風に翼を広げて
[悪夢の大迷宮]
「もう陸地が無くなるぞ!」
「くっそ!止められねぇ!」
「上の階へ行くんだ!天井をブチ抜くぞ!」
迷宮に水が満ち、既に百人近い参加者が水底に沈んだ。
「人魚の楽園」のダンジョンマスター、ミナモの所有する「十二星座の宝玉」、「水瓶座の宝玉」。
その力によって迷宮は水に沈み、今なお犠牲者を増やし続けていた。
『「水瓶座の宝玉」の【宝瓶宮大海嘯】が止まらない!』
『現時点で迷宮の二割が水没!さすがグランス王国最大防衛戦力!その力は留まるところを知らないーッ!』
『今現在で三種の「十二星座の宝玉」を展開していますが、見た目が見事にバラバラです!これは一体なぜ!?』
『あれは「十二星座の宝玉」三つを「武・装・魔」の三形態で運用しているからですねー
所有者によっては一つしか発現できないものを異界の叡智により三つ、「十二星座の宝玉」が三つで合計九つ!
この多彩さに加えて自前の魔法を絡めてくるわけですから柔軟さに富んでいます。
現在は武装形態「巨蟹大鉄鋏」』、装甲形態「双魚鱗の鎧」、魔導形態「無限の水瓶」で固めている訳ですがしかぁし!
未だッ!誰もがッ!その身に触れる事すら出来なぁーいッ!」
グランス王国が秘宝「十二星座の宝玉」、その力をまざまざと見せつけられる参加者達。
その中に一人、別種の視線を向ける者が居た。
恐れよりも畏敬の念を抱き、いつか自分もと思う者が。
(あれが…あれが私が欲する物、望む力!)
彼女に明確な名はなかった。
幼い頃から訓練を受け、闇の世界に生きてきた。
依頼によって人を殺す、暗殺者として。
アンジェロに操られ利用された後、彼女は身体の自由を取り戻した。
そもそも彼女を捕らえアンジェロに差し出した軟体の悪魔さえ居なければ彼女は操り人形になどなってはいなかったのだが、その事実は彼女をより夢へと後押しする結果となった。
(あの時…私に力があれば操り人形になどなってはいなかった!弱い自分が悪い…
だが、何時迄も弱いままでいるつもりは無い!あの力を手に入れて私はより高みへと登り詰める!)
彼女の胸に宿るのは野心。
殺しの世界に生き、その頂点を目指す野心。
如何なる暗殺者といえど、超常の存在たる英雄達を殺せはしない?
馬鹿を言うな、ならば超常の存在になればいいのだ。
英雄さえ恐る、天下一の暗殺者に。
道はある、英雄を殺した「蠍座の宝玉」を手に入れればそれは確実になる。
超常の世界への入り口が開かれる。
(その為には、だ…こんな所で脱落なんてしていられない、勝ち上がる事で有用性を「暴虐王」に示して、
私が「蠍座の宝玉」を授けられるに相応しいと認めさせなければならない!)
