機械仕掛の神 -デウス・エクス・マキナ-
「グオオオォォォンンッ!!」
人間の肌を緑色にしてそのまま大きく、醜くした様な姿の化け物、トロールが吠える。
野太い声が響き、手にした棍棒をブンブンと振り回して突撃する姿に知性は感じられない。
「うっ、うぎゃあああああっ!!来ないでぇ〜〜っ!!!」
そのトロールに追いかけ回されている少年の名はリカルド。
本名、リカルド・フォス・ユグドラシル。
「グゴオオオッ!」
「ひいいいっ!?」
華奢な身体つきと、金髪碧眼、更に尖った耳からしてエルフだと想定出来る外見の彼は正しくエルフだ。
手に持った本を捲りながら様々な魔法を試しているが一向に成功する気配がない。
「-燃ゆる炎の理を知りて、我は放つ炎の力!-【火球】!」
振り向きざまに指揮棒の様な杖を振りかざし、呪文を唱えて魔法を放つ。
本人はそうしたいのだが魔法は少しも発動しない。
「ああ〜〜ん!なんでなんでぇ〜!?」
魔法を使うなら集中しろとか、しかしMPが足りない!とか人それぞれ理由はあるだろう。
だがしかし彼に一番足りないのは才能であった。
森を自由自在に駆け回り、弓と魔法を得意とする森の賢者エルフ。
一般に知られる種族のイメージに反してリカルドは弓と魔法の才能が無く、更には運動音痴と方向音痴を兼ね備えた異端児なのであった。
「グオッ!!」
力任せにトロールが振り回す棍棒の一撃は一流の冒険者さえまともに喰らえばただでは済まない。
そんな一撃に走る事によって生み出されるパワーを追加したのなら、そこら辺の木も枝をへし折る様に倒されてしまう。
ベキベキと薙ぎ倒されていく木々を尻目に、リカルドは必死に走り続ける。
(とにかく、先生の所まで逃げないと…!)
彼はグランス王国国立学院の一年生である。
世界樹を守護する一族に産まれたリカルドは人間が初等教育を終え、
中等教育に進む十一歳の年齢になって里を離れ人間の住まう王都の学院で学ぶ事を長老に命じられた。
学院で力をつけ、卒業し、成人するまでを王都で過ごし見聞を広めて森に帰る。
そうして次代の護り手としての役目を全うして天に召される事こそ一族に代々伝わる習わしなのだ。
それなのに、リカルドは落ちこぼれであった。
魔法を使えない、弓が使えない、運動神経が無い、方向感覚が無い。
無い無い尽くしの彼は知識ばかりが豊富で、とても戦力にはならない。
習わしに従い、王都で新たな可能性の芽を発芽させる事を期待されて一ヶ月、全く成果が無い。
そんな中、彼はクラスの一員として大樹海への演習行事に参加していた。
文武両道を校訓とする学園では一年に一回行われる行事であり、全員参加が義務付けられた行事の中で突如魔物の群れに遭遇、
逃げ回る内にはぐれてこの有様である。
「はあっ……!はあっ……!はあっ……うわぁっ!?」
火事場の馬鹿力とでも言うべき大逃走を敢行したリカルドの体力は最早残っておらず、
木の根に足を取られて転んでしまう。
「グガアッ!グガガガァッ!!」
「ひいっ…!く、来るなぁ!来るなぁっ!!」
嘲笑う様にトロールは走る事を止め、追い詰めた獲物を痛ぶる為にのっしのっしとリカルドに近づいていく。
その醜悪な顔を愉悦に歪めて、手にした棍棒を振り上げる。
(誰か…誰か助けて!!)
その願いは声に出すことが出来なかった。
恐怖のあまり、過呼吸気味になったリカルドは助けを呼ぶことが出来ない。
「グッガアアアアッ!!」
無情にもリカルドの頭めがけて棍棒が振り下ろされる。
あまりの恐怖に目を閉じ、縮こまって身を守ろうともがくリカルドの命を確実に刈り取る一撃だった。
「………あ、あれ?」
しかし、予想していた痛みはやって来なかっ た。
淡い光に身を包み、女神を象った機械がトロールの一撃を防いでいたのだ。
「【機械仕掛の神】……」
古代の文献においてその姿を見せる存在でありながら全てが謎に包まれた存在、【機械仕掛の神】。
(伝承すらない神が、何故こんな場所に?)
そう疑問に思った瞬間、事態はは動き出した。
「え…」
「グッ、グオオッ!?」
突然の介入者に戸惑うトロールの顔面に、鋼の拳が突き刺さる。
「グゴッ…!?」
続けざまに一発、二発とパンチを繰り出しトロールを押し退けると、【機械仕掛の神】は次なる行動を見せた。
それは、蹂躙である。
「グゴッ!?グゴゴッ!グブオオオッ!!」
腹部、両肩、両腕、両脚、両膝、鳩尾、延髄、脇腹、喉笛、眉間。
ありとあらゆる部位に打撃を決め込んでいく。
顔面を守ろうとして交差させたトロールの両腕にラッシュを放ち、あっと言う間にガードを無理矢理こじ開けた。
生じた隙間から両眼に貫手を放ち、潰すと左膝を鳩尾にめり込ませる。
「グ、グゴギヤアアアアッ!?ガッ……」
苦悶の叫びを挙げ、地面に沈んだトロールの頭を踏み潰し絶命せしめた【機械仕掛の神】を見て、リカルドは戦慄した。
「あ、あうあ、うああ、ああ……!」
【機械仕掛の神】が、感情を持たぬはずの神が、笑っていたのだ。
まるで、その蹂躙を愉しむかの様に。
.