番外編:集まりだす強者たち
[グランス王国王都グランス 王宮]
王宮を練り歩く一人の男の姿があった。
その男に一切の迷いは無く広大な王宮を駆け抜け、玉座の間へと急行する。
「国王陛下!学院に魔人が出現したとの報せが届きました!」
慌てた様子の伝令は玉座の間に飛び込み叫ぶ。
数多くの臣下が集まる玉座の間に居合わせた多くの者の視線が突き刺さる。
「ご苦労、後は身体を休めてゆっくりしているといい…
さて、参加者リストにある魔人は?」
「はっ!十魔全員が参加する予定です!」
「そうか、ならオウギュストだろうな…あいつの事だ、愛娘にでも会いに来たんだろう」
対してグランス国王は落ち着き払っていて、大したことでは無い様に思えてしまう。
国家一つ滅ぼしかねない魔人が一人出現したのにも関わらず。
「陛下…臣民には陛下程の胆力はありませぬ、突如魔人が現れたとあっては」
「そうか?ああいや、そうだな、じゃあ迎えを出せ、第四騎士団を動員させろ」
若々しい肉体を持つ王、アキラ・フドウ・グランス。
建国当時から老いや衰えを見せぬ「暴虐王」。
しかしそんな渾名とは裏腹に理知的な面も持ち合わせている。
「で?参加者候補に動きはあったか?我が臣下ナイアルよ」
「順調でございますよ、我らが偉大なる国王陛下」
意識の空白から現れたかの様にその男は現れた。
国立魔導学院の院長ナイアル。
神出鬼没にして謎めいた平民出身の男は国王が自ら見初めた者。
実力主義の国王を前にして権力者たちは何も言えないが、本当なら追求なり嫌がらせなりしたいところであった。
「まず天界及び魔界からの転移反応、天使と悪魔が大会に介入する兆しと見えます。
次に陛下の招集に応えて王都のダンジョン「人魚の楽園」のマスターミナモ様が入城しています。
続いて「紅の賢者」チェスター・ソルラ様、「闇夜の疾風」ジスカ様、「白の術師」オルフィネ・ウィドー様からの参加打診。
冒険者の中からは天界七聖剣を使うと名高い「七聖刃」も参加するとの事です」
ふぅん…という体でいて、口元がニヤリと歪む。
流石に「暴虐王」の名に恥じぬ戦闘狂ぶり。
「来るな…世界樹のアクセス権限を求めて悪魔が、それを阻止すべく天使が」
武闘大会の優勝賞品は毎度違うが、二大勢力の目的はそこに無い。
それは森都ユグドラシルの族長候補、或いは族長を誑かして世界樹のアクセス権限を求める悪魔の群勢。
それを防ぎ世界の秩序を守るべく奔走する天使達。
年に一度の武闘大会は地上に転移する口実として申し分無い故に、武闘大会に近い時期に殺到する訳だ。
「しかし、まぁ折角の機会だ。
いっその事悪魔どもの希望をへし折ってやるのも一興よ」
「どうするおつもりですか?陛下」
「決まっているだろう?ナイアル、今度の大会の優勝賞品を変える様ヌゥール族長に伝えろ、悪魔どもを一網打尽にするとな!」
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「おい聞いたか?今回の賞品の話!」
「聞いた聞いた!世界樹へのアクセス権限ってのだろ?」
「世界樹が溜め込んだ知識があれば誰だって賢者顔負けの知識が手に入るって話だ」
「かーっ!もしかしてぇどんな魔法でも使える様になるんかねぇ?」
「それどころじゃねーっしょ!どんな情報も手に入れ放題!魔物も、人も、国だって怖くねぇさ!」
「おいおいおい!夢があっていいねー!」
「今年は誰が優勝すっかなー!」
王都の酒場で三人の若者が大会への期待を膨らませている中、カウンターに座る少女が耳をそばだてていた。
「情報ね、それってつまり、行方知れずになった人の行き着いた先とかもわかるのかな…?」
軽装に地味な色合いのローブを羽織った少女を見て、
酒場の店主はその少女が冒険者であるとあたりをつけた。
「嬢ちゃんもやっぱり興味あるのかい?」
「えっ?あー…そうね、仕事柄行方を眩ました人を探したりすることも多いし…
えっと、ほら、魔物の弱点とか、生息地とか知っていれば困らないしね」
なるほどねー、と店主は頷き、少女は度数の低い酒を口に含んだ。
冒険者ならなるほど確かにその通り、模範的解答といえるだろう。
だが彼女は冒険者では無い。
彼女の軽装には暗器が仕込まれており、彼女は人を意識の外から奇襲し殺害することを得意としている。
そう、彼女は暗殺者だ。
その短い生涯を血に染めて生きる彼女からしてみれば冒険者とは都合のいい変装に過ぎない。
組合に登録はしているが必要最低限依頼をこなしているだけで、積極的に活動している訳では無い。
彼女のランクはD、人探しや採取依頼をこなしてEランクへの降格を逃れている。
彼女の本業はやはり人殺しだ。
依頼によって仕事をこなすのは冒険者と変わらないが、その血生臭さは冒険者の比ではない。
護衛依頼を受けた冒険者を排除した時もあったが、偶然にもその冒険者はランクE時代に世話になった恩人だった。
その時は流石に世の無常を嘆いたものだが、基本彼女は冷静冷徹。
殺人機械と呼ばれたこともある。
さて、何故彼女が今王都に居るのか?
