神崎さんちの親父殿
[グランス王国国立魔導学院、闘技室]
「探したぞ貴様らー!」
闘技室に魔人オウギュストの声が響く。
マキナと改の闘いに決着がついた時、誰にも悟られずに現れた魔人。
それなるは魔界を統べる「十魔」が第三席、「破壊拳」オウギュスト。
即ち、神崎のパパなのだ。
「姐御の親父さん!」
「おお恵子くん、いつも真希波が世話になっているな」
「いえいえ!あたいは姐御をお慕いしているのであって、あたい如きが世話なんて…」
「ハッハッハ!謙遜するな!これからも真希波の事を頼む!」
「はいっ!」
「神崎さん…!」
「城田くん、元気そうじゃないか」
「ええ、なんとかやっていけています」
「そうかそうか…君らが行方不明になったと聞いた時は焦ったが、無事でよかった!」
「神崎さん、父さんはどうしてますか?」
「東条の親父さんは刹那くんの事はあまり心配してはいなかったな…
武者修行にでも行ったんだろうくらいに受け取っていたよ」
「おじさま?私の事はなんと…」
「刹那と一緒だろうと、後は感情的になって暴れていないかと」
「ドキッ☆」
普通の人間相手に会話する様に魔人と会話する四人を前に、ジュリアは唖然としていた。
「あー…シロタ君達は、あの人とは知り合いなのかい?」
「む、そうですね。神崎さんは真希波の父親ですから」
「そ、そうか…ありがとう」
ジュリアは信じられない思いでいっぱいだった。
幼い頃から言い聞かせられてきた魔人という種族。
ランクによってその強さが表されており、
1〜20迄の下級の魔人さえ訓練された完全武装の騎士10人に匹敵するという。
「十魔」とはランク100に迫る恐るべき強者であり、単騎で国を陥落させる事も可能ではないという。
プレインズ公爵家令嬢であるという責任感から表情こそ冷静だが、
目の前に居るのは「十魔」第三席。
このグランス王国を滅ぼしうる存在なのだ。
「オウギュスト・神崎だ、娘と息子が世話になった」
だというのになんだ、この友好的な魔人は。
「プレインズ公爵家長女ジュリア・チェス・プレインズです。
困っている人を助けるのに理由はいりませんから」
「破壊拳」のオウギュストといえば、攻撃力なら十魔でも随一。
抜群の破壊力を誇るその拳、その破壊力を生み出す肉体はまさしく全身凶器。
豪快で周りの被害を問わない戦いにおいては最強。
パワーで押しまくり、物理法則さえ彼の前には敵わないとさえ言われる超危険人物だ。
そんな彼が何故こんなにも友好的なのか?
「おいおい、あんまり怯えないでくれ。
娘を早くに亡くし、息子も行方不明になったただのオヤジさ」
「あ…えっと、すいません」
「構わないさ!息子は無事だったんだ…それに」
一瞬その表情を曇らせたオウギュストだったが、抱えている改とリカルドを見て笑う。
「死んだ筈の娘と再会出来るんだ、こんな幸福なオヤジはそう居ないさ」
改とリカルドは未だ気絶している。
改はマキナとの激突によるショックで、
リカルドは実は
【神の装甲】の残骸で身を守っていたのだが、激突の余波でもれなく気絶。
装甲を再生し、補填する為の魔力切れで更に延長といった具合だ。
オウギュストは二人を床に寝かせると、右手をかざして魔力を籠めた。
莫大な、常識はずれの魔力を。
「なっ!?何をする気ですか!?」
「なぁに心配いらん、気功術みたいな要領で回復させるだけさ…
むぅんッ!【掟破りの治癒功】!」
炸裂音が、閃光が場を支配する。
それは癒しの光、再生のエネルギー。
桁違いの魔力でもって発動した初級回復魔術【治癒】。
薬も過ぎれば毒となる。
効果は尋常ならざる回復力に拡大され、魔力の発光や音までも拡大されている。
その魔法は閃光手榴弾によく似ていた。
#####
リカルド・フォス・ユグドラシルは森都ユグドラシルの族長の家に産まれた。
優しい両親と三人の姉に愛され育ち、彼は真っ直ぐに育った。
記憶力がよく、真面目に物事に取り組む彼は森都でも評判の子供だった。
ただ一つ、魔法が使えない事だけが彼の枷になった。
周りのエルフ達は皆魔法を自在に操り、自然と心を通わせる事が出来た。
彼だけが、それが出来ずにいた。
魔力はある、親譲りの膨大な魔力は魔法使いなら誰もが羨むものだった。
だが彼は魔力を操り、それを魔法として行使する事が出来なかった。
時が経てば解決するだろう、それが族長にして父なるヌゥール・ゼ・ユグドラシルの見解だった。
だが、心ない同族に虐げられるよりはと、ヌゥールはリカルドを魔導学院に入学させた。
心ない人間がいないではなかったが、それでも森都に居るよりはマシだったのだろう。
リカルドは穏やかに日々を過ごし、自らが魔法を使えるように努力を重ねた。
そしてあの日、リカルドはマキナと出会った。
