ALBUM
「本当にこの中にあるのか?」
パソコンを起動させて、何やら調べはじめたアキラに向かって高杉が言った。
「可能性は一番高いと思います。」
画面に次々に映る情報に目を走らせながら、アキラは答えた。
高杉がこのパソコンを貰ったのは一年ほど前だった。
知人の政治家が、今時パソコンを使えないと時代の流れに取り残されるぞと、
事務所に直接送ってきたのだ。
正直なところ、
高杉も周りの人間もあまり乗り気ではなかったのだが、
せっかく貰ったんだからやってみましょう、と言う秘書たちの言葉に、
高杉は渋々うなずいた。
高杉は秘書に教わりながらパソコンと格闘したが、
「文字が小さい!」
「目がチカチカする!」
などと、散々文句を言い、結局、三日坊主で終わってしまった。
その後は、
飾りにもならないと高杉に邪魔者扱いにされて、碁盤の鍋敷きに様変わりしていた。
アキラは画面を見たまま、傍らに立つ高杉に言った。
「あなたが一年前にノートパソコンを貰っていたと知り、
俺はそこに可能性を感じました。」
このパソコンが放置されていたことは、
三ヶ月前までこの事務所にいた冴子ももちろん知っていた。
政治家から高杉へ贈られたものである以上、
譲り受けるのは、周りの人間でも気が引けるだろう。
あるいは、高杉の気が変わって、
また使われるかもしれないと思われていたかもしれない。
結局、パソコンは放置されたままになった。
冴子は万が一に備えて、最も安全な場所に情報を保管しておきたいと考えるはずだ。
外部からの情報へのアクセスが難しく、しかも保管場所の発見が困難であるという条件を満たす場所。
そして、もし自分が死亡した場合に、情報を託すことができる人物に近い場所。
自分が冴子の立場なら、そう考えて場所を探すだろう。
アキラが話を続けた。
「ここに来て、ネットに繋がっていないことを知り、可能性は上がりました。
奴らにとってハッキングはお手の物ですからね。
……あとは、あの扱いを見て確信しましたが。」
重い碁盤の下敷きのまま眠らされるとは、
一年前の最新型であったこのパソコンも考えもしなかっただろう。
そして、このパソコンも「白」、つまり高杉へ贈る過程で情報機関が介入した形跡もなかった。
「これをいい機会にしてまた始めたら?」
智子がいたずらっぽく高杉に言った。
高杉は憮然とした顔をした。
その時、
アキラは、画面を見ながら忙しく動かしていた手を止めた。
「………『album』。」
そう呟くと、アキラはファイルを開いた。
すると画面に、整然と並べられた写真が映し出された。
そこには高杉や冴子、そして事務所の人間が写っていた。
皆で旅行に行った時のものや、
高杉の選挙戦中に撮ったもの、
そして何気ない事務所での日常を撮ったものなどが、
ページをクリックするたびに次々と現れた。
「へぇー、このパソコンにこんな写真を保存してたのか。」
高杉も知らなかったようで驚いている。
「あっ、わたしと弓ちゃんの写真もある!」
智子が嬉しそうに笑った。
写真の中で、生き生きとしている冴子を見ているうちに、
調べている途中だということも忘れて、アキラもしばらくは写真に見入っていた。
14年という歳月は、人を変えるには十分な時間であり、
それは外見だけをとらえれば尚更である。
しかし、
昔から、可愛らしさと美しさを兼ね備えていた冴子は、
その14年という時間の中で可愛らしさと美しさに磨きをかけ、
さらに母親の強さも身につけたようだ。
写真の中にいる冴子を見て、アキラはそう感じていた。
外見は若いと言われるアキラだが、
自分自身が精神的に成長しているのかは、正直アキラにはわからなかった。
カメラに向かって笑っている冴子の顔を見て、
変わらないね、と冴子に言われているような気がして、
アキラは苦笑いしながらページをめくった
「こうやって写真を見るのも悪くないな。」
三日坊主で自分が放置したパソコンを褒めるように高杉が言った。
と、アキラの手が止まり、一枚の写真にくぎ付けになった。
どこかのアパートの前で撮ったと思われる写真なのだが、
その写真は女性の全身が入るように少し離れた場所から撮られていた。
そしてその女性は嬉しそうに笑いながら、
大事そうに赤ん坊を抱きかかえていた。
少し遠めから撮られているせいか、
アキラは写真を見た時、冴子かと思ったのだが違った。
……美月か。
まだ赤ん坊だった香織を大事そうに抱きかかえて、
おそらくカメラを持つ冴子に向かって、優しく微笑んでいる美月がそこにいた。
……これか。
アキラが写真をクリックすると、写真に関する情報が表示された。
簡単な日記形式で書けるようになっているのだが、日付や名称欄も空欄になっていた。
アキラは香織から預かっていた壱万円札をとりだした。
そして、そのスカシに書かれた文字を名称欄に打ち込んでいった。
……お…守…り。
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