番外編:地より出でしもの
銀の装飾がされた姿見の前で斬輝剣聖エレン・リィリスは一人の男の姿を見つめていた。
白い衣を纏ったバンダナの似合う男。
自身の宿敵たる男。
守護神、守護剣聖ジェラルド・エヴェ。
邪神軍の将としても、武人としても申し分ない相手だ。
「ジェラルド…」
溌剌とした容姿を持つエレンの表情は今や恋する乙女のようだ。
鏡に映るジェラルドの姿を熱に浮かされたような熱く見つめ、溜息をつく。
「いつまでも夢見る少女じゃいられないな…」
傍に立てかけられた剣をとり、構える。
その手に握られた魔剣は次第にその本性を現し、姿形を変える。
「色欲を司る業深き魔剣よ…今こそ剣心一体となりて、悉くを惑わし、斬り裂いてみせよう」
ざわり、と震えたエレンの髪は腰まで伸び、エレンの身に纏う雰囲気を一変させた。
狂おしいほど妖艶に、魅力的になったその姿を見て、一体誰が先程までの少女と同一人物だと気付くだろうか?
剣呑な威容を纏いながらも、しかし惹かれてやまない妖しき華。
斬輝剣聖エレン・リィリス、そう呼ばれる女がそこにあった。
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「リィリス様だ…」
「馬鹿、視線を合わせるな!死にたいのか!?」
「ハッ!す、すまん…」
小物の悪魔共が狼狽え、怯え去っていく。
そんな姿を見て、変貌したエレンーーエレン・リィリスは憐れみさえ感じていた。
エレン・リィリスは邪神の軍勢の中でもトップクラスの実力を持つ幹部だ。
情け容赦の無い剣技、隙を見せない魔法、そして抵抗力が高くとも油断すればあっという間に呑まれてしまう魅了。
しかも、歯向かうものは徹底的に始末する容赦の無さ。
敵味方気にせず巻き込む広域殲滅上級魔法の連発。
その血塗られた戦歴を前にすれば悪魔とて恐怖を抱く。
その身に宿す色欲の業にそぐわぬ圧倒的なまでの武力。
傲慢か、はたまた強欲の業を併せ持つのでは無いかともささやかれている。
斬輝剣聖エレン・リィリス。
色欲の名にそぐわぬ魔装を身に纏い、変幻自在の魔剣が一切合切を無惨に斬り捨てる。
それは天使悪魔問わず震え上がる恐怖の象徴でもあった。
「ようリィリス、ようやくのお目覚めかい?」
「む…オゾルガか」
曲がり角から出てきたスライムのような身体を持つ悪魔をエレン・リィリスは迷いなく魔剣で貫いていた。
相手の悪魔オゾルガも突き刺されたまま平然と会話を交わしている。
剣をオゾルガから乱雑に抜き放ち、再び鞘に収める。
二人は何事もなく歩みを進めた。
「相変わらずだな、俺じゃなかったらどうする気だった?」
「捨て置くさ、邪神の軍勢の末席であろうとその様な弱卒は必要無い」
「フッ…お前の一撃に耐える悪魔などよくて中級にならんと居ないだろう、
下っ端も必要だと思って、寛容に許してやってはくれないかな?」
「ふん…配慮はする、だが我が進行を阻むものはこの剣の贄となると知るがいい」
「ははは、相変わらず手厳しいじゃないか」
堕落のオゾルガ。
同じく色欲の業を持つ悪魔で、エレン・リィリスと同格の悪魔だ。
その主たる功績の多くは人間との契約。
数多の人間を堕落させ、地上に幾度となく混乱を齎してきたベテランの悪魔だ。
不定形のスライムの様なその肉体には核と呼べる弱点が無く、また本体らしきものは何処にもない。
変幻自在の肉体から生じる動きの前には男も女も関係無く堕落させられるという。
「地上侵攻の方はどうだ?聞いた話じゃ大武闘会に乗じるらしいじゃないか」
「無論だ、弱者をいくら薙ぎ倒してもこの魂の飢えは癒されない。
強者とのぶつかり合いが無くては満たされることなどないのだ」
相変わらず色欲らしくもない…
そう思いながらもオゾルガはその言葉を飲み込んだ。
毎度毎度突っ込んでいては身が持たない。
精神的にも物理的にもだ。
「こちらは参加者の方に手を出させて貰おう、参加者何割が悪魔と契約していたら……ククッ、人間は驚き戸惑うかな?」
「私としては別にどうともしないな。
悪魔契約者が混じっているだけで萎縮する様な弱者をふるい分けてくれる訳だ、文句も無い」
「君も本当に相変わらずだ!色欲の悪魔らしくも無い!」
言った。
言ってしまったからにはもう遅い。
エレン・リィリスの抜き放った一太刀が頭上から迫るのをオゾルガはただ、永遠の様な時の流れの中で見つめ続けた。
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[万魔殿最下層、邪神軍の討議場]
今日も今日とて悪魔ひしめく万魔殿。
その場においては人間そのものの容姿を持つエレン・リィリスは浮いている。
それもただの人間ではなく人外魔境の真っ只中一人座っているあまりにも魅力的な女性。
浮きまくりだ。
浮遊している。
天空の島の如く。
しかし誰もがそれを咎めないし、関わろうともしなかった。