マキナと出会って人生が変わったと思う。
魔法が使えるようになりたいという気持ちは変わらないが。
魔導具に頼らない術の行使には遠く、魔導具に頼るのも本意では無い。
だが、リカルドはあの姉弟対決で自らの主義を曲げた。
マキナが万が一負けた時、勝つ為の策を講じる為に。
結局は使う事はなかったのだが、
しかしリカルドはその決着を知らぬまま意識を手放してしまった。
(強くなりたいなぁ)
闇の中で一人、揺蕩う。
マキナの姿はリカルドに強さを教えてくれた。
そしてリカルドはその強さに憧れてしまった。
届きそうにも無い遥かな頂をのぞむように。
掴めない星を欲するように。
「ん…?」
まるで海岸に打ち上げられるように、
いつの間にかリカルドの意識は自らの精神世界に辿り着いていた。
「マキナさん…ディア…」
そこに二人の守護者の姿があった。
いつものように快活、とはいかなかったか。
「二人とも……眠っているのかな」
見れば二人は棺にも似た箱の中で眠っていた。
二人の装甲は傷つき破損していたが、二人の本体は無傷だったようだ。
だが、二人は何故か眠っている。
「んんーー…こいつぁアレだな、疲れてんだな。
新しい権能を一つ、合体が一回、そりゃへばる訳だ」
「そっか…僕がもう少し強ければ…」
「気にするなリカルド少年、娘が勝手にやったことさ」
リカルドは励ましの言葉に少し気が楽になったが、ふと気になることが増えた。
「あ、あなたはいったい?」
「初めましてだな、俺はオウギュスト・神崎、
娘と仲良くしてくれてありがとう、リカルド少年」
リカルドは呆気にとられていた。
有名な魔人の、聞いたことも見たこともない優しい微笑み。
人の親としてのオウギュストの姿に、リカルドは呆気にとられていた。
「勝手で悪いが君に回復魔術をかけさせてもらった…
で、魔力的な繋がりを作って君の精神世界に入り込んだ」
「えっ、回復魔法って…僕どこか怪我でもしてましたか?」
「いや、せいぜい頭を打っただけだろう…
君は中々器がデカそうだな」
オウギュストとしては他人が自らの精神世界に土足で踏み入ってきたなら、
それはかなりの嫌悪感を伴うものと思ったのだが、見る限りリカルドは何ら気にした様子はない。
「守護者とはいえ、他人を二人受け入れているからか…」
「あの、オウギュストさん」
「ん?」
リカルドの眼は真っ直ぐ、オウギュストの眼を見つめていた。
オウギュストはその眼を見て、リカルドの望みを感じとった。
「……守護者二体に武装が一つ、普通なら強いと言いたいところだが……
君が望む強さではない、なんとも欲張りだな君は」
「す、すいません」
「いや、魔人としては自らの力を欲する君の姿勢は好ましく思うよ…
だが実際どうだ?君は今特殊能力を三つも抱えている、魔法の発動自体は君の今後の成長如何にかかっている訳だが…
だが君が望むのは確約された未来じゃなく、今なんだろ?」
リカルドの眼はオウギュストのよく知る眼であった。
弱さを知り、強さを求るその瞳は正に、自らの娘である真希波によく似ていた。
戦いの狂喜に浸り、己の信念を貫いて尚歩まずには居られない修羅の道。
その道を行かんとして、志半ばにして死んだ娘によく似ていた。
「君が今すぐにも力を欲するなら代償は覚悟してもらう」
「ものによりますけど…覚悟ならあります!」
「いい心掛けだ、悪魔の契約に引っかからなそうでなにより…
さて、君の武装系特殊能力について詳しく教えてくれ」
【機神操機】の事だろうか?
それにしても彼は事情通に過ぎる。
「人の秘密を暴く魔法の使い手が魔界にはいるのさ、君の情報も調べさせてもらったよ」
「秘密を暴く…十魔番外、「探査」のディクスですね!」
「君も物知りだな、ディクスの奴が知ったら喜びそうだ」
「【真理の書】程の大魔術を扱える術師を知らないなんてエルフの中じゃモグリですよ」
対価を要求する形式の契約魔術である【真理の書】は人間世界では途絶えて久しい魔法だ。
あらゆる知識を得ることが出来るが、その求める情報に応じた対価を支払わなければならない。
しかも術の維持にかなりの魔力を消費し、殆どの術師はそれに耐えられない。
十魔番外、つまり魔界を統治する十人がその力を必要とし、特別に保護される存在。
ディクスという魔人は発動、維持に加え、自衛の為の術を発動出来る程に余裕がある。
リカルド含め、世界中の魔術師の尊敬を集める存在の一人なのだ。
「手早く調べただけだから対価も安かった、君の特殊能力の数と種類の特定だけだったからね」
「なるほど…でも僕の【機神操機】の事と強くなる事に関係が?」
「大有りさ、君の特殊能力をもっとピーキーにしてやろうって算段だからな」
#####
そもそも、特殊能力ってのは何か?
