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第1話 お馬に蹴られたら死んでしまうんですけど……1

俺は弓兵隊の小隊長として、五十名の部下を率いて本隊の後方を走っている。弓兵は戦闘服の上に簡単な胸当てを着けただけの軽装で走って移動する。重い大砲を引っ張って動かす砲兵隊や重装備の防具を身につけた槍兵よりはまだマシではあるが、前方を行く騎兵に比べればつらい。


ケインとしてゲームをしていた時には味わえなかった辛さだ。元引きこもり高校生に何キロも走らせるミッションって、どこぞのNPO主催のハードな引きこもり解消プログラムと変わらないじゃないか。


一応、ゲームのキャラに見合った体力はあるみたいで引きこもり文系男子高校生の俺でも走れるようだ。元の体力なら1キロも走れない。俺はさっそうと駆け抜けていくケインの白馬の後ろ姿を遠くに見る。


(ああ……俺も早く馬に乗れる身分になりて~っ)


 馬に乗る身分とは、大隊長クラスである。騎兵の小隊長なら乗れるが、騎兵はかなりエリートなので戦死して次に生まれ変わっても俺がなれるとは思えなかった。この世界に生まれ変わっても格差はあるのだ。


「主様、このシナリオはフォレストの野盗でゲロね」


走る俺の右肩にゲロ子が座ってのんきそうに話す。

(てめえも走れよ!)

と左手で払ったが、ゲロ子の奴、くるりと宙返りして避けやがった。まったく腹ただしい。


「フォレストの野盗」


 第1シナリオ「傭兵王立つ」をクリアすると選べる自由シナリオだ。別にやらなくてもゲームは進む自由シナリオだが、大抵のプレーヤーはこのシナリオを選ぶ。なぜなら、初心者用で難易度が低い上に傭兵ギルドからの報奨金が多く、また、経験値も稼ぎやすいからだ。森に隠れ100名程の野盗を見つけて成敗するというものだ。


 主人公の部隊「疾風の獅子」は、五個小隊、総員250名という兵数だから、数では負けていない。盗賊団を見つけて総がかりで攻めれば、簡単に勝負がつく。


 但し、盗賊は深いフォレストに隠れているので、索敵することが重要なのである。時間をかけてゆっくりやれば、必ず見つけることができるが、せっかちなプレーヤーだと、適当に小隊を森の中に散らすという愚策を取ることがある。いや、せっかちというより、初心者プレーヤーだろう。俺も恥ずかしながら最初はその愚行を犯した。五個小隊のうち2個小隊を失うという結果になった。かろうじて勝ったが、今後の反省に残る経験をさせてもらった。


で、今、その愚行が再現されようとしています。


「小隊は4箇所に別れて索敵を行え!」

(はい。プレーヤーの奴、せっかちな性格でした。俺の寿命が縮みます)


 そりゃ、このシナリオをやるくらいだから、初心者であることは薄々分かっていましたよ。でも、この男、せっかちだけじゃないんですね。俺が軍議の席で、


「敵の狙いはこちらを分散させることですから、五個小隊そろってゆっくり索敵しましょう」


と助言したが、何と言って拒否したと思います?


「めんどくさ~」

(面倒くさいで死ぬ身にもなってみろ!)

「とにかく、短時間クリアボーナスも欲しいので四箇所に別れて索敵を行うように!」

(くそ!)


 プレーヤーの命令は絶対である。


(実行ボタンを押されたら、ゲームキャラであるただの小隊長の俺は実行するしかないのだ)


 こうなったら、自分の小隊の前に盗賊団が出ないことを祈るしかない。自分の前に出たら間違いなく戦死する。こちらは近接戦闘では全く役に立たない弓兵なのだ。


(いっそのことプレーヤーの部隊の前に出やがれ!)


