第4話 危険なシナリオをやる前に準備が必要なんですけど……1
「主様、起きるでゲロ」
「うっ……何だか体が重いなあ」
俺は目が覚めた。ベッドで寝ている。足を見ると包帯が巻かれて上に吊るされている。全身ところどころ包帯が巻かれている。兵舎の自分のベッドだ。
「俺は生きて帰ったのか?」
「帰ったでゲロ。しかも、なぜかお咎めなしでゲロ」
「どういうことだ?」
「さあ? ゲロ子にもわからないでゲロ」
俺は動く右手でゲロ子のほっぺをつねる。
「イタタタタ……痛いでゲロ」
「てめえ、よくも俺を巻き込んでくれたな」
「あれは仕方ないでゲロ。ケインの命令でゲロ」
「お前の主は俺だ。その俺を見捨てるとはナビキャラの片隅にも置けないやつだ!」
俺はゲロ子のほっぺを掴んだまま、持ち上げる。
「痛いでゲロ、痛いでゲロ。主様より、ゲームマスターのケインの命令が上位でゲロ。ゲロ子のせいでないでゲロ」
「それでもだなあ!」
俺はつねるのを止めた。ゲロ子は隅でうずくまる。いじけているようだ。
「ゲロ子だって、主様のために頑張ったでゲロ。こんなゲロ子でも主様は大事に使ってくれたでゲロ。感謝はしてるでゲロ」
そういえば、ゲロ子の奴。友達のエリスが30万円で落札されたのにゲロ子は入札者0という屈辱であった。俺はそういう気持ちなんとなく分かる。
あれは中学校の頃だ。あの頃は俺もバスケットボール部に入ってアクティブに活動していた。レギュラー五人に入っていたのだ。ある時、レギュラー5人と練習後に校門を出たら女の子が待ち伏せていた。そうだ忘れもしないバレンタインの日。チョコを片手に渡された……。
(俺以外)
なんで十人も女の子がいて、俺にはチョコが1つもないのだ!
(同じバスケットボール部のレギュラーなのに)
これだから、リアル女子は嫌いなのだ。俺が2D女子に心が傾いた瞬間である。
それと同じだ。ゲロ子も限定100の中の超レア指定なのにビジュアルが独特だからといって、人気がない。かわいそうになってくる。
俺は隅で体操座りをしていじけているゲロ子の肩を指でトントンした。俺なりの励ましだ。
だが、振り返ったゲロ子。片手にソフトクリームを持っている、口にはクリームがべっとり。それを舌で舐めとるゲロ子。
「なんでゲロ?」
「てめええええっ! 人が同情してやってるのに何食ってるんだ!」
「主様も食べるでゲロか? 今、街で流行っているミミズ味ソフトクリームでゲロ」
「いらんわ!」
俺は人差し指でゲロ子を弾く。コロコロ転がるゲロ子。ソフトクリームが飛んでゲロ子の頭にべっちょり付いた。
それにしても俺が気を失っている間にゲームは少し進んだようだ。この前のシナリオは見事クリア。陣地も結果的には壊されず、しかも正規軍の偵察部隊を撃破したということで報酬もボーナス付きであったそうだ。俺の扱いは、激戦の中、全軍が玉砕するも単騎で敵陣に乗り込み奮闘して負傷したということになったらしい。俺ひとりが生き残ったことへの罪はないらしい。
どうやら、ゲロ子が上手に俺が情報をゲロったことや、交渉失敗で自軍が全滅したことの証拠をもみ消してくれたらしい。
俺は傭兵隊のアジトで怪我の療養をすると新たに小隊長として現場復帰することになった。
ケインの傭兵団はあのロングストリート正規軍との戦いを見事に勝利して評判になり以前は500人程度の小さな傭兵団であったが、今は少し増えて800名ほどになっている。俺が負傷して休んでいる間にシナリオを1、2個無難にこなしたようだ。
兵舎も増築されて本部の建物も少し豪華になっている。収入も増えたようである。ケインの傭兵団のように仕事を定期的にこなし、金回りのよいところは街の郊外にこういう傭兵団の本拠地を設けることができる。規模が大きいとそこを中心に商売人が集まり、ちょっとした集落になることもある。小さな傭兵団だと、街の宿屋に分宿して酒場や広場で合流するということになる。本拠地を定められるのは傭兵団にとってはステータスなのである。
傭兵ランクもDからCに上がった。ただ、これは俺にとっては嬉しいことではない。せめて、Cランクに上がる前に小隊長の上の中隊長になりたかった。
「おい、小隊長C。ケガが治ったようだな。今日は僕の護衛をしろ」
「はっ。ケイン様」
怪我をしていた俺だが、そこはゲーム。1、2回の戦い中に休んでいたただけで完治してしまった。二ヶ月間の療養もゲーム中の時間では40分足らず……。
(全く、現実と違って都合が良すぎる)
俺はケインに呼ばれてギルドへ仕事探しにいくのに同行することになった。
(ケインの奴、他にもいる小隊長の中でなぜ、俺に声をかけるのだろう?)