ここから説明するべきだろう。
『人間や魔物が獲得し、自在に行使するもので、魔法とは似て非なるもの』
それが一般に知られる答えさ。
だが違う、そうじゃない。
人工精霊ネビュラという精霊がいる。
こいつが発するネビュラ粒子という粒子は人の感情を魔力に伝える作用がある。
魔法を使う時に精神状態がいいと安定するだろ?
動揺すると術の構成が乱れるとかもあるが、この粒子が一枚噛んでるんだ。
構成が粗くても魔法を気合いで発動させるとか、キレてる時に魔法の威力が上がったとか、
あれを人間がやり易いようにする役割を持っているんだ。
ネビュラ粒子がないと魔法を使うのはより難しくなるだろうな。
この世界は魔法が使い易いようになっている訳だ。
で、ネビュラ粒子が人間の感情と魔力を結びつけた時に出来上がるのが特殊能力だ。
感情が形作った型に魔力と一緒に流れ込んで固まるのさ。
こうなると魔力が切れても型とネビュラ粒子が残る。
魔力が回復すればまた特殊能力が使えるようになる。
特殊能力というのは感情やイメージを依代に固定された魔法の一種なのさ。
さて、人工精霊って何だとかは一旦置いておいてだな…
特殊能力にはもっと上の存在がある。
大量のネビュラ粒子、大量の魔力、そして強い感情。
それらが強固に結びつき、致命的な迄に混ざり合った時、そいつは出来上がる。
心象兵装、俺たちはそう呼んでいる。
人間の感情一つ…怒りとか、悲しみとか、強い感情でその力は膨れ上がる。
代わりに自らの魔力全てがこいつに使われちまうから、普通の魔法が使えなくなる。
そして、心象兵装を万が一喪失した時、使われている魔力と感情を失う。
勇気を依代にした心象兵装を失えば勇気を失う。
悲しみ、怒り、喜び、慈愛…なんであれ心象兵装に使われたものは全部心象兵装と一緒だ、その喪失は当然の結果といえる。
だが、心象兵装が生み出す力は理を超える力だ。
独自のルールを持ち、独自の効果を生む大魔術なんだよ。
失うってのもそうあることじゃない。
自らの心そのもの、魔力そのものだからな。
そうそう手放せるもんじゃない。
だが、今の世界には必要なネビュラ粒子と魔力が揃った場所がない。
そういう風に調整してるんだ、ネビュラの奴が。
だから今の世界には特殊能力が溢れてる。
出来ることは多いが、限界も早い特殊能力がな。
気付いたな?
そう、今、ここは絶好のポイントなんだ。
ネビュラの管理する闘技室の戦闘領域には勿論ネビュラ粒子があって、発生源に近いだけあって粒子が濃い。
俺が使った魔法の残滓で魔力も申し分無い。
最後にリカルド君、君には強さを求める強い感情がある。
今、絶好の条件が揃ってるんだ。
力を手に入れるなら今なんだ。
やるなら今なんだぜ、リカルド君!
#####
オウギュストの放った回復魔法は闘技室を包み、収束していく。
その場に居る誰もが目と耳に異常が無いかを確かめたが、そもそも【掟破りの治癒功】は回復魔法だ。
副次作用で閃光手榴弾の様な効果を生み出すだけであって、大した威力は無いのだろう。
故に誰もがそれを目の当たりにした。
魔力が収束していくのは何故か?
光がおさまるのは道理としては自然だろう。
だがこれはどうだ?
光がリカルドに集まり、強大な何かを生み出そうとしている。
リカルドは宙に浮き、何かが起こっているのは明白だ。
「リカルド君!」
「おおっと、手出し無用!そっとしておいてやれ」
「オウギュスト殿!この現象は貴方が起こしたのか!」
リカルドの異変に焦るジュリアをオウギュストが諫める。
しかしまるで小熊を狙われた親熊のようだとは口が裂けても言えないとオウギュストは思った。
「【救済の騎士剣】、【御霊竹光】
【閃光纏いて我駆ける】…
俺が知ってるのはこんなところか?
さぁ見せてくれリカルド・フォス・ユグドラシル、君の可能性を!」
光がリカルドの身体に纏わりつき、形を形成する。
その身から発せられる力は間違いなく魔人に匹敵するだろう。
「そうか…君はやはり面白い!」
リカルドが「神の装甲」を身に纏い、その両隣にマキナとディアが現れる。
その身に新たな装甲を纏い完全復活した姿で。
「心象兵装…
【神の鍛冶師の護符】!」
それは彼の意思の現れ。
二人の守護者に並び立つ強さを以って、庇護されているだけでは無いと示す意思。
共に歩み、自らの手で勝利を掴み取らんとする意思の具現。
リカルド・フォス・ユグドラシルは漸く、自らの身体で戦う術を手に入れた。




