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1-11.

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 庭のベンチに腰かけて、セラは深く深くため息をついた。


 膝の上には茎があちこちから飛び出している不細工な花輪。丁寧にやったつもりだ。しかし、いつもこうなるのだ。

「摩訶不思議」

 我が指我が指にあらずという感じだ。なぜこうも思い通りに作れないのか。印を結び陣を描き、どんな難しい術も実現させてみせるこの手。細かい作業にはむいていない。


 じっと手を見つめていると、ふと、その手に影がかかった。

「……」

「……」

「……」

「……だ、誰が作ったの?」

 黙っていてもしょうがない、とスーラが口火を切る。一番まずい形で。


「……私」

 セラは斜め下を見つめた。ベンチの端に蝶が止まっている。ああ、いい天気だ。このまま現実逃避したい。


「人間の価値は手先の器用さじゃないと思うんだ。うん、大丈夫」

 月並みな言葉で励ますスーラ。また踏んではいけないところを踏んだらしいと後悔している様子だった。

 しかし、手先の器用さは重要だ。特に女性として生まれたからには。料理や裁縫などは、女が心得ていなければならない作法の一つだからだ。


 だが、こんなことをいうとスーラは凍結してしまうだろう。そのまま「ごめん……」といいながら、去っていってしまうかもしれない。それは嫌なので、セラは胸の内に留めておいた。


「す座る」

「え?」

 無表情でどもったセラは、咳払いを一つした。もう一度、落ち着いて。

「立っていると話しづらい。座る」

 自分の隣を叩くと、今度はちゃんと伝わった。よし、標的の身柄補足に成功。ちなみに、スーラの方もそう思っているなどとは思いもよらないセラだった。


 さて、席に着いた二人は、お互い少し顔をそらしあって咳払いをした。

 準備完了だ。いざ、口を開く。


「あの」

「あの」

 ユニゾンだった。一時停止。


「どうぞお先に」

「どうぞお先に」

 またユニゾンだった。一時停止。


「……」

「……」

 そして、再生停止。小鳥のさえずりが間を埋める。


 どうしたものかとセラは無意識に花輪をいじる。

 ライラのことを聞こうと意気込んでいたのだが、話し出すタイミングを逸してしまったせいで、その気が萎えてしまった。


 うむ、もうここはやはり、いいお天気ですねから始めるべきだろう。古来より話の発端はこの一言から始まっている。偉大な一言である。対人話術初級の自分がオリジナリティ溢れるセリフでもって会話を展開するのは無謀というもの。ここは一つ、古式ゆかしき手法で進めようではないか。

 よし、気を取り直して――


「セラさん、数学は――」

「いいお天気」


 スーラとまたセリフが被った。

 しかし、今度は一時停止しなかった。さっきから相手が言葉を譲ってくる。今度もそうだろう。埒が明かない、自分が話さなければ話が進まない。セラはそう考えた。ついでにいえばスーラもそう考えた。


「あんまり得意じゃないんだよね?」

「いいお天気」

 スーラが何かいっているが、ここで引き返すわけには行かない。あと一押しだ。偉大なる言葉の威力を信じるのだ。さあひるまずにもう一度。


「いいお天気」

「…………………そう、だね」


 対人話術上級編。

 自分に都合の悪い話題はべつの話題をもって無視するべし。


「ああ、うん、本当にいい天気。あっちの方に雨雲が見えるし」

 余計なお世話だこの野郎ってことか……。

 スーラはショックに茫然自失とし、矛盾したセリフを吐いた。


 一方、セラはというと、第一段階をクリアしてどことなく満足げだった。

「それで、数学が何か?」

「あ、ううん。なんでもないんだ」

 余裕のできたセラが尋ねるが、最悪のタイミングだった。スーラにとっては、「さっきなんかいってたけど、なんでもないよね? ないったらないよね?」という意味に等しい。


 だが、幸いなことに、セラはそんなことは少しも思っていないので、それで話題を進める。

「私は数学が苦手で」

「え……あ、はあ」

 なんでそこに話題がもどるのだろう、と首を傾げつつスーラ。

「四則演算は得意なのだけれども」

「うん……?」

「代数というものが私に未知の世界を提示してきて」

「代数が」

「まるでタコと対峙しているような気分になる」

「タコ……?」

 スーラが不可解そうにするので、セラは近くにあった木の棒を取って、地面に絵を描き始めた。海の近くに住んでいなければ、タコは見る機会がない。スーラは知らないのかもしれない。海が遠いのでセラも一度しか目にしたことがないが。

「こんな感じの海の生物」

「い、いや、タコは知ってるけど……」

「なんだ。そう」

 スーラは視線をもう一度、地面に落とした。


 そこには、タコのようなアメーバーのような物体が。


「これはタコ――あ、いや、そうじゃなくて、タコと対峙しているって一体どういう気分?」

 ツッコミ所が二つもあるので迷ったが、前者のツッコミはセラを傷つけそうなので、スーラは保留しておいた。

「スーラはタコを見て何も思わない」

「おもしろい、とか?」

「……」

 セラはそっと木の棒を元の場所にもどした。えたいが知れないとか、よく分からないモノ、ということをいいたかったのだが、この例は良くなかったらしい。


「あとはこう、なんというか、つかみ所がないというか」

 フォローに走るが、むだなフォローだ。

「まあ、とにかく、よく分からないものということ」

 最初からこういえばよかったのだ。セラは余計なことをいったと悔いた。文節を繋げてなめらかに話すのは多大な体力を消耗するというのに。


「でも、タコも知ればそんなにぶきみなものじゃないと思うよ」

「それはそう」

「足が八本あるけど、ムカデに比べたらかわいいものだと思うし」

「ふむ」

 セラは数学が苦手だと告白してくれたが、果たして人の助けを借りたいと思っているのかは不明だ。数学に話を持って行っていいのか分からないスーラは、ひとまずタコの話しに焦点を当てた。

「蛇みたいにまったく足がないよりはいいんじゃないかな」

「なるほど」


 セラは悩んだ。なぜスーラはここまでタコをフォローしようとするのだろう。代数の分からなさを表すために、例に出しただけだというのに。

 いや、ひょっとして、タコに何か特別な思い入れでもあるのだろうか。だとしたら、自分も理解を深める努力をすべきかもしれない。


「スーラ、今度、一緒に海に行こう」

「え……!」

 いきなり一緒にお出かけのお誘いを。

 スーラはかなりびっくりどっきりだったが、セラの次の一言がすべてをぶち壊した。


「そしてタコを見よう」

「……」

「タコもじっくり観察すれば、かわいいかもしれない」

「……そ、そうだね」

 白い砂浜、青い海、かがやく太陽――しかし見るのはタコ。タコである。ムードのかけらもなさそうな状況だった。


「タコはどうすれば捕まえられる」

「漁師に聞けば分かるんじゃないかな」

「どうやってつかめば」

「つ、つかむまでしなくても」

「スキンシップは大事。直接触れ合ってこそ互いが分かる」

「それはそうだけど」


 まさかここまでタコの話題に食いつかれるとは。

 予想外の展開にスーラはとまどったが、もうここまできては後に引けない。やけになって話を合わせた。そして、ますますセラに「やはりタコに並々ならぬ思い入れが」と勘違いされ、話はさらにヒートアップした。

 とことん会話のボタンを掛け間違えている二人だった。




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