彼女は陰に身を潜め、強かに機を待つ。
自らの障害を掻い潜り、排除するべく。
#####
マキナがジェラルドとエレンを相手取り火花を散らしている横で、もう一つの戦いがあった。
「【二重城塞】!我等を守れ!」
「【練気爆砕功】!」
「【爆炎と迫撃の要塞】一斉掃射!」
破壊の権能を行使する以上、合体していては巻き添えは避けられない。
そうして【撃滅と蹂躙の戦車】を解除し、マキナが
【極限遊戯喧嘩上等仕様】に【権能変更】した後。
三人の戦いは縦横無尽に繰り広げられ、今や迷宮を五階ほどブチ抜いて広大な空間を形成しつつあった。
つまり、敵との遭遇率がグンと上がり、乱戦が始まっているのだ。
ジュリアは【盤上の騎士団】の内
【八人歩兵】【二重城塞】【双騎兵】【双子教皇】を展開、
ジュリアの十八番である軍を率いた戦いを繰り広げる。
【機械仕掛の悪魔特殊改修型】は大火力で広範囲に攻撃を振りまく殲滅戦。
生半可な力では対抗しきれない強さを見せつける。
そして、リカルド・フォス・ユグドラシル。
「ば、馬鹿な…」
「ありえないーっ!」
魔導学院最弱、そう呼ばれた少年が宙を舞う。
エルフらしからぬ鈍臭さで嘲笑われた彼の姿は何処にもない。
突き出した拳が空気を切り裂き、放たれた蹴りは人をを容易く薙ぎ飛ばす。
【神の鍛冶師の護符】が創りし武具「武芸百般」。
それは身に纏った者を武の達人に変える手甲と脚甲で一揃いの武具。
例え愚鈍でも、虚弱であっても四肢が欠けていなければ身につけた者を武人に変える。
これこそが【神の鍛冶師の護符】が起こす奇跡。
その形は文字通りの護符、首から下げた小さな宝石飾りが砕けた時、リカルド・フォス・ユグドラシルは死ぬ。
そう、この奇跡を起こす為に捧げた心、それと結びつき心象兵装は顕現する。
ある者は国を、人民を守る覚悟を。
ある者は強く、高みへと進む理想を。
ある者はどこまでも駆けていく冒険心を。
リカルドは望んだ。
彼女と並んで戦う力を、誰かを助け、支える力を。
リカルドは捧げた、己の心すべてを。
自らの心の一部では叶わぬ願いと知り、欠けた自分など自分では無いと悟り。
この奇跡が砕かれた時、リカルド・フォス・ユグドラシルの心は世界に解けて消える。
その誓いは神に届いた。
世界に解けて消えた今は亡き古き神の許に。
人の身には過ぎた奇跡を与えよう。
創世神オルゼネスが星雲の粒を憑代に。
人の世に平穏を齎す優しき御子に、救世の鍵は授けられた。
「我が主よ!」
「ディア!受け取って!!」
開いた射出口より現れた武装が悪魔の背に取り付く、
両肩に展開された砲塔から紫電が迸り雷光が走る。
「受けよ!【制圧と調伏の雷霆】!」
悪魔の雷が敵を撃つ。
人が、魔物がその身を焼かれて消える。
「キリが無いなリカルド君!五千人から何人減った!?」
「わかりませんけど!まだ三人しか通過してないですよ!」
「我が主!新手が来ます!」
ジュリアとリカルドは背中合わせに戦う。
周囲はディアと【盤上の騎士団】が戦っているが、それでも実力者はいるものだ。
二人は警戒を怠らなかった。
そうして戦う内にディアが新手の敵を察知、床を砕いて新たなる敵が現れる。
だがその人影の多くは慌てふためいており、更にはマキナやディアを目にして動揺している。
「ああ!?【機械仕掛の悪魔】だと!?」
「おいおいおい!下から逃げて来たつもりが追い詰められちまったのか!?」
穴の空いた床、つまり階下から間欠泉のように水が噴き上がる。
参加者達が何人もはねあげられ、消える。
その激しい水流の中から跳び上がり、宙に浮かぶ水の球に飛び込む影が一つ。
「おやおや?これは…この空間は好都合ね、中層も一気に水没させられるわ」
魔女ミナモは笑う。
その蠱惑的な笑みに、その実力を知る者も知らぬ者も震えあがった。
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「やれやれ、後輩ちゃんはイキが良くていいねぇ!」
「ほざけ!絶対に負けねぇ!」
迷宮を自在に飛び回る黒い怪鳥、「邪鷲剣聖」ジスカ・フレースヴェルグ。
それに追い縋る鋼の翼、鳥井 恵子。
風を自在に操り飛ぶジスカに対して、恵子もまた「嵐の災禍」がある分同等かと思われた。
しかし、ジスカと一体化した「死体を飲み込むもの」は恵子の攻撃を逸らし、
その羽ばたきで風を生み出している。
更には周囲の壁や天井を削り作った瓦礫を飛ばし、
両手に構えた魔銃は効果的な魔弾を撃ち出している。
見た目こそ美しい少女ではあるがその正体は歴戦の英雄なのだ。
悪戯に笑う小悪魔のようでいて、老獪な堅実さをもって恵子を狙っているのだ。
加えてその速度はマキナの最高速度にも匹敵するのだろう、その速さはまだまだ本気では無いと恵子にもわかった。
「くっそ!嫌になる…」
似たような力を持つジスカ相手に全く歯が立たない。
この事実は恵子の心を打ちのめしていた。
相手は魔銃を攻撃の中心に据えている、それが従来の戦闘スタイルだからだろう。
しかし恵子と同じように魔剣を持ち、【剣聖化】を使いこなして戦っているのは事実。
「斬り裂け!「嵐の災禍」!」
鞭を振るうように剣を振るう。
展開された魔剣は風の刃を纏い、無数の剣閃へと姿を変える。
「おおっと!なんのこれしきチョチョイのチョイ!」
ジスカが黒い翼を羽ばたかせて恵子の攻撃を吹き飛ばす。
それだけ、たったそれだけのことで。
(あたしの所為だ!「嵐の災禍」を使いこなせていないから差が出るんだ!