ふと疑問に思った。もしかしたら、俺の隠れた才能に気づいて目をかけてくれているのか? そうだとしたら、この男、ただもんではない。
「あら、ケイン。ギルドへ出かけるの? 私が護衛しようか?」
そうルカちゃんが声をかけてきた。彼女は主人公であるケインの幼馴染。年は1つ上のお姉さんだ。傭兵団の隊長だったケインのオヤジが行きつけだった酒場の娘で、早く母を亡くしたケインは四歳の頃より、この酒場に連れられてきた。
2階の彼女の部屋で一緒に遊んだり、夕食を食べたり、勉強したりして父親を待つのが日課であった。父親が遠征に行く時は預けられもした。ルカちゃんの両親はケインを我が子のように可愛がってくれたこともあって、ケインは幸せな子供時代を過ごせたといえよう。ルカちゃんもケインを弟のように可愛がってくれ、それは今でも続いているのだ。
(要するに一緒にお風呂にも入ったことのある幼馴染みなのだ)
このルカちゃん、どういういう訳か、酒場の看板娘になる道を捨ててケインの傭兵団に入り、今は副隊長まで上り詰めている。元々、運動神経はよかった方だが、まさか傭兵稼業が向いているとは……って、まあ、よくあるゲームストーリー上の演出だわな。
なんて考えていたら、ケインの奴が、
「ルカ姉、僕はいつまでも子供じゃないんだ。弟扱いはやめてくれ」
とルカちゃんの護衛を断った。
(おいおい、そこで弟扱いをする幼馴染お姉さんに男を見せたい微妙な男心はいらないって。ここはルカちゃんよりも優秀な小隊長Cに護衛させるって言えばいいんだよ)
なんて思っていたら、
「ルカ姉は経理の仕事あるんだろ。護衛なんていなくても僕は十分強いけど、従者を連れていないのは体裁が悪い。だから護衛は役に立たない暇なこの小隊長Cで十分だ」
「そ、そう」
ルカちゃんが俺の顔をちょっとだけ見た。
役に立たない暇な男のレッテル貼られました。
(ちくしょう、ケインの奴、俺の才能に気づいていなかった~)
「ゲロゲロ……主様。主様に才能なんてないでゲロ。あるのは、せこい性格と小者臭」
「うるへー」
出てきたゲロ子を指で弾く。コロコロ転がるゲロ子。
確かにケインの言うとおりだ。全滅した俺の小隊は再編成途中でまだ部下はいない。部下なしの小隊長なので暇なのだ。ケインに付いていくのは暇つぶしにちょうどいいけどね。
(まあ、部下がいても訓練には参加せず、ベッドで寝ているだけであるが)
(ベッドで寝転がって、ぐうたらしてオナラをブーするだけでゲロ)
読者の皆様。ゲロ子のツッコミは無視してください。




