来たれ新世代
「悪夢の大迷宮」。
罠も魔物も無い、広大にして複雑、それのみを特徴とする迷宮。
その中で今、数多の参加者達がゴール目指して戦っている。
死すら気にする必要は無く、何の気負いもなく戦える環境で今、脅威となる存在。
それは他の参加者に他ならない。
この武闘大会予選に出場している参加者達は一筋縄ではいかない猛者ばかり。
それも、隔絶した実力を持つ者がゴールに辿り着く確率は当然高い。
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「来たれ我が運命!【戦場の運命剣】!」
夥しい数の剣が迷宮に突き刺さり、引き抜かれた時にその剣の概念を顕す。
それが彼女、ナナイ・マテアルの特殊能力。
たった今引き抜き呼び出した剣、それは単なるブロードソードだった。
今までのナナイなら、即座に別の剣を呼び出す【運命変転】を使い、より強力な剣を選び取っていただろう。
「【超龍練武装】!」
しかし今は違う。
度重なる敗北により自らの実力の不足を痛感したナナイは
エヴェ流戦闘術の技術を学び、着実に強くなっていた。
強い剣を振るうだけで強くなった気でいた時期は卒業したのだ。
ゴブリンの剣士の腕を斬り払い、首を断つ。
ナナイの隙を埋める様にメシエが周囲の魔物に魔法を放つ。
術士であるメシエを守りながら縦横無尽に切り結ぶ。
敵はゴブリンの集団から獣王の証を掲げる魔物たちに変わった。
如何に強くなったとはいえ、この戦況では天界七聖剣や魔剣を呼び出したくもなる。
ナナイは従者仲間のメシエ・ファクトと早々に合流し、
主人であるジュリア・チェス・プレインズの元へと急いでいた。
しかし、迷宮に居るはずの無いゴブリンの群れ、
はたまた獣王の紋章を掲げる獣王軍との散発的な遭遇戦を繰り返しているのだ。
「どう考えても〜ジュリア様の様な特殊能力持ちの仕業ね〜?」
「万死ッ!万死に値するッ!」
「ナナイちゃんお冠ね〜」
メシエにはこの二種類の軍勢に対しておおよそのあたりをつけていた。
そもそも迷宮内部に地図は無く、ゴールを指し示すコンパスのみが指標となる。
軍勢を呼び出す、或いは生み出す特殊能を持つ者ならば
人海戦術で手当たり次第にゴールへの道筋を探す事は容易に思いつくだろう。
森都ユグドラシルの代表的なギルド「森都防衛軍」のエース。
アインス・オン・ユグドラシルの【私の最強の友達】。
これはこの世にただ一体の希少個体「死の王家御用商人」オズボーンを呼び出す特殊能力。
呼び出された「死の王家御用商人」はまさしく商人、対価と引き換えに希少な武器防具を売り渡すゴブリン系統の魔物だ。
そう、商品の調達手段として大量のゴブリン、同系統下位種の「死の行商」を従える、
本来ならば国が最優先で討伐に乗り出す「ゴブリンキング」並みのSS級討伐指定の魔物なのだ。
ゴブリンキングが率いる軍団には数で劣るが、武器防具を充実させた私兵団を率いる魔物なのである。
先程から遭遇しているゴブリンはこの「死の王家御用商人」が有する私兵団である可能性が高い。
続いて獣王軍の紋章を掲げる多種多様な魔物の軍勢、獣王軍。
これは魔界統治機構「十魔」第六席、「獣王」アスカが率いる獣王軍に他ならない。
「獣王」はまさに百獣の王、亜人、竜種、魔獣、精霊、悪霊、幻獣…多種多様な、それこそ一括りに魔物とされる全て。
様々な種の魔物を従えた獣王軍を率いる「十魔」随一の将である。
その配下は皆「獣王の刻印」をその身に刻み、「獣王」の為ならばその命さえ惜しまないという。