アイツはなんて言った?
剣と波長を合わせる?一体どうやって!?)
魔剣がガチガチと震える。
まるで何かを伝えようとするかの如く。
(いや…!こいつはいつもあたしを導いてくれた!こいつと出会ってからずっと!
こいつの使い方はこいつが全部教えてくれたんだ!あたしがこいつの声をロクに聞いて無いだけで!)
手に握る魔剣は何もかもを教えてくれる。
風を読む方法も、剣の振るい方も。
ずっと語りかけられているのだ。
その声にもっと耳を澄ませなければならない。
(集中するんだ!こいつが何を求めているのか聴き取るんだ!)
「そろそろ遊びはお終いにしようかぁ!【無尽蔵の魔弾】!」
引き金を引く、引く、引く。
二丁拳銃では考えられない弾数。
人間離れした連射速度。
作り出されるのは面の制圧射撃。
回避しようの無い弾幕は攻撃して突破するしかない。
しかし恵子は反応しない。
意識は身体の枷を離れ、時が引き延ばされていく。
#####
そこは一面真っ白の空間だった。
いくつもの剣が浮かび、まるで誰かを待っているかのようで。
「いらっしゃいお嬢さん、ここは剣の間。
世界中の剣が集まる場所、君はなんの剣を求めて来たのかな?」
古強者であろう、勇ましい女の姿をした神が問いかける。
幾つもの古傷を誇るかのように晒し、落ち着き払った目で恵子を見ていた。
「現実世界にある剣なら在り処を教えてあげる、天界七聖剣が欲しいなら選ばれる必要があるけど」
「いや…剣が欲しいんじゃなくてさ、剣ならある。
あたしには勿体無い位の良い剣がさ」
「ふぅん?」
神は瞳を細めて恵子を見つめた。
そして、恵子の後ろを指差した。
「あれが君の剣ね、なかなか気に入られているみたいじゃない」
「えっ、あ、「嵐の災禍」…」
「荒々しい剣だ。使い手を選ぶし、相応しくない奴は殺しもする。
でも君はかなり気に入られているし、わざわざこんな所に来なくたっていいと思うけどな」
「あんた剣に詳しいのか?なら教えてくれ!
剣と一体化なんてどうやればいい?どうしたら剣の声が聴こえるようになる!?」
逸る恵子を古強者の神はどうどうと抑えた。
「なるほどね、君は無意識にここに来た口か。
なら教えてあげるけど、ここにある剣は全て意思があるんだ。
意思が具現化していると言った方が正しいかな?
