表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ステップ  作者: 鷹橋達也
24/26

MEMORY(3)



「……三ヶ月前、弓ちゃんが突然、秘書を辞めたいと俺に言ってきたんだ。


結婚でもするのかと俺は思ったんだけど…。



しばらく黙っていた弓ちゃんが話しはじめたんだ……。」






「……わたし、高杉さんに謝らなければならないことがあるの。」


冴子は重い口を開いた。


冴子の尋常ではない様子に、

高杉はできる限りの笑顔を作って言った。


「おう、どうせ大したことじゃねえんだから、

全部吐き出しちまえよ。」



そんな高杉の優しさを感じながら、

冴子は話し始めた。



「……わたしは、CIAの諜報員で、スパイとして高杉さんの事務所に潜入したの。


高杉さんに関する情報は、定期的に上層部に上げる。そんな活動をずっと続けていたの。」




CIA……?

スパイ……?




高杉は、にわかには信じられない話に、半信半疑で黙って聞いていた。



「名前はもちろん、戸籍も潜入するために用意されたものなの……。


わたしの本当の名前は西村冴子。


……4年以上もお世話になりながら、

わたしは高杉さんや事務所のみんなをずっと騙し続けていたの。



………本当にすいませんでした、高杉さん。」





冴子は涙を流しながら、高杉に謝りつづけていた。



初めて見る冴子の涙に、


現実なのか……、と高杉は夢から覚めたような気持ちでいた。



高杉も政界に飛び込んで随分経つので、

そういったスパイ絡みの話を沢山聞いてきた。




現実に存在する以上、高杉や事務所の職員も十分気をつけてきたつもりだった。



なるほど、見事なものだな……。


そう感心している自分に、高杉は不思議な気持ちがした。



冴子を前にして、

怒りや憎しみといった感情は高杉の中に芽生えてはこなかった。




まだ泣いている冴子に、高杉は語りかけた。



「……お前も苦しんでいたんだな。


偽りの自分で俺たちに接することに、

ずっと罪悪感を持ち続けていたんだな……。」



冴子はうつむいたままだったが、

そんな冴子に高杉は微笑みながら言った。





「たとえ名前や戸籍が偽りだったとしても、


お前の全てが偽りだったわけじゃねぇだろ。



お前の笑顔……、

お前の怒った顔……、


そして、

今流している涙も……。





俺達はみーーんな知ってるんだぜ……。




お前がいい女だってことを……。」




「………はい。」




冴子は泣きながら、まっすぐ高杉を見つめてうなずいた。






アキラは一言も喋らずに高杉の話を聞き、

智子は声を押し殺しながら泣いていた。


「………俺にスパイであることを明かしたということは、

CIAと何かしらトラブルがあったんだと思い、


手助けできることは何でもすると弓ちゃんに言ったんだ……。」



そこで高杉は、

ドアの向こうにいる香織を思い浮かべた。



「俺が何度そう言っても、アイツはずっと断り続けていたんだが……。



……ひとつだけ俺にお願いしたいと。



娘が何か問題を抱えてきた時は、力になってあげて下さいと、


……その言葉を残して、弓ちゃんは事務所を去っていったんだ。」




涙を必死に拭いながら話していた高杉は、

嗚咽を漏らしながら自嘲気味に言った。


「あの時、無理にでも手助けしていれば………。


……後悔先に立たずとは、よくいったもんだぜ。」





「……冴子の意思はまだ生きています、高杉さん。」



アキラは自らを鼓舞するように高杉に言った。


「まだ、終わってはいない。



ここで幕引きになることの方が、冴子にとっては死ぬよりつらいでしょう。



俺は、冴子の意思を全うしてやりたい。」




「……そうだな。」

高杉は強くうなずいた。



「高杉さん、あれを見せてほしい。」



アキラはそう言いながら、部屋の隅にある簡易机を指差した。




その机の上には、

かやでできた碁盤が置かれていた。


囲碁の腕前はプロ級という高杉は、

時々プロをこの自室に招いて碁を打っていた。




「………碁盤?」


高杉がいぶかしげな顔をした。



「いえ、その下の物です。」


アキラの言葉にうながされて、高杉が碁盤の下を見た。



そこには、

鍋敷きのような扱いで碁盤を乗せられているノートパソコンがあった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