それは簡単、今彼女はフリーなのだ。
王都に来て、武闘大会を観戦する。
それが今回の彼女の目的だ。
路銀が足りなくなったら仕事を受けてもいい。
「今年は「七聖刃」が優勝候補かねぇ?それとも噂の【機械仕掛の神】かな?
なんにせよ今年も白熱した試合が見られそうだ!」
店主はご機嫌に語り、少女は相槌をうつ。
血生臭い仕事を忘れて過ごす穏やかなひととき。
彼女は一杯の酒をゆっくり飲み干すと、挨拶をして店を出た。
(金はまだ余裕がある、宿に戻って今日はもう休もう)
王都の夜はまだまだこれから。
街灯の灯りが街を照らし、人通りも多い為に危険も少ない。
そう思っていたのだが、どうやらあてが外れたようだ。
つけられている、気配を隠しているつもりらしい男が二人、なんでもないように歩いている。
顔は悪くない方だ、身体も引き締まっているし、何より若い。
狙われる事は少なくないが、気分を害された。
袖口の短剣はすぐに取り出せる、靴の仕込みもすぐに出る。
この距離なら撒くことも出来るが路銀の足しにしてやろうと思った。
路地裏に入る、男二人は罠とも知らずしめたものだと後を追う。
裏路地には誰も居ないように見えた。
おかしいと思って路地裏に踏み入ると、後ろにいた男が倒れた。
驚いて振り向いても誰も居ない、あるのは物言わぬ死体のみ。
一人目と同じく、二人目も背後から首を斬られて絶命した。
少女は死体を仰向けに転がして、死体の服でナイフの血を拭った。
懐を漁れば財布がある、中身はそれなりに入っている。
男二人は二人分の血溜まりの中に沈めておいた。
懐があたたまったので明日は旨い飯にありつけそうだ。
路地裏を抜けて通りに出る。
街灯は変わらず灯っているし、道行く人は何も知らずに去っていく。
ふと、武闘大会のポスターが壁に貼ってあるのが見えた。
気になったので近づいて見る。
優勝賞品は相変わらず「望む物を進呈する」とあり、下記にその一例が記載されている。
この一覧から賞品が選ばれる事が多いが、実際に望んだもの次第で一覧に無い物も手に入る。
何気無く見ている内に少女は一覧の中に驚くべき名前を見つけ我を忘れた。
「十二星座の宝玉」。
伝説級の魔導具の名がそこにあった。
グランス王国が保有するこの魔導具は対応する星座に集約された力を使用者のイメージに則り引き出す事が出来るというものだ。
イメージが無くとも莫大な魔力を得られるが、
的確なイメージを持った「十二星座の宝玉」の持ち主は絶大な力を得るという。
善なる行いによって力を得るという「暴虐王」が裁定の「天秤座の宝玉」を。
異界の叡智を持つ美しき人魚が
「魚座の宝玉」
「蟹座の宝玉」
「水瓶座の宝玉」
この三つを併せ持つという。
流石に王や臣下の持つ「十二星座の宝玉」を要求しても無駄であろう。
だが、彼女の狙いは別の宝玉にあった。
「蠍座の宝玉」。
伝説に語られるサソリは暗殺者にとって信仰の対象のようなもの。
つまり、暗殺者に必要な宝玉といえる。
「欲しい…凄く欲しい!」
そうとなったら一直線、暗殺者の少女は理想を求めて駆け出した。
目指すは優勝、そして宝玉を手に入れること。
誰も知らない強者がまた一人。
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[グランス王国王城、来賓室]
「暇ね」
ゆらり、ゆうらり。
美しい金色の髪が、水色の尾びれが揺れる。
来賓室の中央に不思議なオブジェが出来上がっていた。
水を満たした空気の泡、それが来賓室を占拠している。
永き時を生きる暴虐王の、より永くを生きる臣下。
名をミナモ、グランス王国が誇るリゾート型ダンジョン「人魚の楽園」のダンジョンマスターである。
内陸にある王国に海の恵みをもたらし続ける共存型のダンジョンであり、同時に人魚たちの居住地でもある「人魚の楽園」。
そもそも何故、そんな都合のいいダンジョンとダンジョンマスターが居るのか?