 そう俺は思った。プレーヤーの部隊なら、ケイン自身もある程度強いし、ケインとともに戦う譜代の家来も強いので一般の小隊の俺たちよりもよほど時間稼ぎできるからだ。主人公ケインの幼馴染のルカ(女戦士なのだ)ちゃんや、父親の代からの家来である片目のベテラン剣士タイタロスのおっちゃんがいる。小隊ながらも中隊レベルの強さをもっているのだ。


(さすが、主人公だ。ちなみに幼馴染のルカちゃんは攻略対象だが、意外と攻略は難しい。主人公に最初から惚れているのになかなか落ちないのだ)


 軍議を終えて俺は渋々とケインの命令に従い、自分の小隊に戻ろうとしたら、声をかけてきた人物がいる。


片目の剣士 タイタロス 52歳


 体全体が筋肉の塊というおっちゃんである。簡単な鎧は身につけてはいるが、基本はその筋肉が鎧みたいで、ちょっとやそっと斬りつけたくらいでは、硬い筋肉で防ぐというとんでもないオヤジである。ケインの父親の親友で、父親の死後、若いケインを支える男である。ケインの武術の師あり、傭兵軍団の軍師でもあり、戦士としても強く、ケインの父親といってもいい存在である。ちなみにケインは彼を「伯父貴」と呼んで重用している。その男が俺に向かって話しかけてきたのだ。


「お前は新入りの小隊長だな」


 幾多の戦場で生き残ってきた者が出せる威厳のある声である。


「は、はあ……」


 傭兵隊の中でも尊敬されるこの男に声をかけられるのは、名誉なことだ。このオヤジ、基本、気に入った者にしか声をかけないのだ。


「お前は軍議の席で、五個小隊一緒に索敵せよと意見していたが、小隊長にしては珍しい意見だ。なぜ、あのような意見を述べたのだ?」


「て、敵の山賊は数はいるけれど、それぞれの集団にリーダーがいて統一されていないんですよ。それならこちらはまとまって各個撃破するのがよいかと……」


「ほほう。よく分かっているじゃないか!」


 タイタロスのおっちゃんは、古傷だらけの顔をほころばせた。


(よく分かってるって、そりゃ分かってますよ。俺はこのシナリオを完全クリアするのに何度もリセットしましたからね)


「お前のような部下ができて、ケインも運が向いてきたかもしれん」


 そう言ってタイタロスのおっちゃんは、俺の肩を叩く。そして顔を近づけてきた。


「わしもお前のような若い部下ができて嬉しく思うぞ……」


 そう言うと俺のケツを左手でガバっとつかんできた。

(ゲッ!)


「いいケツしとるのう……。感心、感心。生き残ったら、酒を酌み交わそうぞ。一晩中、寝かせないからな。フオッホッホホ……」


 豪快に笑いながら、眼帯に覆われていない目をバチッっと閉じた。


(な、なに~。まさか、あのオヤジ……)

「ゲロゲロ、主様。どうやら、気に入られたっぽいでゲロ」

「おい、ネットの掲示板ではいろいろ噂になっていたけど。タイタロスのおっちゃんの設定、まさか、男好き?ホ○?」


「う~ん。52歳で結婚歴なしでゲロ。今まで周辺に女性の噂なし。何故か、身の回りをする従者は容姿端麗の男ばかりでゲロ。答えは自ずと判明するでゲロゲロ」


「ぐえええええっ……。そんな設定知らねえよ!」


 俺が主人公ケインを演じていた時、タイタロスのおっちゃんの私生活など気にもしなかったが、小隊長の身分になって分かることもある。確かにこのおっちゃん、怪しかったわ!


「やばいぞ、ゲロ子。このシナリオで生き残っても素直に喜べない」


「そうでゲロな。可愛い女の子をゲットするどころか、いきなりおケツの心配しなくてはいけないとは。相変わらず、ついていないお方でゲロな」


「うるさい!あんな暑苦しい中年オヤジなんか趣味じゃないわ!というより、男は除外だ。抹殺だ。女の子以外はいらんわ!」


 ゲロ子は頬ずえをついて、ため息を付く。


「はあ~でゲロ。それよりも主様。生き残ることが先決でゲロ。この戦い、なめているとコロッと死ぬでゲロよ」


「ああ。それは分かっている。戦いは犠牲はつきものだからな」


 どんな小シナリオでも犠牲者ゼロなんてありえないのだ。俺は小隊長。その犠牲者に最も近い立場なのだ。


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