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スリル・ド・ランジェ

「田中一子様、お待ちください」

泣きそうな声を出しながら付いてくるデビッドを従えて、私はどんどんと歩いていく。

 

 まずはファッション、手当たり次第に試着して、でも買わない。あのデビッドの前時代的な格好を見てると、ここでどんなオシャレしたって、何か家に戻ったら別の服を着せられるような気がするもん。ただ、今の服にぴったりのシニョンだけは買って、髪を束ねた。次の行き先に備えて気合い入れ。


 そして、私たちは11時きっかりにスリル・ド・ランジェに着いた。ここは美味しいと評判のケーキ屋さん。隣にカフェが併設されてて、今日火曜日は、11時から2時までそのケーキが紅茶・コーヒーも付いて90分食べ放題。

 いつもならたくさん食べると、後のことが気になるけど、後なんてもうないし、この際、食べられるだけ食べちゃおう!

「あったぁ、桃のケーキ!」

そうよ、これこれ。まん丸に焼いて真ん中をくり抜いたスポンジの中に桃のフランベを混ぜた生クリームをたっぷり入れてあるの。外側にチェリーソースをすこしかけてあって、見た目は本当に桃そっくり。それと、和栗のモンブランとケーキの定番ガトーショコラと、ミルフィーユ。お皿に所狭しとそれだけ並べて席に着いたら、デビッドがビックリしてそれを見ている。

「早く、あんたも取りに行かないと」

「いえ、わたくしは」

私がそう言うと、取りあえず私と同じものをと頼んだ紅茶を前に、そう言ってもじもじしている。

バイキングなんて、いくら食べても同じ値段だけど、その代わり席に座るだけでお金要るんだからね。

あ……

「もしかして、物食べない?」

「は、はぁ……そうですね。食べません」

それもそうか、天使がなんか食ってるって話、聞いたことないよね。それどころか生きて天使にあった話だって聞いたことがないけど。

「じゃぁさ、表で待ってりゃいいじゃん。ここ、いくら食べても同じ料金だけど、食べなくてもお金かかるんだよ」

それを出すのは誰だと思ってると言うと、デビッドはグゥとうなったけど、

「それはできません!」

と案外きっぱり言う。

「まさか、私が隙を見て逃げ出すと思ってる? 

ないない、逃げたってダメだってもう解ってるもん。

だから、やりたいことは全部やらせてよ」

私はそう言って、目の前のケーキにかぶりつく。ああ、幸せ。この幸せを知らないなんて、かわいそうよね。

 でも、正直見られながら食べるって、落ち着かないよね。デビッドってなんだか物欲しそうだし。

「あんた、ホントは食べたいんでしょ。ほら」

私はそう言って、一押しの桃のケーキをデビッドの口に無理矢理押し込む。デビッドはあわてて、

「わ、わたくしは!」

と言って逃げようとするけど、私のフォークの方が一歩早くて、ケーキはデビッドの口の中に収まる。

「あ、美味しい……美味しいです」

すると、デビッドは丸くなった目をとろんとさせてそう言った。

「でしょ? じゃぁ、取ってきたら」

と私が言うと、一目散に走っていって、、同じ桃のケーキを取ってきて、ちっちゃな子供みたいに無心で食べ始めた。

 結局、それからデビッドは

「美味しい!」

を連発し、時間内に10個もケーキを食べたのよ。

私も、カラメルシフォンと、チーズケーキを追加して、全部で6個食べたんだけどね。


「ああ、しあわせ。もう食べられない」

「では、参りましょうか」

 満腹ではちきれそうになったお腹をさすりながらお店を出た私たち。デビッドは明らかにホッとした微笑みを浮かべながら再度私の手を取った。

「ダメよ、まだこれからなんだから」

だけど私はまたまたその手を振り払うと、次なる目的地に向かって歩き始めた。正直、持っているお金の半分も遣ってないんだから。

 それを聞いたデビッドが、

「ま、まだあるんですか……」

驚いた後、ため息を吐いてがっくり肩を落としたのは言うまでもない。


因みにタイトルにもなっている「スリル・ド・ランジェ」はフランス語。

意味は「天使の微笑み」です。


実は名付けたのは私ではなく、珍しくこのプロットを聞いたあぐりん(娘)


さて、一子の要求は止まるところを知りません。がんばれ、デビッド!

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