人の力、神の力
【機械仕掛の神特殊改修型】は今、これまでにないダメージを受けていた。
雷属性最上級魔法【天空神の雷霆】。
その直撃を受け四肢に装着されている左腕、両脚部の装甲は50%破損。
ダメージが蓄積していた右腕の装甲が全損。
本体に20%のダメージを受けている。
マキナにとって初の経験であるこの事態はまさに非常事態。
威力を一点に集中させて放つ雷霆は神の金属オリハルコンの装甲に傷をつけた。
この時点でマキナは腕部装甲を砲身として放つ【機神閃光】系の使用が不可能となり、【飛翔鉄拳】も耐久力が半減した今、むやみに使えない。
全身を武器として戦う暴力と喧嘩の化身【機械仕掛の神特殊改修型】の力に陰りが見え始めていた。
「ヒャハハハ!面白くなって来やがった!」
否、それは錯覚である。
戦いの狂気に呑まれるのでなく、自らが戦いの狂気を生み、染め上げ、狂喜する女。
それが神崎 真希波だ。
ズタボロになろうと構わず、死の直前まで戦い続けた女なのだ。
戦いを、更なる喧嘩を求め蘇った喧嘩狂いなのだ。
その表情にはマキナスマイルと呼ばれた狂喜が浮かび、それを見た者に恐怖を与えた。
「あ、姐御…!」
「あ、姉貴!」
「ッ!気をしっかり持て鳥井!改!ヤツはもう二度と死なん!それにヤツは死に体で極道をほぼ壊滅状態に追い込んだんだぞ!
今となっては死なない上に極限の力が出る状態のハズだ!気を引き締めないとやられるのはこっちだ!」
二人を叱責する刹那だが、その脳裏に想起するのは神崎 真希波の最期だ。
死人はただ一人、真希波だけ。
しかしそれでもそこは地獄と呼ぶに相応しい惨状だった。
精強な極道達が粗方地に倒れ伏し、その中に一人立っているのはセーラー服を血に染めた女だったのだ。
その身に数多の傷を負い、狂喜に満ちた笑顔で力尽きた恐るべき女、神崎 真希波。
今、確実にマキナは死の淵に立ったあの日の真希波に立ち返っているのだ。
それも、あの日より数倍恐ろしい力を持って。
「ん?ディアの奴張り切ってんな…いい殺意だ、なっ!」
「と、飛んだ!?」
「退がる気か!?万死に値する!追撃せよ!」
突如として退却を始めたマキナに追い縋ろうとする周囲の傍、ジュリアは見た。
天に翼を広げた魔王の姿を、魔王が力を振るわんとする、異様なまでの魔力の昂りを!
「全員退却!【天空神の雷霆】以上の攻撃が来ますよ!」
その声に追撃を仕掛けようとしていた者達は驚愕し、踵を返して退却する。
それに遅れて上空から破壊の雨が降り注ぎ、地を焼いた。
【地を穿つ魔王の火砲】が発動し、【混沌の樹海】を焼き払ったのだ。
これは正直不味い。
【機械仕掛の悪魔特殊改修型】を相手にしていた連中は恐らく今ので大半がやられてしまっているだろう。
いや、もしかすると大して苦もなく倒されてしまっていて、少ない人数が蹂躙されているのかもしれない。
ジュリアはそう予想をつけ、再び上空から攻撃を仕掛けようとしている【機械仕掛の悪魔特殊改修型】を見て再び指示を飛ばす。
「誰かあの悪魔を止めるんだ!あの様な攻撃を何度も繰り返されては保たんぞ!」
「 あたしに任せなっ!!」
そう言って東条 美奈が駆ける。
いや、果たして同一人物と言えるのだろうか。
雰囲気はガラリと変わり、儚げな少女の風貌からは勇ましさと獰猛さが感じられる。
「な、なんだというのだ!?彼女はあの様な荒々しい戦士だったのか!?」
「いや、マテアルだったか?妹は多重人格者らしくてな…
普段は大人しくて気立てのいい妹なんだが、興奮するとああなる…気にしないでやってくれ」
「 スルー出来るか!!万死に値するぞ貴様!」
どうでもいい状況説明を受けながら、ジュリアは変貌した美奈の動きに驚愕していた。
あっという間にサウピエント兄弟の前に躍り出て、飛来する弾丸を斬り裂いた後ディアに攻撃を加えて叩き落とした。
「今が好機だ!こちらは優勢!落下する近くに向かわざるを得ないマキナを囲むのは容易い!