それは彼女が「魔女」だからだ。
生まれながらにして異界の叡智を授かり、年不相応に賢かった少女時代。
人魚としても女としても絶頂に至った彼女は、
三つの「十二星座の宝玉」を探し出し、自らの物とした。
そこから彼女の伝説は始まった。
異界の叡智と三つの「宝玉」。
彼女は異界の叡智により星々に集う伝説、人の意思を誰より深く理解していた。
例えば伝説の力の弱い「蟹座の宝玉」は
人の意思、つまり蟹に纏わるイメージや蟹座をモチーフにした物、
縁のあるものと結びつけるようにして強化、他の「宝玉」に見劣りしない力を引き出した。
着々と力を増す彼女は全ての「十二星座の宝玉」を掌中に収めんとしたが、
既に残り九つはある男が手にしていた。
そう、「暴虐王」アキラ・フドウ・グランスである。
魔女ミナモは以来グランス王国に恭順し、その叡智と力で王国を支えているのだ。
「人魚の楽園」も王国と人魚の共存共栄の為に彼女が創り出したものだ。
つまり彼女は永きを生きる王にとって最も付き合いの長い臣下であり、他の臣下にとっても王に並んで国に必要な存在なのだ。
普段はダンジョンで穏やかに過ごす彼女だが武闘大会が開催されるとなれば話は変わる。
正義と法によって無類の強さを誇る王に次ぐ国家最強戦力である「魔女」ミナモはその力が健在であると常に示さなければならない。
何故なら彼女は強者、同じく高みに至る者でなくては「魔女」を討ち王都に最後の一手をかけられない。
国家防衛の為のパフォーマンスが彼女の役割なのだ。
「すまん、遅くなったな」
「女を待たせるなんて酷いわ、慰めて頂戴?」
「お前がそんな繊細な女だとは思わんが」
来賓室に踏み入った暴虐王に魔女が慰めを求めても王はつれない態度であしらう。
口を尖らせて拗ねる魔女の唇を、王は当たり前の様に奪った。
この国に王家は無い。
何故なら建国の王は今も存命で、子を成せない魔女のみを愛しているから。
「生き返る様だわ」
「「神の雫」で生き長らえているお前が口付け一つでどう生き返る?」
「心が乙女に、ね」
頬を赤く染める魔女に対し王は堂々たる振る舞いを崩さない。
「さて?今日は愛し合うために来たのか?それとも別の要件かな?」
「別件よ、愛し合うために一々来ていたら頭が大変な事になってしまうから…
魔女は魔女らしく、水晶玉で未来を見通してきたのよ」
そう言って彼女は虚空から水晶玉を取り出してみせる。
そこに映る人々の姿、それが今回見せたいというものなのだろう。
「出場者はだいたい絞り込めたわ…だけど不確定要素が多過ぎて先の未来が見えないの」
「ふん…原因は?」
「出場者に天使やら悪魔やら居るからね…
力が秘めたものであれ封じたものであれ力はそこに存在する。
それらが先の未来を不安定なものにしているんだと思うの、もう一介の魔女にどうこうできるレベルじゃないわね」
「そんなに酷いのか」
暴虐王は水晶玉を覗き込み、揺らぐ未来の姿を見る。
その中には確かに天使や悪魔もいる。
問題は見知った化け物の姿を群衆の中に見つけたことだ。
「成る程…こんなにも化け物揃いの人外魔境になるのか、酷いな」
見れば見る程酷い。
悪魔も勝手に自滅しかねない面子に流石の暴虐王も辟易する。
人知れず世界を救った人造の天使。
一度その実力を見せ付ければ誰もが恐れ慄くであろう今は無名の大英雄。
邪神討伐において名を挙げた「紅の賢者」「闇夜の疾風」「白の術師」。
天界と魔界から人間界で決着を付けようとする傍迷惑な「守護剣聖」と「斬輝剣聖」。
魔界を統治する十人の魔人を中心とする「十魔」。
世にも恐るべき力を持って現れ、
そしてその力と勢力を拡大しつつある【機械仕掛の神】。
ポッと出の七聖刃など話にならない。
各々武勇に長け、世界に変化を齎す存在である。
