侯爵令嬢2
「これを持ちまして、新入生代表挨拶を終わります」
そう言ってお辞儀をすると、大きな拍手が起こった。
無事に終わってホット息をつき、席に戻った。
入学式は何事もなく終わり、教室へ向かう。
この学校は半分貴族、半分庶民というわりあいなので、ごちゃ混ぜ。
A.B.C.Dの四つのクラスがある。
「スティリー様」
そう声をかけられて振り向く。
そこにいたのは、私の専属侍女、ローリア・ミシット。
同い年ということもあり、お母様が私につけた侍女。
今では一番の仲良しです。
「ローリア。制服がよく似合っているわ」
「ありがとうございます。スティリー様も、お似合いですよ。新入生代表挨拶、お疲れ様でした」
その言葉にありがとうと笑う。
貴族の大体の人は、自分の侍女と同じクラスになるように振り分けられているらしい。
勿論ローリアも同じクラスで一緒に教室に向かった。
「あら。あなた、新入生代表の」
そう言って話しかけてきたのは、一人の巻き髪の女性。
私に躊躇なく話しかけてきたから、多分公爵令嬢ね。
このクラスの公爵令嬢は…
「スティリー・トライトと申します。エルラビューネ様とご一緒できるとは光栄です」
「あら、固くならなくていいのよ。私そういうの苦手だし。エルラでいいわ」
「エルラ様。よろしくお願いいたします」
そう言って微笑む。
エルラ様は貴族の中でも、威張らない部類の貴族。
ご自身で医者を目指す、立派なお方。
だからと言ってあまりに馴れ馴れしいのは反感を買うので程々に。
エルラ様と挨拶をかわして、席に着く。
程なくして担任の先生が教壇に立ち、自己紹介をするように言った。
「エルラビューネ・ディアルガよ。皆さんと同じように接してくれたら嬉しいわ」
エルラ様の自己紹介の時は、皆固まっていた。
そんな皆の様子に、エルラ様は苦笑していた。
「スティリー・トライトです。皆さんと仲良くできたら嬉しいです」
当たり障りのない自己紹介をし、ついでに微笑んでおく。
前にローリアが、取り敢えず笑っておけばどうとでもなると言っていたので、実践してみる。
ローリアはたまに悪い笑みを浮かべるのよね。
自己紹介が済み、皆が交流しだしたころ、重大な事実が判明した。
それはエルラ様とお話をしていた時だった。
「えっ?スウェッティッド様がこの学園にいらっしゃるのですか?」
「えぇそうよ。知らなかったの?」
「知りませんでしたわ」
私が驚いていると、知らなかったことに驚いたみたいで、エルラ様はエメラルド色の大きな綺麗な瞳を丸くしていた。
スウェッティッド様とは、この国の国王様の息子、つまりは王子様。
お母様もお父様もそんな事、一言も言っていなかったのに。
「それじゃあ、今から挨拶に行きましょう。どっちみち挨拶はしないといけないのだし」
「はい。エルラ様が一緒なら心強いですわ」
私の言葉に笑ったエルラ様と一緒に、スウェッティッド様の教室に向かう。
スウェッティッド様は、沢山の貴族に囲まれていた。
「あら。人気ね」
「スウェッティッド様ですから。今は忙しそうですわね…また明日にいたしますか?」
私がそうエルラ様に声を掛けた瞬間、エルラ様を呼ぶ声が聞こえた。
その声に顔を歪めたエルラ様は私に笑みを向ける。
「ごめんなさいね、スティリー。王子様がお呼びのようよ」
そう言って笑ったエルラ様は、人混みの中へと進む。
私はそんなエルラ様の後についていく。
「お久しぶりですわ、スウェッティッド様」
「なんだ。やけにかしこまってるじゃないか」
「皆さんがいますからね」
何らや親しそうに言葉を交わす二人だが、周りは戸惑わない。
二人が恋仲なのは国中が知っている。
「そうそう。あなたに紹介しておきたい子がいるのよ」
「ん?」
エルラ様はそう言って私をスウェッティッド様の前に立たせた。
スウェッティッド様の目が鋭くなった。
「この子、私の友達よ。スティリー・トライト。流石のあなたでも、入学式はちゃんと参加していたでしょう?」
