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俺は馬車に乗り込み、急いでカジノへ向かうよう御者に命じている。馬車の中でも足を小刻みに動かしている。いわゆる貧乏ゆすりってやつだ。早く、スロットの前に座り、大当たりを引きたい。引いて早くネルちゃんを救いたい。
「主様。なに、焦ってるでゲロか?」
「うるさい!」
「あの娘がああいう目に合っているのは、確かに主様の罪でゲロが」
「うるさい!あれはお前が勧めたからだ!」
「そうだったでゲロか?でも、決断して実行したのは主様でゲロ」
確かにゲロ子の言うとおりだ。ネコババしたのは俺の罪。偽借用書で金を借りて逃げたのも俺の罪。ルカちゃんとネルちゃんがそれで不幸に落ちるのも俺の罪だ。
「だが、今日勝てば、すべて償える!」
俺は馬車で右手をギュッと握り締めた。決意を新たにする。俺が勝つのは確定している。ゲームをやりこんだ俺の知識がそう言っている。そんなに力を入れても仕方がないのだが、自分の罪を意識しないためのパフォーマンスなのかもしれない。
ゲロ子がその心の隙を付く。
「ゲロゲロ……、主様。例え勝っても罪は消えないと思うでゲロが」
ゲロ子の言うとおりだ。罪は消えない。金を返すだけで罪が消えるものか。だが、それさえもしなければ、俺は人間のクズである。
馬車はクルトスガーデンの中心地から外れた道を通る。メイン道路は夕方で混雑しているので、御者が裏道を選択したようだ。きらびやかな店が並ぶ大通りとは違って、貧しい住民のアパートや小さな生活用品店や食料店がちまちまと並んでいる。大通りの旅人やお金持ちの住人とは違って、貧しいなりの住民がちらほらと歩いていたり、手持ち無沙汰に道端に座っている様子が目に入ってきた。
窓を見ていた俺はふと小さな子供に目が行った。ツギハギを当てたボロ服を来た小さな兄弟がこっちを見ている。小学校の劇で貧しい人の格好をやれというと、わざとらしくデカデカとツギハギした服装を着る子供がいるが、まさにそんな感じである。
(そんなこれみよがしな服ないと思ったがあるんですね!)
俺は御者に馬車を止めるように命令する。御者はいぶかしげに俺の命令を聞く。馬車が止まった。俺は降りて、その兄弟に近づく。兄が6歳くらい、弟が4歳ってとこだろう。小学校一年生と幼稚園って感じだ。
「ボク、どうしたんだい?」
兄がギュッと弟の手を握る。なにも言わない。でも、無邪気な弟が口を開く。
「お腹がすいた」
「そんなことない」
兄が否定する。でも、お腹がグウ~っと鳴ったのを俺は聞き逃さない。
「でも、お兄ちゃん、僕たち昨日から何も食べてないよ」
「そんなこと言っちゃダメ。よそのおじさんに言っちゃダメ」
おじちゃんと言われた俺。まだ18歳なのだが。俺は優しく兄の頭を撫でる。
「お母さんはいないのかい?」
兄は体を固くしている。代わりに弟が口を開く。
「いるけど、病気で寝ているの」
「ハンス、お母さんのことしゃべっちゃダメ」
「でも、お兄ちゃん。お腹すいたよ」
俺は黙って兄に1デナリ金貨を渡す。これでは数日間しか持たないだろう。だが、それでも俺はそうしたいと思った。
「これでお母さんに温かい栄養のある食べ物を買ってやれ」
兄はコクりとうなずいて、弟の手を引っ張って走っていった。俺はその後ろ姿を見つめる。
「主様、急にどうしたでゲロか?」
「ゲロ子、俺は生まれ変わるんだ」
「またでゲロか?」
「俺は人のために働く正義の小隊長になるんだ」
「ゲロゲロ……また、変なことを言い出したでゲロ。この前はNEW小隊長と言っていたでゲロが、てっきり悪人にリニューアルしたのかと思ったでゲロ」
「うるへー」
「じゃあ、あれを見たらどうするでゲロか?」
ゲロ子が指差すと杖をついた汚らしい格好のじいさんが近寄ってきた。赤だらけの汚い手を俺に伸ばしくる。
(うげえええっ……汚いじじいだ!)
「旦那様~。わしにもお恵みを~」
(しかも臭いいいいいいっ!)
汗臭い臭いに加えてションベンを漏らしているのか、強烈なアンモニア臭までする。
俺は思わず、その手を叩いてそっぽを向いた。それで諦めたのか、じいさんは別の通行人や露天商に同様の物乞いをするが、冷たくあしらわれている。この辺の住民はみんな自分のことで精一杯らしい。
「最近の戦争でどこの街にもああいう貧民が流入してきてね。この先、どうなることやら」
御者の男がそうつぶやいた。誰にも相手にされず、終いには蹴倒されて道端に転がる老人。
(そうだ。俺は生まれ変わる! ジャスティス(正義)小隊長なんだ)
俺はじいさんに駆け寄った。臭い匂いは我慢して、じいさんに1デナリ金貨を手渡した。
「じいさん、これで栄養のあるもん食ってくれ」
「あああ……ありがとうございます。ありがとうございます」
老人は押し頂くように金貨を両手で握って入れに手を合わせた。
俺は馬車に乗り込む。ゲロ子がまた現れた。
「主様。そうやって自分の罪を解消するのはいいけれど、なんの解決にもならないでゲロ」
「うるさい。人を助けて何が悪い」
「みんなに1デナリ金貨あげても解決しないでゲロ。少しだけ助けても無駄だゲロ」
「それは分かっている」
「どんなに善行積んだって、主様の罪は消えないでゲロ」
(それも分かっている……)
俺はそういう代わりにゲロ子を指先で弾いた。今日大勝ちしたら、いくらかのお金をこの街の貧民のために使おうと頭に思い描いた。
俺こと小隊長Cは今日、億万長者になります。
可哀想な少女を救い、そして、貧しい人に施しを惜しみなくする。
俺はジャスティス小隊長になるのだ。
「何、一人で語っているでゲロか?」
ゲロゲロ……明日はいよいよ、勝負でゲロ!