迂闊に手を出せば命がいくつあっても持たないからだ。
「さて、それでは邪神軍定例会議を執り行う。
司会進行役はこの私、邪神軍第一師団師団長ゲイラ・プライドが担当する」
傲慢の業を持つ悪魔が討議場の壇上に立った。
悪魔らしい漆黒の体躯と捻れた角。
全身に身に纏った銀色の甲冑の胸元には第一師団師団長の紋章が誇らしげに輝いていた。
「あいついつ見ても誇らしげよね」
「当然だろう、君と違って実に傲慢の悪魔らしいじゃないか」
「また真っ二つにされたいの?」
オゾルガは押し黙った。
さっきもついつい口を滑らせて消滅しかけたのだ。
口は災いの元。
「諸君らも知っての通り人間界侵攻の一件だが、各地の同胞たちから興味深い情報が送られてきた…
この貴重な情報の中には我々の当面の障害である【機械仕掛の神】のより詳細な情報だ…」
空間に立体映像が映し出される。
それは世界樹の御子とその守護者型特殊能力だ。
以前見た情報とは違う、誰もがそう思っただろう。
「【機械仕掛の神】が…二体!?」
「何かの間違いじゃないのか?」
「白い方のステータスおかしいだろ!イかれてんのか?!」
「騒がしい連中だ…もう少し静かに出来んのかな」
「私が黙らせてやろうか?全員斬り伏せてやる」
「あー…どうしようもなく賛成したいが、遠慮しよう」
やがて悪魔達が冷静さを取り戻すと、その情報が異常事態を指し示す事が理解出来た。
「Sランクとそれを超えるSSランクの守護者
…うち一体【機械仕掛の悪魔特殊改修型】は間違いなく、地上侵攻後連絡の途絶えた先代の機械仕掛の悪魔だと推測できる、これは明白な裏切り行為である!」
しん…と静まり返る。
当たり前だ。
悪魔には当然ながら格がある。
機械仕掛の悪魔は嫉妬と傲慢、二つの業を併せ持った悪魔だった。
鋼の神であるという【機械仕掛の神】に羨望の念を抱き、姿すらわからぬその神を越えようとした。
その過程で産み出した兵器群は恐るべき威力を持ち、悪魔でさえその力を危険視した。
その力が衰えだしたのはいつからだったか。
鋼の身体は錆びつき朽ち果てていった。
それからは何度も人間を誑かしては後継者にしようとしていたが、誰もその後を継ぐことは無かった。
そして、地上侵攻を申し出て姿を消した先がこれだ。
悪魔の中でもエレン・リィリスに匹敵する悪魔は限られているし、何よりかの悪魔は古参の悪魔でもあった。
その偉大なる先達が裏切るなど、誰が予想しただろうか。
「…まっこと残念極まる!我等が邪神の恩寵を受け生み出された存在でありながら反逆するとは言語道断!
故に!かの反逆者を即急に排除すべく刺客を手配した!入りたまえ!機械仕掛の魔王!」
エレン・リィリスはその芝居掛かった仕草に呆れながら指し示された悪魔を見た。
……なるほど、魔王を名乗るに足る悪魔なのだろう。
身につけた数多の武装は圧倒的な火力を生み、あらゆる敵を寄せ付けはしないだろう。
だが、その悪魔の魂を見て、その武装を見て萎えてしまった。
「先代の機械仕掛の悪魔に誑かされて死んだ筈の二代目の魂に
複製品と旧型の装備を掻き集めた兵器群…二番煎じだな」
「むっ、わかるのかいエレン・リィリス?」
「無論、奴とは相当やりあった仲だからな。
……あの砲塔なんか半端に短いだろう?あれは私が三分の一程を断ち切ったヤツだ、ようするに中古品だよ。
あんなゴミをリサイクルした所でどうなるものでもないさ、いっそ鋳直してしまった方がよっぽど訳に立つ筈だ」
「相変わらずの批判だ…君の眼鏡にかなう存在は君を圧倒する存在なのかな?」
オゾルガはなんとなくエレン・リィリスが地に這いつくばって苦戦する様をイメージした。
無理だった。
違和感しかない。
「魂のほうは元があの他力本願なダメ人間じゃなぁ…
異界の魂が「世界の壁」を越えると強くなるといえど元がアレじゃあまり期待出来ないな」
「オレは…機械仕掛の魔王、復讐、する、邪魔するなら、お前らも、殺す、コロ、コロコロコロコロ…」
「む、いかんな……
あー、彼は見ての通り新人で不安定な面もあるがやる気に充ち満ちている!諸君も彼と共に地上を邪神様の望む混沌に叩き込もうではないか!」
ドッ、と音が聞こえたと思うと、歓声が討議場を包んでいた。
悪魔達が叫び、自らと味方の士気を鼓舞する。
不自然な程湧き立つ群衆となった悪魔達を目の当たりにしてエレン・リィリスは「眼」を見開いた。
「ふぅん……元ダメ人間の癖に悪くないスキルじゃないか、精々楽しませてくれるかな…?」
○機械仕掛の魔王保有スキル
・【煽動】…周囲の同種族に対する指揮、詐術に補正がかかる。
・【複製】…あらゆる技、魔法、特殊能力を自己解釈し複製する能力。
・【悪虐の業火】…炎属性、闇属性、銃火器に対して非常に高い適正を持つ。
その「眼」は隠された真実を暴き出し、全てを見透す。
鎧の胸元で不気味に光る「眼」を閉じて、エレン・リィリスは不敵に笑った。