「…あぁ、新入生代表か」
エルラ様の言葉に、スウェッティッド様は思い出したようで頷く。
私は服の裾をつまんで軽く足を折った。
「覚えていただき光栄です。スウェッティッド様。スティリー・トライトと申します」
「あぁ楽にしていいぞ。トライト家に、娘はいなかったはずだが」
不思議そうなその顔を見て、頷く。
「私は3年前、協会からお母様とお父様に引き取られた養子でございます。血は繋がっておりません。スウェッティッド様の記憶にないのも無理はありません」
私がそう言うとエルラ様が驚いたような顔を見せた。
エルラ様は私が養子だと知っているはずなので、公の場で養子と断言したことに驚いたのだろうか。
「悪い。失礼なことを聞いた」
「いえ、私は気にしておりませんので」
「3人で話しましょうか。先生にどこかかしていただきましょう」
私に気を遣ってくれたのか、エルラ様がそう提案した。
スウェッティッド様もそれに頷き、私たち3人だけで話すこととなった。
正直、気まずいです。
「トライトは養子だと言ったが、引き取られる前は孤児だったのか?」
「スウェッド」
咎めるようにエルラ様がスウェッティッド様を愛称で呼んだ。
私はエルラ様に大丈夫です、と笑顔を見せ、話を続けた。
「孤児だと教会の人には聞かされております。私は物心のついた時から協会にいまして、それが当たり前でしたわ。あまり、自分の出生に興味もなかったですし」
「今は興味ないのか?」
「ありません。私はご飯がいただけて、お風呂に入れて、フカフカのベッドで眠ることが出来るなら不満はございませんので」
私がそう言って笑うと、2人は気まずそうな顔をした。
「そのような顔、なさらないでください。私は気にしておりません。あの、一つお伺いしたいことがあるのですが」
私がずっと気になっていたことを聞いた。
「お二人のご結婚は、成人なされてからなのですか?」
微笑みを浮かべて言えば、2人の雰囲気が途端に凍りついた。
あら?
聞いてはいけなかったかしら。
不思議そうに首を傾げると、ようやく2人は動き出した。
「ごめんなさいね。あまりにも直球に聞かれたからビックリしたわ」
「今まで遠回しに結婚はどうするのかと聞かれたことはあるのだがな。トライトも興味があるのか?」
…興味があると言われれば興味はないのだけど。
この場合は聞かないといけないんじゃないのかしら。
「国民が興味のあることだと思いますわ。すみません、失礼だったでしょうか」
「いいえ。皆さん気にしていることですし。こんなストレートに聞かれたことがなかったからビックリしただけよ」
そう言って微笑むエルラ様にホッとした。
よかった。
失礼なことを言ってしまったのかと思った。
「結婚は成人して落ち着いたらするつもりだ」
「それではまだ先なのですね。お2人の幸せなお顔が楽しみですわ」
結婚とかの話に興味はないのだけれど、エルラ様とスウェッティッド様の幸せなお顔は見たい。
今の言葉は本当に心から思っているわ。
エルラ様はありがとうと言って照れ臭そうに笑った。
「スティリーはどうなの?殿方にはモテるでしょう?」
「いいえ。家柄上、交際を申し込んで下さる殿方はいるのですが、お父様とお母様に、自分が本当に好きな人と結婚しなさいと言われておりまして」
「あら。素晴らしいご両親ね。それで、気になる殿方はいないの?」
その言葉に苦笑を返した。
どうやら私は、その類の話に全く興味がないらしく、今までも教会や学校の女性達とは話が合わなかった。
そんな私の心理を読み取ったのか、エルラ様はもったいないと呟いた。
「あなた、とても綺麗な顔をしているのに。そうだわ。誰か紹介してあげましょう。恋人とはならなくても、友達になれるかもしれないしね」
そう言われて微笑んで頷いた。
どこかのご子息だろうか、と考えていた私は、1週間後、驚きの人物と出会ったのだ。