ああ狂おしき強者よ
[グランス王国国立魔導学院、闘技室]
「我が【爆炎と迫撃の要塞】の前に手も足も出ないか!?人間ども!!
もう少し足掻いてくれねば退屈してしまうぞ!」
切れ目なく放たれる弾丸に既に幾人かの生徒が倒れ伏した。
闘技室にかけられた魔法による影響か、既に姿は無い。
「クソッ!この闘技室はなんだって遮蔽物が無いんだ!?あんなものまともに受けたら我々の負けだ!」
「アンジェロ兄さん落ち着いて…幸い奴の攻撃射程からかなり離れてる、策を練らなきゃ勝てないよ」
「わかってる!クソッ!こうなれば我が【策略の仮面舞踏会】を使って…!」
サウピエント公爵家の次男カルヴァンス・ベノ・サウピエントは内心で舌打ちした。
(兄さんめ…考えなしに特殊能力を使ってしまったら意味が無いのがわからないのかな?)
兄であるアンジェロ・ロッソ・サウピエントには特殊能力が発現した。
しかし、アンジェロは傲慢で短慮だ。
母が長男であるアンジェロを甘やかすので、アンジェロは貴族らしいといえば貴族らしい、嫌味な貴族に育ってしまった。
弟のカルヴァンスは父の命を受け、事あるごとにアンジェロのカバーに回ってきた。
正直、最近ではアンジェロのカバーにうんざりしている。
よく耐えている方だと自身を褒めている程だ。
(よく知っているよ…あの能力の所為で兄さんが図に乗ってるのも!
変に自信がある所為で能力に頼りがちなのも!
でも【策略の仮面舞踏会】はあんまりにも非人道的だ!)
【策略の仮面舞踏会】。
仮面を媒介に発動する最悪の能力だ。
仮面を被せた相手を支配する。
シンプル故に強力、非人道的な効力。
仮面さえつけていれば永久に持続する持続性。
ただし、仮面をつけさせるまでが苦労するのだ。
(あんな高火力の規格外守護者二体に仮面を被せるなんて無茶すぎる……!!
兄さんは何時になったら現実を直視できる様になるんだ!?あんな縛りのキツイ能力戦闘中に使えるか!?無理だ!!)
カルヴァンスは懐から杖を取り出し魔法行使の態勢に移る。
生身であの悪魔に対峙するのは無謀極まりない、ならば大人しく魔法に頼るべきだ。
「-人智及ばぬ秘境の底より、この種を持ち帰らん!芽吹くは神域、混沌渦巻く生命の宝庫!願わくば我に勝利を!我に混沌の恵みを授けたまえ!-【混沌の樹海】!」
杖先に不自然に生じた種が地面に落ち、芽を出した。
瞬く間に樹々が乱立し、ジャングルを形成する。
「くっ!?邪魔ですね…」
「気を付けてディア!【混沌の樹海】が生み出す樹木には色々な効果があるんだ!迂闊に刺激したらどうなるかわからないよ!」
リカルドの冷静な声が聞こえる。
その声を聞いたカルヴァンスは歯噛みした。
(リカルド・フォス・ユグドラシル…元々彼には類稀なる才能があった。
魔法効果への造詣は深く抵抗力も高い、エルフの技術があれば魔法行使を代行する魔導具だって作れる筈だ。
それをしなかったのは彼の意志の強さ…虐げられようと正しさを曲げない、自らの壁に正面から立ち向える強さ!)
リカルドの指示でディアが動き出す。
樹上の実、樹々そのもの、地中に隠れた根、多種多様な草花。
自然界そのものが牙を剥く自然属性上級魔法【混沌の樹海】は規模の大きさを除けば設置型の罠と大して変わらない。
即ち、罠にかからない様に立ち回れば無傷で攻略出来るのだ。
「カルヴァンス!お前にあの悪魔が倒せるというのか?」
「任せてよ兄さん、今日は模擬戦だから兄さんの特殊能力を見せ付ける必要は無い。
むしろ僕が貴族らしく、策を練った搦め手から正々堂々とした一騎打ちまでこなせるって事を見せつけてあげよう?」
「フッ…流石は我が弟、いいだろう」
「ありがとう、兄さん」
アンジェロを上手くあしらってカルヴァンスは杖を構える。
(落ち着けカルヴァンス・ベノ・サウピエント…【混沌の樹海】からの連携は僕の得意な構成だ。
効くかどうかは別にしても打てる手は充分にある!)