このまま一気に押し通る!我に続け!」
勝利への希望を絶やさぬまま彼らは駆ける。
追い求めた結果を手にする為に。
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どうする?
マキナは考える。
マキナの武器はその肉体だ。
真希波の頃からそれは変わらない。
しかし今、マキナの装甲はボロボロだ。
今にも崩壊する訳ではないが、それでも常時より脆い。
特に腕の装甲が問題だ。
砲身の役割を果たすことで破壊の閃光に指向性を持たせることが出来、尚且つパンチの威力を上げるに都合のいい物だ。
脚の装甲を粒子に変えて作り直せばいいが、ジリ貧だろう。
マキナが知る自らの特性。
それは装甲の修復、補填にはリカルドの魔力が必要な事。
自らの出現、戦闘に必要な魔力は神造魔導核で賄える事。
今の身体に使われているオリハルコンが、エルフ一人の魔力で完全に修復するのに一月はかかる事。
【機神閃光拳】や【機神閃光鉄拳】は強力な分、オリハルコンに負荷がかかる事。
そりゃそうだろう。
本来砲身として使っている所に放つはずのエネルギーを溜め込んで、着弾する瞬間に炸裂させる。
神の金属などと呼ばれても不滅の存在ではないのだ。
マキナ自身が核から生成する魔力で作れない事もないが、相当手間がかかる。
壊す専門のマキナが作れと言われても無理だ。
一度試したら暗黒物質が生成されて大変だったのだ。
ディアは喜んでいたが。
しかし、そこでピンと閃いた。
「いいじゃないか、全部ブッ壊しても…」
かつての真希波が喧嘩を楽しむ前の頃。
彼女は天性の才を持って生まれた自分を嫌っていた。
自分だけが周りを傷つけてしまう。
必要以上にやり過ぎてしまう。
有り余る力を制御しきれず、自らの望まぬ結末を迎える。
そんな自分を嫌っていた。
父にそんなことを打ち明けた時、全ては変わった。
『小さい女だ…娘よ、今のは背とか年齢だとかの話じゃない。
器の話よ…貴様の、ちっぽけな器の、な…
いいか真希波、貴様の力は貴様自身、貴様もまた力そのもの…無闇矢鱈と恐れるな。
全ては貴様自身に委ねられているのだ…
この先、お前がどういう道を、その力を使って切り拓くかは自由だ。
戦いを望む修羅になるのもいい、世を乱す悪を討つ志士となるもよし…勿論、力を使わないのも自由だ。
だがな真希波、貴様は俺と、母さんの子だ……
決して、己の道を違える様な女では無いと、信じているぞ……』
父に諭された時、幼い真希波にその話はよく理解できなかった。
しかし、魂で全てを感じ取った。
「力は望みを叶える手段、望みを遠ざける障害を生むもの…
人を遠ざけ、惹きつける…力の有り様は人それぞれで、誰もが皆、強い「力」を持っている…
だからあたしは壊すんだ、あたし自身の正しさを貫くために、あたし自身の渇望の為に…
……全部!ブッ壊す!」
生まれて初めて全力を出した。
自らの力の使い方を知った。
己に恥じぬ生き方を選んだ。
強く、誇らしくあろうとした。
悪しきを砕く、しかし自らは正義ではない。
戦いの中に真理を見出す求道者。
戦いの中に狂喜を見出す快楽主義者。
異端も異端、生まれる時代を間違えた傑物。
困難の壁を粉砕し、高みを目指す道の最中に出会った好敵手たち。
出会いと別れ、語り尽くせぬ闘争の日々。
家族との穏やかで満ち足りた時間。
自らの最期と、新生。
全てが巡り巡って今に至る。
マキナの装甲が光の粒子に変わる。
光がその身を包み、しかしその姿は何も変わらない。
真希波に拘る必要は無い、ならマキナに拘る必要も無いはずだ。
大事なのは現在だ。
振り払うべき過去を払い、掴むべき未来を掴み取る。
あらゆるモノを滅ぼし、滅びの後の再生を招く者。
傷も、隔たりも、境も壊し、新世界の扉を開く者。
全てを終わらせる舞台装置。
一つの意思が今、最後の扉を開けた。
破壊の神が、今、覚醒した。
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場面はようやく悪魔の視界に追いついた。