一人居れば十分なものを、今大会に限って彼らを惹きつける何かがあったらしい。
「ミナモ、今大会で世界が終わりかねんぞ…」
「えっ」
「劇薬だコレは…世界に変化を齎す存在がこんなに姿を現したんだ、一人ならいい刺激だったろうさ…
だがな、この面子が地上の一箇所、我が国に集まってしまった。
これでは過剰というものだ、ただの冒険者や騎士などは路傍の石に成り下がってしまう。
間違いなく今大会は荒れるぞ!高次の力と力がぶつかり合い、この世界は変化を余儀なくされる!お笑いだ!」
暴虐王は笑った。
それは仕方がないという風でいて、諦めた様な、追い詰められた様な気持ちが込められた笑い方だった。
「はぁ…ミナモよ、水晶玉に「鉄蜘蛛」の姿はあるか?」
「ええ…残念ながら、ね」
「そうか…」
いよいよ国が保たないかもしれないな…
王の滅多に口にしない弱音は魔女を静かに驚かせた。
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王都を見降ろす影があった。
天を突き刺すばかりに高いこの時計塔の上、どうやって辿り着いたのか不思議になる高さから女が王都を見降ろしている。
『いやぁ、夜も活気に溢れてていい街だなぁ』
『夜遊びは程々にする事だなトム、
我々が夜の街に出れば増えるのは浮名では無く怪談話よ』
トムと呼ばれた商人らしき若い男が眼下の王都をを見降ろしはしゃぐ。
その隣で竜人の騎士がトムを諌める。
『人間が夜分遅くに出歩くのはやはり感心せんな。
睡眠は人間にとって必要不可欠、その為の時間に遊び呆けるなど寿命を縮めるようではないか』
『まぁいいではありませんか、この発展も良き治世を行う王の采配の賜物…
王自ら神の審判を行えるとはなんとも信心深そうな話ではないですか』
吸血鬼の男が吸血鬼らしからぬ健康思考を熱弁する横で、
修道女がまだ見ぬ「暴虐王」の人物像に思いを馳せる。
『はん、どれ程の聖人が知らねぇが所詮は人間、
裏でどんな欲望を抱え込んでるかわからねぇぞ?』
『聞けば「十二星座の宝玉」の力で神性を得ているらしいじゃない?
どんな人物にせよ建国当時から存命の傑物よ、只者じゃないわ』
悪魔と天使もまた街を眺めながら世間話に花を咲かせる。
そこに生きている「人間」は居なかった。
居るのはたった一匹、幼い少女を抱えて座り込む「妖怪」だけ。
老いも若きも、種族すらバラバラな「幽霊」たちを引き連れた「妖怪」が一匹居るだけだ。
「事前に仕入れた人物評によれば建国当時から変わらず清い政を執り行うという、
「暴虐王」などと呼ばれつつも武勇に優れ善政を良しとする賢王なのじゃろう、ならば我らが為すべき事は決まっておる」
白髪の妖怪は真紅の瞳で王都の向こうに聳える「不死の大樹海」を見据える。
まるで未来を見据えているかの様に。
「愛おしき生命の営み…不躾な悪魔を迎え討ち、今度こそかの邪神を討つ、それこそが我が贖罪よ」
世界樹に忍び寄る魔の手を幻視し、その憂いを断つ。だが彼女にとってそれは前座に過ぎない。
かつて邪神は自らの悪意より魔を産み落とした。
人を喰らい、人の心の闇より生まれ出づる魔を人は「妖怪」と呼んだ。
邪神自らが産み落とした妖怪は人のみならず、全てを喰らい取り込む恐るべき「蜘蛛」であった。
しかし「蜘蛛」は罪なき命を喰らううち、人の心を得た。
蜘蛛はやがて自らの罪を償うべく、世界の闇を払う存在となった。
自らと心通わせた友の魂に背中を押され手を引かれ、贖罪の旅は世界の終焉まで終わらない。
「行こう、我が友たちよ…如何様な生命であっても、天寿を全うして逝ける世を目指して」
その妖怪の名は「鉄蜘蛛」。
生命を喰らい、生命を愛するようになった妖怪の目には強い意志が宿る。
生命を脅かす邪神を討つ、それこそが彼女の贖罪の一つであった。