魔力を漲らせ、杖先に集中させる。
カルヴァンスから普段の取り繕った雰囲気が消え失せ、一人の術者の面が表れていた。
「【旋風の種子】!」
風を切るように飛び出した種は名の通りブーメランの様にクルクルと空を舞う。
そして狙い通りに木の実を枝から切り落としながら飛び続ける。
「ディア!防御を!」
「了解!」
二人のやりとりを耳にしてカルヴァンスはニヤリと笑った。
地面に落ちた実が勢いよく弾け、ネバネバとした粘液が撒き散らされる。
粘液塗れになったディアは粘液を落とそうとしているがなかなか取れない、それどころかより粘り気を増していくではないか。
「ぐっ…!?このネバネバはいったい!?」
「攻撃系じゃない!?そんなっ!?」
カルヴァンスは物陰から二人の様子を伺いほくそ笑んだ。
(風船の様な果実が破裂した時、粘り成分のある果汁で周囲の物を絡め取って繭を作り種を守るネンバリの実。
よく似たクラシーユの実と合わせて、危険な植物だ…その判断が出来ないなら、植物は門外漢と見ていい!)
多種多様な植物を生み出す【混沌の樹海】には発動する術者によって癖が出る。
利用する植物の傾向や、持て余すような植物の選定。
個々人の判断や好みによって変わるのだ。
(僕の場合はメジャーな植物からよく似たマイナーな植物まで、それも僕のお気に入りばかりだ!
逆手にとられても対処しやすいし、利用しようにもその知識量じゃあさっきの二の舞を恐れてしまうだろう!僕の優位は揺るがない!)
「【爆炎と迫撃の要塞】ハッチ展開!ミサイル発射ァ!」
爆裂、同時に激震。
燃え上がる樹々と粘液の中から悪魔が再び姿を現した。
「くっ…仮にも悪魔、力押しで攻略するのもお手の物か」
カルヴァンスはリカルドとディアの姿を伺い、身震いする。
無傷だ。
やはり機神と同等の防御能力を持つだけある。
やはり一人では限界がある。
術を行使するスピード、防御や回避の反応速度、一撃を受けた後のカバー。
カルヴァンス単独では圧倒的に不利なのだ。
(やはり、兄さんと組むより真っ当な前衛が欲しいな……
仮面で支配されていなくて、兄さんを適度にあしらえる人材がいいな)
カルヴァンスの杖から緑色の魔力が溢れ出し、形を変えて撃ち出される。
「弾けろ!【粉砕の胡桃】!」
人間の頭ほどの大きさの胡桃がディア目掛けて飛び、炸裂する。
「ぐっ!?リカルド様!!」
生身の人間相手に当たればただでは済まない。
それをディアは一瞬の内に理解した。
リカルドを抱き抱えて身を伏せたディアのすぐ側で胡桃が弾け飛び、地面と樹々を抉る破片が飛び散る。
「よくも我が契約者を狙ってくれたな下郎が!我が神を害するならば容赦はしない!」
リカルドはマキナの、【機械仕掛の神特殊改修型】の本体。
神に与えられた彼女の存在理由は彼を守ることであり、それが彼女の様な異端の存在がディアの目の前に存在する理由なのだ。
焦がれ続けた神に巡り会えたのはまごう事なくリカルドの存在に起因する。
リカルドはディアにとって、自らを神に巡り会えてくれた恩人なのだ。
そこに神々の如何なる思惑があろうと、リカルドがマキナを許容する器であり、マキナに守られるに足る存在である事に変わりは無い。
故に彼女はリカルドの守護者になったのだ。
マキナに最も近づける立ち位置をくれる、マキナに必要とされる立ち位置をくれるリカルドの守護者に。
(ヤバイ!!悪魔の逆鱗に触れてしまったというのか!?)