だから君の剣に直接聞くべきだ。
お互いここじゃ精神体、無機物と有機物の差がないんだから通じ合えるよ。
むしろ、剣士としてはここに来れただけで一人前だけどね」
恵子は言葉に従い、己の剣と向き合った。
「やあ、我が持ち主」
「あ、ホントに喋るんだな…」
「今迄も散々語りかけて来たさ、それがわかったから今お前はここに居るんだ」
「そうだな…なぁ、お前はあたしに何を求めて居るんだ?」
問われて、「嵐の災禍」は少し悩んだ。
悩んでから、少しずつ言葉にし始めた。
「今迄は、強い持ち主だったな」
「いままで?今は違うのか」
「ああ…自分で言うのも何だが、我は強く格の高い魔剣だ。
だからこそ持ち主は強くあって欲しかった、だが、お前は違う。
お前と我は相性がいい。
今迄のどの持ち主も霞む、だから我を長く使って欲しい」
「それだけか?」
「いや…どうだろう、まだある、と思う…」
これまで「嵐の災禍」は持ち主と語り合った事など無かった。
皆一様に恐れ、力を望みながら振るわれていたからだ。
だが、ようやく自分を理解しようとしてくれる持ち主に巡り会えた。
だからこそ、しっかりその思いを伝えたかった。
「…飛びたい」
「飛びたい?」
「そうだな、今はお前と飛んでいたい。
我は風を操る魔剣、しかし所詮は剣、この身一つでは何処にも行けはしない」
「ああ…そいつぁ確かに難しそうだ」
「今はお前と飛ぶのが楽しい…戦うだけじゃなく、もっと色々な所へ飛んでいきたい」
恵子は胸に渦巻いた気持ちが一瞬何かわからなかった。
しかし、頼ってばかりだと思っていた相手に必要とされていて、少し気恥ずかしく、嬉しいのだと気づいた。
「そうか…なぁ、あたしには翼がある、でも風が無いとうまく飛べない」
「そうだな」
「あたしがお前の翼になるよ、風に乗って、お前と何処まででも飛んでいく翼になる。
だから、おまえがあたしの風になってくれ、私を押し上げて、何処まででも飛ばしていく風に。」
「お前の風に、か」
「ああ、ずっと遠くに居る人の所に行きたいんだ。
あの人と同じ高みに飛び上がって、あの人に誇れる自分でありたい」
「【機械仕掛の神】か…
ケイコ、お前となら何処までも飛べるだろうな」
「照れるじゃないか」
「ああ、そうか…なぁケイコ、我が名を呼んで欲しい。
お前と一緒に何処まででも飛ぶ、お前に相応しい名前を」
恵子は剣を抱き締めた。
刃が当たるとか、考えもしなかった。
一つになりたいと、そう思えた。
二人なら何処まででも飛んで行けると、信じられた。
「お前の、名前は…」
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きっと夢を見ていたのだ。
そう思える程に現実味は無く、唐突な夢だった。
迫り来る弾幕を前にして、恵子は「嵐の災禍」を握り締める。
意味の無い夢であったのなら、それでもいい。
しかしあれが白昼夢でなく、真実だったなら。
否、紛れのない真実であると断言しよう。
剣が、心が覚えている。
二つの心をつなぐ、吹き荒れるこの力が、
夢幻ではなく、真実だと言い切る根拠となる。
名前を呼べばもう、戻れないだろう。
親も故郷も遠くなる。
世界を跨いで再び会えるとしても、会えはしない。
そんな確信があった、
でも、絶対に後悔しない。
叫べ、名を呼べ。
半身たる剣の名を、己が翼を押し上げるものの名を。
「一緒に飛ぼう…「私の風」!」
『ああ、一緒に飛ぼう!我が翼!』
風が吹き荒れ、魔弾の弾幕を薙ぎ払う。
恵子の姿は一変していた。
鋼の翼や軽鎧には緑色の光沢が宿り、手にした魔剣は蛇腹剣としての体を成していない。
刃は全て独立して浮遊し、元々の魔剣の鍔からは緑色の閃光が刃となってそこに収まっている。
見るものが見ればわかる、魔力で構成された刃とその属性に応じた魔力発光。
生じた外見の変化は微々たるもの。
しかし、ジスカの様に観察眼を磨いた盗賊や歴戦の戦士なら見ただけでわかる。
「マジかよ…お嬢ちゃん【剣聖化】出来るようになったか!」
剣との異常な同調進行、人を喰らう魔剣との異名。
それ故に試した、その同調が一方的であるのか双方向的であるのか。
「試すんなら試してみなよ…「あたしら」の力をさぁ!!」
二人の【剣聖】が激突する。
若き翼が歴戦の翼に勝てるのか?
それはやってみなくちゃわからない。




