分かってくれない 2
「ねぇ、こいつやたらウチのこと知ってるし、もしかしてパパの隠し子か何かじゃないの。パパ、一人で寂しいんじゃない?」
続いて上がってきた二美がその後を昇ってきたお母さんを振り返りながらそう言った。
「何言ってんのよ。お父さんが単身赴任したのは三年前でしょうが。
それよか、何かって言って暇を見つけてあの距離をウチに戻ってくるお母さん大好きお父さんに、そんなことあり得ないって」
そうよ、そんなの赴任先の生活費削ってまで車とばして帰ってくるお父さんに限ってある訳ないじゃないの。しっかし、それにしても一晩ですんごく性格悪くなってない? この子。おねーさんは悲しいぞ。今はそのお姉さんとも認めてもらってないんだけど。
「ホント、ますます怪しいよね、何でそんなにウチの事情を知ってんの」
「だから、ここのウチの子だからでしょうが!」
そのやりとりに、逆に不安になったお母さんがやにわに自分の携帯を取り出してお父さんに電話し始める。ご丁寧にスピーカーフォンにしてる……って思ったけど、お母さんの場合、ちゃんと意図してやったんじゃなくて多分操作ミスだ。お母さんは普段から普通に通話にするだけなのに、かなりの高確率でスピーカーフォンにしちゃうのだ。
「ねぇ茂さん、今あなたの娘ですって子がウチにいるんだけど。まさかあなた身に覚えなんかないわよね」
で、よく言えばピュア、悪く言えば融通が利かないお母さんは、お父さんが電話に出たと途端いきなり『爆弾』を投げつける。携帯からお父さんが食べていた朝ごはん(どうせお母さんが見てないからって食べてるのはチョコパイかなんかなんだよ)をひっかけてむせた。
『ゴホン、ゴホン……当たり前だよ、ある訳なんてないだろ。ゴホン、ゴホン、ハックション……ズズズッ……
俺がさぁ、敦ちゃん以外に何かある訳ないだろ(グシャン!)』
と、お父さんは、音だけで分かるくらいに咳にクシャミに鼻水と悲惨なことになってる。
「だって、この子高校生だって。二美ちゃんより年上なんだもの。元カノとか……」
お母さんはさらに涙目でそう言った。
『それもあり得ない! 俺がつきあったのは正真正銘敦ちゃんだけだから』
それでも、お父さんの必死の訴えかけに、
「そうよね、茂さんって、私に会うまでC言語を話してるんじゃないかって言われてたもんね」
お母さんはそう言って、納得した。確かに仕事とパソコン以外にはお母さんしかない人だけど、その納得の仕方はねぇ。
『別にC言語なんか話してないよ……擬人化はしてたけど……
ちょっと、その変な娘出してくれる?』
おとうさんってば、ちゃんと心の中でフォローしてあげたのに、やっぱり擬人化はしてたんかいっ!
「大丈夫よ、スピーカーになってるわ」
お父さんの発言に胸を張ってそう言うお母さん。お父さんはどうせまた失敗したんだなと薄々感づいているようで、SEの妻がどうしてここまで機械音痴なんだろうと軽くため息をはいてお母さんに、
『ありがとう』
と言うと、私に向かって、
『君ね、ホントに朝っぱらから変な言いがかりをつけないでくれる? 他人様の家庭を壊して何が面白いの』
「べ、別に面白がってなんかいません!」
本当にここん家の子なんだって! 私はそう言いたいのをぐっと堪えた。きっとそう言っても、この人たちは何を言ってもダメだろう。何がどうしたのか分からないけど、私という存在だけが弾き飛ばされてしまったのだ。
私はスクール鞄をしっかりと抱えてのろのろと階段を下り、ちらりとリビングの隅を見る。思った通り、そこには昨日かけておいたはずの私の制服はなかった。やっぱりだ。私は涙が出てくるのを必死に堪えながら、
「金曜日だから生ゴミだよね」
と、台所のゴミ袋をとって玄関に向かった。
ゴミ捨ては、ゴミステーションが通り道の私の担当。みんなが私のこと忘れたからって、だからこそ意地でもやってやるって感じ?
当然? 玄関に私の靴はなかった。それで、二美とお揃いで買った黒いクロックスを履いて、
「いってきまーす」
と声をかけて勢い表に出た。どうせそのクロックスも一足しかなかったから二美の物だろうけど、んなこと言ってると履くものがないから。
そして、大股でゴミステーションまで一気に歩く。ゴミステーションにはちょうど、近所の『ゴミおばさん』がいた。余所のゴミをチェックしまくってる暇な人。いつもなら、(うわぁ、会っちゃったぁ、今日最悪)とか思うんだけど、今日は絡んでくれそうなのが逆に嬉しい。私は、ゴミおばさんに、
「おはようございます!」
と明るく大きな声で挨拶してゴミを捨てる。
「お、おはよう。あなたこの辺の子じゃないでしょ。ここは6班のゴミステーション……あら、田中さん? じゃぁ、あなた田中さんの親戚かなにか?」
「ええまぁ、そんなとこです」
「へぇ、そうなの。余所のゴミまで捨てるなんて偉いわね」
「いいえ、お世話になってるから。
行ってきます」
うわ、こんなおばさんでも話し相手になってくれるなら良いかなと思ったけど、やっぱウザい。それに、おばさんも私が分からないんだ……お父さんやお母さんがそうなんだもん、当たり前か。
私は田中家とどういう関係なのか聞きたくてうずうずしてるのが丸分かりのゴミおばさんにそう言って頭を下げると、とっととゴミステーションを離れた。