その怒りは誰の目から見ても明らかだ。
小熊を守る母熊の如く佇む姿を見れば一目瞭然。
間違いなくやられる。
そんな嫌な確信があった。
「-空より出で地を焼く魔王、幾多の死線越え、友と別れ尚荒ぶる御霊の宿せし力、現世の敵を薙ぎ払う力と成す!-」
黒い光の粒子が悪魔に纏わりつき、形を成す。
悪魔の鋼の翼に長く、巨大な火砲が現出し、その暴威を振るわんとしている。
「【地を穿つ魔王の火砲】!」
一瞬にして上空に飛び上がった悪魔が天空より降り立ち、怒涛の急降下爆撃を繰り出した。
その焔は瞬く間に【混沌の樹海】を焼き払い、焼失させる。
「【生命の結界】!」
カルヴァンスにしては幸いなことに、アンジェロの元に駆けつけて防御魔法を唱えるだけの時間はあった。
カルヴァンスが発動させた魔法は発動する際に魔力を、更に効果を引き上げる為に自信の生命力を捧げる事が出来る自然属性の中級防御魔法だ。
詠唱を省略した魔法はその行使にかかる難易度が上がる他、精度や効力が落ちる傾向にある。
しかし、生命力という強い力を注ぎ込めるこの魔法は無詠唱でも充分な効力を発揮し、上級攻撃魔法さえも防ぎきる事が出来る。
別名を「死の魔法」という程に危険な魔法だ。
「ぐふっ!!が、ああああ!!」
「カルヴァンス!!」
アンジェロでさえその身を案じる程にカルヴァンスは苦痛に襲われていた。
当然である。
魔力という、世界に満ちた力を使う魔法であれば術者の魔力が切れたところで周りから集める事が出来る。
しかし生命力となれば話は別だ。
人間の生きる力そのもの…寿命とも、精力ともいえるものを直接消費しているのだ。
【絶対無敵の理】でも使えればそちらを使っただろうが、無属性上級防御魔法であるこちらは詠唱が長く、省略するには守護神ジェラルドの信徒である必要がある。
カルヴァンスは勿論信徒では無いし、その魔法を使うだけの技量が無い。
他の自然属性の魔法では守り切れる保証がなかったとはいえ、無茶な手段である事に変わりは無い。
「捉えた!今度は外さんぞ!!」
悪魔は天高くから再び攻撃を仕掛ける気のようだ。
アンジェロはあたふたとするだけで戦力にならない。
カルヴァンスはもう限界だ、一歩動く事もままならないだろう。
(こんな呆気なく終わるのか…?ハハ、僕の価値も大したことはなかったという訳だ)
悪魔の一撃をもう一度防ぎきれば死ぬ。
悪魔の一撃をもう一度受ければ死ぬ。
詰んでいる。
それはカルヴァンスにあっさりと受け容れられた。
(結局、僕の人生も兄さんの為の道具…役目を終えようじゃないか、せめて貴族らしく、自己犠牲的に)
【生命の結界】さえ発動させればアンジェロは生き永らえる。
そして、その横でカルヴァンスが死んでいればリカルドが気付いて攻撃を止めてくれるだろう。
カルヴァンスはそう信じていた。
悪魔の火砲から凄まじい威力の弾丸が放たれる。
ざん、と強く大地を踏みしめた音の後に言葉が続く。
「ぶった斬れ【人狼の騎士】!【憤怒の衝撃】!」
狼の毛皮を頭から被った戦士の守護者を引き連れて少女が吼える。
莫大な魔力を叩き込む様に守護者はその手に持つ剣を振るい、悪魔の放った弾丸に振り落とした。
閃光。
一瞬の内に炸裂した光に遅れて爆音と衝撃が走る。
「ヒャッハー!いくぜ【人狼の騎士】!ブン投げろぉ!!」
息つく間もなく少女が【人狼の騎士】と呼ぶ騎士の手によって空へ放り投げられる。
と空を飛ぶディアとリカルド目掛けて真っ直ぐ、ひたすらに真っ直ぐ跳んでいく。
「エヴェ流戦闘術【餓狼十字断】!」
「ッ!?契約者!跳んで!!」
「え、うん!」
翼と二門の火砲を黒い粒子に変え、【爆炎と迫撃の要塞】の両腕部装甲で少女と人狼の一撃を受ける。
その衝撃で中に吹き飛ばされ、しかし空中でディアは体勢を整えた。
「【瞬間と疾走の推進器】!」
高速で空を飛びリカルドをキャッチしたあとそのまま着陸する。
悪魔が周囲を見渡せば状況は一変していた。
自らが崇める鋼の神とその友人達。
アンジェロとカルヴァンスは少し離れた所にいる。
「なんという失態…!マキナ様の出現範囲を越えて動いてしまうとは…!」
「よう、どーやら上手く利用されちまったらしいな」
「マキナ様!?」
マキナの姿は嘗ての神崎真希波の姿であるし、周囲の人間達は傷つきながらも未だ意気軒昂。
「あいつら中々やるじゃん?この世界で他対一なんざ蹂躙にしかならなかったが…流石にあたしの認めたライバル達だぜ」
「マキナ様!私はマキナ様の足手纏いに…!」
「今まで大して本気出して戦ってねーだろ?良い機会だ、あたしと一緒に暴れよーぜ」
「っ!はい!マキナ様!」
背中を神に預けられ、預けた悪魔は歓喜に震える。
戦いを望む人間は戦慄し、同時に高揚した。
ああ、狂おしき強者よ。
果てなき強さの探求。
その果てを目指す者とのぶつかり合いこそが戦士の財産足り得るのだ。
超常の強者たちと人間の強者たち。
戦いはまだ、始まったばかりだ。




