが、その余裕そうな表情も一瞬だけ歪んだように見えた。
(…なんだ?)
俺は魔族に注目する。
――困りましたね……よもや勇者達の基本スペックがここまで高いとは…完全に誤算でした。おまけに厄介な連中が戻ってきたようですね。これは制限時間以内に全員殺すことは難しいですね――――
(厄介な連中?誰のことだ?でも、このままいけば助かるかもしれない)
俺は能力で得た情報で安堵する。
「少し喋りすぎましたね。余り時間がないので貴方たちに選択肢をあげます」
だが、その希望はあっさり打ち砕かれる。
「このまま皆殺しにしてもいいのですが、さっきも言った通り、私も余り時間がないのでね。今、勇者を一人差し出せばこの場は見逃してあげます」
「なっ!!」
その言葉に全員が驚愕する。
こいつは俺達に一人裏切れと言ってきたのだ。
「そんなこと…できるわけ…」
「ならば少々めんどうですが、この場で全員死んでもらうだけです。あ、後1分以内に決めなければどのみち皆殺しですよ?」
1分以内と言われてさすがの王様も焦り始める。みんなそれぞれ相談し始め、どうするか決めている。
(焦らして判断を鈍らせるつもりだろうが、どうせ直ぐに殺せないならこのまま引き延ばせば――)
「……矢代がいいんじゃないか?」
その声は騒いでる広間でもよく響いた。
「は?」
「矢代?」
声の主は浅岡だった。浅岡はいつも俺を嫉妬の目で見ている連中と一緒にこっちを見ている。いつもより嫉妬の籠った、いや、憎悪すら感じ取れるほど強い目線で。みんなの視線が俺へと集まる。
「な、なんで俺が?!」
「おまえがこの中で一番必要がないからだよ」
「そ、そんなことないよ!誠也は―」
「こいつは、中学生のころ、暴力事件を起こしているそうじゃないか」
「そ、それは私のせいで――」
「そんな危ないやつが法律の効かない異世界で、しかも力を付けたらどうなるかわからない」
「そ、そうだな…」
「矢代君が…」
「そんなやつだったなんて…」
次々に賛同の声が上がる。王様や重鎮たちすらも俺に視線を向けてくる。
――すまないが、王として無駄に死人を増やすことはできない――
――勇者一人ですむのならそうした方がいいだろう――
――そのような危険な者が勇者の中に――
なまじ心の声が聞こえるせいで、それが嘘でないことがわかってしまう。そして、いつの間にか背後に来ていた魔族に肩を掴まれる。
「じゃあ、彼でいいってことでいいのかな?」
「えっ?!ちょっ!!待ってくれよみんな!」
俺は助けを求めるように幼馴染み達に視線を向ける。
だが、それは無駄だった
彼女達に視線を向けた瞬間、心の声が頭の中に流れこんでくる。
―――ごめん誠也……私、まだ死にたくないよ……死ぬのは怖い―――
―――みんなの意見を覆すことはできないよ……そんなことしたら俺たちが標的にされるかもしれない。俺だって自分の命が惜しい―――
(そ、そんな……)
深く、長く、そして濃く培ってきた絆は、絶望的な死の恐怖によってあっさり崩れ去った。
咲月は泣きそうな顔で、優斗は唇を噛み締めながら俺から目を背けていた。俺の顔が絶望に染まる。そんな中、一人だけ俺を擁護してくれる。
「み、皆さん待ってください!セイヤ様を生け贄にするのですか?!もう少し考えて――」
「は~い。タイムアップ!」
だが、その行動は無慈悲な声によって無駄に終わった。
「じゃあ彼は連れて行くよ?それじゃ人間の皆さん。ごきげんよう」
俺と魔族の足下に魔法陣が浮かびあがり、次の瞬間、俺は光に包まれ、謁見の間から姿を消した。
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――あぁ……やってしまった――
誠也のいなくなった謁見の間はしばらく誰も話さなかった。静寂を破ったのは扉を開く音だった。どうやらあの魔族がいなくなったことで魔法が解けたようだ。扉から入ってきたのは甲冑を着た騎士のような人達だった。
「陛下!ご無事ですか?!」
「あ、あぁ…我は大丈夫だ…」
「そうですか……魔族は?!」
「いなくなった…」
「い、いなくなった?勇者殿達が何かしてくれたのですか?!」
その言葉を聞いた瞬間、再び場に静寂が訪れる。騎士はその雰囲気に戸惑い、困っていた。
しばらくすると、姫様が咲月に近づいていく。
「なぜ…」
「……えっ?」
「なぜ、セイヤ様を見捨てなさったのですか!!!」
姫様は顔を泣きそうなぐらいくしゃくしゃにしながら咲月を睨んでいる。
「い、いや、見捨てたのは私だけじゃ…」
「いえ!!セイヤ様が最後にすがったのは貴女だったはずです!それを拒んだのも貴女です!!それは貴方にも言えることです!」
そう言って姫様は俺の方を見る。
――……そうだ……俺たちは誠也を見捨てた……ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染みを―――
「ですが、彼以上に許せないのは貴女です!!ずっと見ていましたが、貴女はセイヤ様に好意があったと見受けられました!」
「えっ?!いや、それは……」
「見ていればわかります!セイヤ様も貴女に好意があったようですし……」
「えっ……?」
咲月の少し朱がさしていた顔が驚きに変わる。
――あぁ……このタイミングでバラしてしまうのか――
「もしかして、お付き合いされていたのではないのですか?私はてっきり…」
「わ、私と誠也はまだそういう関係ではありません!つ、付き合った経験もないです!」
そう。咲月は誠也のことが好きで、同様に誠也も咲月のことが好きだった。だが、お互いに告白をしたことがなく、その関係は見ているこっちが恥ずかしくなるぐらい焦れったかった。
――ま、誠也は俺達が付き合っていると勘違いしていたようだがな――
姫様は俯いていた顔をあげる。
「そうなんですか……彼はたった1つの恋すらも叶わなかったのですね…」
その目は怒りを通り越して憎悪を孕んでいた。咲月はその言葉と眼差しにたじろぎ、そして、塞き止めていた涙が溢れ出した。
「しかも、その相手に裏切られ――」
「もうその辺にしておきなさい」
王様の言葉で姫様は黙る。
「ですが、父様――」
「彼のことはこの場にいる全員に責任がある。もちろん我にもだ。だが、あの場ではそれしか方法しかなかったのだ。おまえが彼のことを想っていたのはわかった。すまない」
そして、姫様も涙を流す。
「私は…私は…」
「よい。好きなだけ泣け。他の者も今は混乱してると思う。今日は解散にして、後日、話をするとしよう。ロハン団長。彼らを各自の部屋へとお連れしろ」
「はっ!では勇者殿、我々についてきてください。部屋までお連れします。それと、護衛を一人ずつ付けるので何かあったらお呼びください」
俺たちはロハンと呼ばれた人に従い、各自部屋へと向かう。だが、その間も咲月は泣き続けていた。
「私……なんてことを……」
俺はかける言葉が見つからず、ただ黙っていることしかできなかった。
――彼女を慰めてきた彼は、もういない――