そして「獣王の刻印」は「獣王」の力を配下に与え、「獣王」もまた配下の力を得る。
それこそが「獣王」アスカの有する特殊能力であるという。
「せいやぁ!」
「【魔力弾】!」
メシエが後衛、ナナイが前衛。
二人で遭遇する敵を倒し、ゴール目指して前進する。
「キリがないな!万死ッ!万死!」
「早くジュリア様の元へ行かないと〜」
二人は前進する。
傷を負いながら、敵を斬り伏せ、前へ、前へと。
だが、二人だけでは限界がある。
常勝無敗にして万夫不当、歴戦の英雄であるジェラルドとエレンならば。
この様に囲まれていようがいまいが関係なく一切合切を斬り捨て前に進むだろう。
しかし、未だこの世界の一般人の範疇に収まっている二人ではこの物量で攻める二つの軍を切り抜けられない。
「クソがぁ!!」
「ナナイちゃ〜ん!もう保たないわ〜!?」
散発的な襲撃を繰り返すオズボーン私兵団と
一度敵の姿を捉えたなら食らいついて離れない獣王軍。
繰り返される戦いはナナイとメシエだけでなく、迷宮全体の参加者達をも襲っていた。
既に力無き者は脱落し、今まさに二人も脱落寸前。
獣王軍のトロールが振るうハルバードが、今まさに振り下ろされるーー
「【紅蓮の槍】」
それは唐突に現れた。
火属性中級魔術【紅蓮の槍】。
火力と貫通力を高めた中距離射程の術であるが、高い威力に比例して消費する魔力が多く、
着弾時の爆風と爆炎が術士本人をも焼きかねない為に総じて使い手を選ぶ術である。
それはメシエにも唱えられる術だった。
しかしそれは完全に使いこなせる訳ではない。
だからこそ目の前の光景に目を疑った。
居合抜きの達人の放つ剣が、いつ抜かれたか判らぬ程の早さであるように。
その炎は驚くほどの早さで眼前のトロールに着弾し、振り下ろされたハルバードごとその胴体を融解させ、貫いた。
トロールの身体を抜けた炎は背後に居並ぶ獣王軍の魔物を焼き、瞬く間に灰燼へと変えた。
「い、今のは…」
メシエは戦慄した、いや、ある種の情景すら抱いた。
中級の術を無詠唱かつ威力を落とさず、まして高めて放つ術士。
その速度、着弾時の爆風がこちら側に来ない程の魔法制御能力。
明らかに狙ってハルバードを焼き貫いた弾道、その全てに術士として驚嘆した。
「無事かい?お嬢さんがた」
声をかけられてようやく振り向く。
ナナイもメシエも今見た凄まじい光景に我を忘れていたからだ。
「あっ、危ない所をありがとうございます〜!」
「どーも、でもまあ仲間のやらかした事だから僕に助ける責任があったからね、
そう大袈裟に感謝されると罪悪感が湧くなぁ」
ようやく言葉を交わした相手はメシエの思った通りの風貌だった。
銀の髪、眼鏡、赤いローブに虹色に輝く宝杖。
「紅の賢者」チェスター・ソルラ、魔法使いの生ける伝説がそこに居た。
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「悪夢の大迷宮」の中、戦いは続く。
二人の参加者によって迷宮内の状況は一変し、参加者が多数脱落していた。
魔物に弱者は脱落し、ある程度の実力者のみがゴールである転移門に辿り着く。
本来ならば運の良いもの、迷宮の心得のある者が有利な筈のこの迷宮は今、力無き者にとって正に「悪夢」となった。
そんな迷宮内を駆け抜ける三人と一体の魔物。
「森都防衛軍」の三人娘アインス、ツーヴァイ、ドライアと「死の王家御用商人」オズボーンの姿があった。
「グガガ…マタ部下ガヤラレタヨウダ」