悪魔が変貌した東条 美奈とその守護者【人狼の騎士】の攻撃により、分かれていた二つの戦いが一つになった。
そして悪魔に並び立つは神。
かつて人として生きた姿によく似た姿。
しかし、それは似ているだけに過ぎない。
髪と瞳の色は真紅、燃える炎の様な赤、血の如き紅。
そして、チリチリと肌を焼く様な魔力。
(これは、光属性の魔力……だが、何かが違う。
光属性の魔力には「裁き」の概念が強く出る、しかしこれではまるで、かつての邪神オメガディアスの様な…)
「ディア、いつも通り射撃中心で戦ってくれ、あたしを巻き添えにしても構わない、あと、ちょっと離れてな」
「りょ、了解!」
マキナの顔は狂喜に満ちている。
同時に、その心は冷静そのものだ。
それがよく分かる程にマキナは落ち着いていた。
「マキナさん……大丈夫なの?」
「おうリカルド、【機神操機】みりゃわかんだろ?それにこの部屋便利だからな…死にそうになったら転移するだろ」
リカルドが自らの感覚と特殊能力でその異変に気付いた。
しかしマキナは動じない、その姿を見てリカルドも覚悟を決め、静かに頷く。
「ディア、マキナさんの指示に従おう。
【爆炎と迫撃の要塞】の火力をフルに発揮するんだ、マキナさんに当たっても構わないから」
「契約者、どうも状況がうまく整理出来ないのですが?」
「マキナさんは今【在りし日の情景】じゃない、新しい【装甲換装】をやってるんだ…
いや、装甲が変わっただけじゃない。マキナさんは今新しく【権能変更】したんだよ」
その内容を聞くより先にマキナは駆け出した。
それに応じてディアも指示どおりに火砲を放つ。
「怯むな!マキナを潰せば後は楽な筈だ!マキナに攻撃を集中させろ!」
時間があった為に既に詠唱も魔力も万全な状態で【天空神の雷霆】が再び放たれようとしている。
「【神の装甲】だったら効いたが…この【極限遊戯喧嘩上等仕様】は違うッ!」
鋼の女神は鎧を脱ぎ去り、眼に見えぬ破壊の力を纏う。
破壊の力が雷霆を消し去る、否、破壊した。
バラバラに散らされた魔力は雷を保てず、雷はその破壊力を失う。
誰もが言葉をなくし、唖然とする。
ディアと、全てを知っていたリカルドを除いては。
その隙を逃さず、神は神たる力を振るう。
「-生まれ持った力をひっさげ、女だてらに喧嘩道!強敵弱卒卑怯者!ありと凡ゆる喧嘩を重ね散らしちまった己の命!なんの因果か生まれ変わって喧嘩の種は我が世に尽きまじ!尋常ならざる神の力!必滅技をとくと見ろィ!-」
誰もが理解した、いや、理解せざるを得なかった。
マキナの今の姿は、あの力を振るうのに特化した姿なのだ。
過去の真希波に似ているのは当然、【神の装甲】を脱ぎ捨てた【機械仕掛の神特殊改修型】素体は真希波の器。
【在りし日の情景】が真希波を再現している訳ではない。
真希波の戦い方をする為に素体の上に大した防御力の無い服を纏い、多くの機能に制限をかけただけの状態なのだ。
今の【極限遊戯喧嘩上等仕様】は素体のみ、装甲を排除した以外は何ら変わらぬ暴威を振るう破壊と喧嘩の神のままなのだ。
たった一つ、たった一つだけ明らかに違うのは。
過去の真希波にも、マキナにも無かった新しい力。
破壊の神の力が一つ、マキナの中に満ちていた。
その力を振るう姿は、何よりも凄まじく、恐るべき気迫に満ちていた。
「逃げろぉぉぉぉ!!」
叫んだのは誰だったか、それはわからない。
その圧倒的な力の前に、凡ゆる事象が意味を為さずに消えていくだろう。
「【機神仕掛の終焉】!」
世界は瞬きに包まれ、消え去る。
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破壊の神、邪神オメガディアス。
かつて存在し、滅ぼされた神。
邪悪な心を持ち、兄弟神である創造神アルファディオスと対立した末、英雄達によって討ち滅ぼされた神。
マキナはその破壊の力のみを取り込んでいた。
世界に散らばった破壊神の権能を。
その力はかの英雄達も苦戦した力で、創造神の力を借り、相殺するという手を使うほか無かったという。
