侯爵令嬢3
入学式から1週間。
今では恒例となった、放課後に行われるエルラ様とスウェッティッド様との座談会。
今日は、エルラ様のお家にお招きいただき座談会を開くこととなった。
何故、学校ではなくエルラ様のお家なのかというと、前に言っていた方を紹介していただくためだった。
どうやら学園に入学しているわけではないようで、エルラ様のお家での対面となった。
それにしても、やっぱり大きないえだわ…。
私の家でも広いと思ったけど、さらに広い。
さすが、公爵様。
何もかもが完璧な公爵家に足を踏み入れると、前を歩いていたエルラ様は自室へ行き、スウェッティッド様と私が客室に案内された。
「少々お待ちください」
そう言ってお茶を出した執事が部屋から出て行くと、部屋の中には沈黙が訪れた。
どちらも話そうしないので、部屋の中にはコップを置く音や、息遣いなどしか聞こえない。
「…」
「…」
何か話そうと私が口を開いた時、パリンと窓が割れる音がし、何か塊が転がり込んできた。
その塊は転がりながら起き上がる。
「いってぇ…」
…塊は、人でした。
「だからあれほど、木登りはやめろと言ったのよ。せっかく私が友達を紹介してあげようとしているのに」
「大きなお世話だ!なんで俺があんなに豪華な衣装着なきゃいけないんだ。あんなのを平然と着れるのはお前らだけ!」
窓から転がり込んできた人物は、扉から入ってきたエルラ様と口論を始めた。
エルラ様にお前と言えるなんて、そうとう地位が高いのかしら。
それにしても、不思議な容姿をしていらっしゃるわ。
黒髪黒眼。
耳にかからないほどの髪は、さらさらと揺れている。
服装は騎士団の訓練服?
動きやすそうな服装。
私が目の前に座る人物を観察していると、2人の間にスウェッティッド様が割って入った。
「おい、2人とも。口論はそれくらいにしろ。だいたい、客人の前で失礼だぞ」
「あら、ごめんなさいスティリー。声を荒げてしまって」
「いえ、私は気にしておりませんので。仲がよろしいんですね」
そう言うとお二人とも嫌そうに顔をしかめた。
えっと、言ってはいけなかったかしら。
「トライト、気にするな。エルラ。早くナオトを紹介しろ」
「あぁそうね。スティリー、こっちはナオト。ナオトは異世界人と呼ばれる、こことは全く違う世界から来た人よ。勇者様の物語は知ってる?」
その言葉に頷く。
もちろん知っている。
前に読んでもらったばかりですし。
「それなら話は早いわね。ナオトはその異世界人で、まだ友達が私達しかいないのよ。友達になってあげてくれない?」
「ちょ、お前、何なの!友達いないから友達になってくれって、物凄い可哀想なやつじゃん!」
そう言って勢いよく立ち上がったナオト様は、隣に座っているスウェッティッド様に腕を掴まれ強制的に座らされた。
ブツブツと文句を言うナオト様に頭を下げる。
「ナオト様。スティリー・トライトと申します。私と友達になっていただけないでしょうか?」
ナオト様は優しい感じがするから、強引に行かれたら断れないはず。
そんなことを思いながら微笑んでいると、ナオト様が戸惑ったようにスウェッティッド様に視線を向けた。
「お前、どうにかならないのか?その人見知り」
「俺はお前らみたいに社交的じゃないの!」
スウェッティッド様は呆れた顔をしてナオト様にそう言った。
ナオト様は人見知りなのね。
「あー、その、よ、よろしく」
「よろしくお願いします」
そう言って微笑むと、ナオト様もぎこちなく笑い返して下さった。
「ナオト様は」
「あーそれ。様付けやめて。俺、様を付けられるほど偉い人間じゃないし。ナオトでいいよ」
そう言われて戸惑う。
いえ、十分に高位な方なのですが。
困ったのでエルラ様に視線を向けると、笑って頷いていた。
私は少し考えてから、微笑んだ。
「それではナオトさんと呼ばせていただきます」
「…うん。まぁいいや」
納得していただけたよう。
それから何故かスウェッティッド様とエルラ様が席を外し、部屋には私とナオトさんが残った。
ナオトさんは緊張しているのか、動きがぎこちない。
なんだか、可愛い人。
「緊張してらっしゃいますか?」
「…バレた?」
そう言って恥ずかしそうに笑うナオトさんに、思わず笑ってしまった。
「緊張なさることありませんわ。ナオトさんはおいくつですの?」
「16。えーっと」
「スティリーでかまいません。私も16ですわ。ナオトさんは大人びてらっしゃいますね。16には見えません」
私がそう言うと、ナオトさんはそうか?と首を傾げた。
「スティリーも大人びてるよ。俺より年上かと思ってた」
その言葉にありがとうございますと笑う。
話しているうちにわかったのだけど、ナオトさんはとても物知りだった。
異世界の事やこの世界のこと。
全てを知っているみたいに私に教えてくれる。
また、その話も面白いのだから、ナオトさんと話していると飽きない。
「そのホットケーキとやらは、この世界でも作ることが可能なのですか?」
「うん。普通に作れるよ。俺がいた世界とこの世界って、食べるものは大体一緒なんだ」
「まぁそうなのですか。あの、よろしければ作り方を教えていただいてもいいでしょうか?」
私の言葉にナオトさんは快く頷いてくれた。
ナオトさんは料理がとても得意で、わりとなんでも作れちゃうのだとか。
エルラ様に厨房を借り、そこで教えていただくことにした。
「あ、そうだ。スティリーって料理したことある?」
「少しならありますわ」
その言葉が意外だったのか、ナオトさんは驚いていた。
私は苦笑する。
「意外ですか?」
「あ、いや、ごめん。エルラがさ、料理なんて出来ないって言ってたから、お嬢様は皆そうなのかと思ってた」
その言葉にそれが普通なんだけどな、と思う。
私は教会にいたから、身の回りのことは自分でしろと教え込まれた。
だけど侯爵令嬢となって、それがお嬢様からしたら普通じゃないと知り、ちょっと落ち込んだ。
所詮私は、本物のお嬢様にはなれないんだって。
「だからさ、凄いなーって思って。俺の世界ではそんなの当たり前だったから、ものすごく戸惑ったよ。スティリーが俺と同じで、ちょっと安心した」
ナオトさんはそう言って笑う。
その言葉は、まるで私の存在を認めてくれたようで、変じゃないと言ってくれたようで、心が温まった。