「相も変わらずご苦労様でゴザルなぁ」
「特別手当ガ必要ダナ…」
アインスの要請によって自らの私兵団を迷宮内に散会させたオズボーンが私兵団に命じたのは
敵対勢力となる他の参加者の排除と転移門の探索、この二点。
最初の内は成果を挙げていた私兵団も実力者に相対すれば逆に排除されてしまい、その数を減らしている。
しかし、肝心かなめの転移門の場所が中々見つからない。
オズボーンは通信魔導具により部下と指揮するも、参加者や獣王軍の魔物に相対すれば戦闘は避けられない。
そう、獣王軍。
アインスとオズボーンにとっての誤算はこれに尽きる。
他の参加者に差をつける方策としてオズボーンの私兵団による人海戦術で転移門を見つけ出すという案は確かに有効である。
だが、兵の質も数も圧倒的に上回る獣王軍と競い合う今の状況はまずい。
「仕方ガナイ…部隊ヲ再編シ探索ノミノ行動ニ移ラセルゾ、アインス」
「致し方無し、でゴザルな」
オズボーンの指揮により私兵団が探索のみに集中する。
しかし、獣王軍の存在がアインス達には気懸りだった。
「流石に妙だぜ姉貴…「獣王」アスカといえば十魔第六席、純粋な戦闘力なら大概の参加者よか強い筈だ」
「確かに…加えて配下には探索を得意とするものもいる筈、
しかし何故オーガ、トロール、オークを中心とした軍勢しか見掛けぬのか?謎でゴザルな」
「意味なら…あるんじゃないかしら」
ドライアが確信を持って、重い口調で語る。
「考え方が違うのよ…わたくしたちはいち早く転移門を見つける為に私兵団を投入した。
でも「獣王」なら…そんな真似はしない。
多分だけど、第七席を利用したんじゃないかしら」
「第七席…まさか、まさか!?」
三姉妹の頭の中に最悪の構図が浮かび上がった。
第七席「幸運」のセブンス・ラビットシンボル。
その名に違わず転移した場所が転移門の前だった、最初の予選通過者。
十魔とは魔界のみならず天界や地上世界にまで名を馳せる強豪ぞろいだが、
その中にあって一際異彩を放つ魔人、それがセブンス・ラビットシンボルだ。
実力は確かだが、戦闘能力だけなら十魔最弱と評される彼が第七席に座すその理由こそが「幸運」である。
運も実力の内、彼より下位の魔人は如何に優れていようが「幸運」で彼を越えられていないのだ。
十魔の中で最も運が良く、敗北しても「幸運」にも軽傷で済む。
今や世界中誰もが認めるラッキーマン、それがセブンス・ラビットシンボルという男なのだ。
で、あるならば。
彼がいの一番に予選を通過するなど、十魔にしてみれば当たり前の話で。
今回の場合、「獣王」が彼に転移門の在り処を探らせる理由は、ただ一つ。
「獣王軍で弱者を淘汰し、転移門手前で「獣王」が予選通過者を篩い分ける事が出来る…」
「馬鹿な!?そんな真似して何になるというのでゴザルか!?」
「そこまではわからないけれど…そうする事で「獣王」に何かメリットがある、としか…」
「残念ダガ、正解ノヨウダ。
最初カラ転移門ノ在リ処ヲ探ラセテイタ部隊カラ「獣王」ガ転移門ノ前ニ居ルト連絡ガアッタ」
絶望は深く、重く伸し掛かる。
「獣王」がこの「悪夢の大迷宮」を狩場と定めた。
弱者を淘汰し、強者を選別する狩場。
その真意は三姉妹にはわからない、わかるはずもない。
だがそれと関係なく、確実に待ち受けている「獣王」に挑む事がどれ程無謀なことか。
「…姉貴、ドライア、こうなったら腹括ろうぜ」
「ツーヴァイちゃん…」
「相手は強い、だが優勝を目指す上でいつか当たる可能性があった相手だ。