無論、こうして放たれた以上その力はかつてと同じく、敵対する者を滅ぼし、全てを無に還すだろう。
しかし、闘技室の管理者がそれを許しはしない。
闘技室に仕込まれた数多の魔法陣、それは高度な魔術の集合体であり、そう易々と模倣できるものでは無い。
この世に唯一無二とも言える、世界最高クラスの安全装置だ。
高度な技術によって完成した闘技室は例え中で神々の戦いがあっても耐えきることが出来る。
この闘技室を完成させた賢者、「紅の大賢者」チェスター・ソルラはそう言い放った。
が、何事にも不測の事態は付き物だ。
闘技室内の戦闘領域で行われた戦闘中、戦闘続行が不可能な者、戦闘意思が無いものは闘技室本来の空間に転送される。
が、機械的な判断が常に正しい訳ではない。
そこで、この闘技室の戦いの情勢を見届け、勝敗を下す存在が必要不可欠なのだ。
その判断を決めるのは管理者と呼ばれる一体の存在、かつて存在した魔科学の聖地、アルティマ島の管理者。
「特殊能力【女神の装具】起動、攻撃の無力化を確認、戦意喪失者の転移を完了、残り人数三名…戦闘領域の展開を継続」
緑色に光る粒子を纏う女。
人工精霊ネビュラ。
かつて存在した…今は海中に秘匿されたアルティマ島を管理し、遠く離れたグランス王国の闘技室もまた、彼女の管理する管轄となっている。
アルティマ島の存在を知るものからすれば彼女は得難い存在であり、彼女自身も未だ地上に残る英雄の一人として一部の者に認知されている。
彼女の持つ特殊能力【女神の装具】は各種指定された条件を満たした場合、凡ゆる攻撃を防ぐ事が出来る。
【絶対無敵の理】は彼女の【特殊能力】を元に作られた魔法であり、その元祖だけあって凄まじい防御力を誇る。
まぁもっとも、守護神ジェラルドの理屈や常識を超えた神の護りに比べれば劣るが、それでも尚破壊神の権能ならば防ぐことなど容易い。
「さて…血は争えないという事かしらね?オウギュスト…」
遠く、魔界の地に居るであろう友に向けて、ネビュラは呟いた。
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「……ん?当たった感じがしねーな…防がれたか?」
「マキナ様、あれに当たれば流石に塵も残らぬかと…」
「え?マジ?殺っちゃった?」
力の昂りのままにぶっ放した一撃で友を殺す。
流石のマキナにもそんな趣味はない。
今更焦るマキナのかわりにディアがその状況を把握する。
「いえ……どうやらこの闘技室の機能で脱出したようですね…残る反応は二つ、マキナ様に近い反応です!」
煙の中から二人の人影が見える。
いや、一人分に見える程近い影が、と言うべきか。
現れたのは神崎 改だ。
鳥井 恵子がその身体を抱え飛んでいる。
「改…てめぇ、その腕は!」
「【奇妙不可思議な隻腕】【魂の絆宿す隻腕】…!
姉貴のとんでもねぇパワーに対抗できんのは姉貴の腕だけって訳だ」
神崎 改の特殊能力【奇妙不可思議な隻腕】は端的に言えば「コピー能力」になる。
相手の発動した特殊能力を一部でも見たことがあればその能力を100%発揮できる。
右腕の形状や質量が変わる為、腕ごとに出来る事、出来ない事が変わるが、それでもその有用性は言うまでもない。
「姐御…これが最後だ!みんながあたしら二人をここまで繋げてくれた!ここであたしらは…姐御を越えるッ!」
「俺たちが姉貴に勝つ…勝って、姉貴の死に決着をつける!」
「ほーぉ……なに悩んでたのかは知らなかったが、そーゆーことね…」
機神に対峙する二人は決意を固めた表情をしている。
対して、その二人の前に立つマキナは喜色の笑みを浮かべている、狂喜に満ちた、ある意味凶々しく、もっとも彼女らしい笑み。
「決着結構!大いに良し!いつまでもあたしの事でウジウジされても困る、困るが……
まぁさか、この神崎 真希波サマにそう易々と勝てるたぁ、思ってねぇだろ?」
機神が猛り、人が猛る。
姉と弟。
姉貴分と舎弟。
神と人の、それぞれの決着をつける為の戦いが始まる。
ディアはそれを静かに、だが待ち遠しさすら感じながら、それを見ていた。