だからよ、みんなそれぞれ戦う本戦よか勝ち目はあるだろ、違うか?」
彼女らには切り札がある。
それは本戦で優勝を争う事になれば使えない「必殺技」。
三姉妹の持つ力を重ねて放つ三位一体の必殺技。
それはエヴェ流戦闘術究極奥義【八百万総神撃】を三
姉妹なりに解析し、扱える威力と難度に落とし込んだ技。
「行こう、やる価値はある筈だ」
ツーヴァイの言葉にアインス、ドライアが頷いた。
絶望ではない、未来を掴み取る意思を窺わせる表情で。
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転移門の手前に陣を敷く獣王軍。
その陣の中にその女は居た。
陣に持ち込まれた天蓋付きのベッド、そこで昼寝と洒落込む女こそが「獣王」アスカである。
配下である淫魔将ダリア、白虎将ティナ、妖花将フランシスカの三体の将。
それぞれが美しい女の姿をした三体がアスカに群がり、思い思いに甘えていた。
獣王軍ではよく見る風景だが、そこにもう一体。
筋骨隆々、赤い肌に一本角の鬼、剛鬼将オルグァースである。
「アスカ様、選別部隊を引き離してこちらに向かう一団がおります、如何致しましょう?」
「ちょっとオルグァース!アスカ様は今お休み中よ!そんなのあんた達、が、んあっ!?」
報告に現れた剛鬼将オルグァースに淫魔将ダリアが噛みつくが最後までその言葉は紡がれなかった。
「獣王」アスカが昼寝から目覚め、ダリアに悪戯を仕掛けたからである。
「イイね、丁度退屈していたんだ、アタシが出る」
「あっ、アスカ様…っ、行って、しまわれるのですか?」
「不満かダリア、お前も行くか…いや、イかせてやった方がお前にはイイかな?」
「ああっ、そんな…ダリア、幸せです…!」
それから少しして、嬌声を響かせて妖魔将ダリアがベッドに沈む。
それを顧みる事なく「獣王」は戦の支度を始めた。
「オルグァース、客人は今どの辺りだ?」
「本陣目前まで迫っております」
「そうか…なぁオルグァース、お前も偶にはどうだ?」
「ご冗談を…この剛鬼将オルグァースは貴女様の刃にして鎧、夜伽などは務まりますまい」
「そうだった、お前はそういう女だったな…」
自らの配下の中でも忠臣であるオルグァースに対し、アスカはやれやれと首を振る、だが、ニヤリと笑うその顔は諦めたという顔ではない。
「だが、武器や防具は手入れが必要だな?」
「…ええ、それは、まぁ」
「うんうん…一晩中じっくり、じいっくりと…愛情を持って手入れしてやる、楽しみにしていろ?」
流石の猛将も主人の熱烈な誘いを振り払えなかった。
より真っ赤になって小さく頷く赤鬼をひと撫でし、「獣王」アスカは陣を出る。
「やぁやぁ待たせたなお客人、ゴールは目の前、早々にゴールしたいだろうが…」
余裕綽々、身の丈程ある斧を担いで、しかし重さは感じさせずに振るう。
彼女を見た時、誰もが思い知る事になる。
「獣王」は個にして軍、獣王軍の力は「獣王」の手によって高められるが、逆も然り。
「獣王」と戦う時、それは獣王軍全てを凌駕する力を振るう存在との戦い。
圧倒的強者、それこそが「獣王」であるのだと。
「来い、弱者にこの先の時代を任せる程、この「獣王」は甘くはないぞ!」
それは選定。
後の世を担う実力者を見出し、より強く育むための仕分け。
弱き者を排除し、戦いは更に苛烈さを増す。
全ては世の秩序の為。
「秩序の剣」が一人、「獣王」アスカは斧を振るう。
新たな強者を見出すために。
自らの使命のために。
ほんの少し、自らの愉悦のために。




