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ステップ  作者: 鷹橋達也
22/26

MEMORY(1)



「お久しぶり、智ちゃん!

さぁ、入って入って。」



事務所の玄関先で出迎えた年配女性の笑顔を見て、

鷹橋智子も笑顔で返事をした。


「お久しぶりです、永瀬さん。

お忙しいのにすいません。」


笑顔のままの永瀬に促されて、智子は事務所に入っていった。




智子がアキラからの電話を受けてから一週間が過ぎていた。



久しぶりに訪れた高杉の事務所だったが、

今の智子に懐かしさを感じている余裕はほとんど無かった。



「高杉さん、智ちゃんがいらっしゃいましたよ。」


ドアの前まで来た永瀬が高杉に声をかけた。




智子は、永瀬の「高杉さん」という言葉を聞いて、

変わらないなぁという気持ちになって、少し落ち着きを取り戻した。



「入ってもらいなさい。」


高杉のドスの利いた声が、部屋から聞こえてきた。



「失礼します。」

智子はドアを開けた。




「久しぶりだな、智ちゃん。

よく来てくれた。」


高杉はそう言うと、豪快に笑った。



「高杉先生、ご無沙汰しています。」


智子は深々と頭を下げた。


そこで高杉は、さらに大きな声で笑いながら言った。



「俺の『先生』嫌いを忘れたわけじゃあるまい。


イヤミのつもりか?」



「もちろん、イヤミですよ、高杉さん。」


智子も笑って答えた。




高杉は自分が「先生」と呼ばれることを異常なほど嫌がっていた。



支援者から「先生」と呼ばれるのは何とか我慢できるのだが、


身近な人間や、官僚などから「先生」と呼ばれると、


高杉の顔は途端に不機嫌になり、



「俺はお前の先生じゃねぇ!」と、怒鳴り始めるのだ。




高杉いわく、


「先生っていうのは、子供に道徳を説くことができる人間だけに使えばいいんだよ。


俺達みたいなヤクザ者に使うから、

アホみたいな政治家や弁護士ができちまうんだよ。」


とのことらしい。



一時は、「先生」と呼べる職業を法制化しようと、

高杉は大まじめに言って、周りが呆れるほどだった。




「連れがいるんだろ?


入ってもらいなさい。」



そこで高杉に促されて、

智子は声をかけて、中に入ってもらった。



そこに現れたのは香織で、続いて入ってきたのは初老の男性だった。


白髪混じりの髪とヒゲをたくわえ、

少し猫背な姿勢で、目は薄いサングラスの奥にあるため、よく見えなかった。



「事務所の中なら、問題あるまい?」


初老の男性に、そう声をかけたのは高杉だった。




「そうですね。」


男性はそう言うと、カツラを取って付けヒゲを剥がした。



「ずいぶん念入りだな。」


高杉の言葉に、メガネを外しながらアキラは答えた。



「一応、追われる身なので。


俺と接触したことで、高杉さんに迷惑をかけられませんから。」



「そうか。

ところで、挨拶は『はじめまして』でいいのかな?」


高杉はそこで意地の悪そうな顔をした。




それを聞いたアキラは、

苦笑いしながら高杉に言った。


「そうですね。

お互い、ちゃんと目を見て話すのは初めてなので。


はじめまして、高杉さん。」



そこでまたしても、高杉の豪快な笑いが部屋に響いた。



「それもそうだな。

はじめまして、だな。」



実際には、

アキラが高杉と会話を交わすのは、これが二度目だった。



一度目は大阪のホテルでベッド越しに、

しかもアキラが高杉に銃口を突きつける形での対面だった。




一週間前、風間組を襲撃した後、

アキラは智子に、高杉の事務所内に自分を入れてもらえるようにお願いしていた。



智子と高杉が以前、家族ぐるみで付き合っていたことを知り、

昔の恩を返してもらうつもりでは無かったが、


アキラは、高杉の信頼の厚い智子に何とか働きかけてほしいと、すがる思いで頼んだ。





ただいくら智子の頼みとはいえ、


大阪の件もあったばかりの高杉が、

不特定な人物を簡単に自室に招き入れるとは思えなかった。




そこで、アキラは智子に高杉への伝言を頼んだのだ。




「以前、大阪のホテルでおこなった非礼を謝りたいと思っております。


つきましては、一週間の間にお詫びの品を届けますので、

ご考慮のほど宜しくお願いします。」



智子はメモを見ながら、アキラが言ったことをそのまま高杉に伝えた。



何のことだか、智子にはさっぱりわからなかったが、

それを聞いた高杉は、大声で笑いながら、


「よし、わかった!

必ず連れて来いよ。」


と、嬉しそうに智子に言ったのだ。




高杉の性格はアキラもだいたい掴んでいたので、

この伝言を聞けば必ず高杉は乗ってくる。


そういう確信がアキラにはあったのだが、


自分から提案したこととはいえ、実際に自分が銃口を突きつけた相手と面と向かって話すことに、


さすがのアキラも、ばつの悪さを感じていた。



「約束の品はしっかり受け取った。

君に会えて嬉しいよ。」


そんなのはお構い無しだという態度で、高杉はアキラに言い、



そして高杉は、香織の前にきた。



「はじめまして、高杉さん。」


香織が高杉に一礼した。



「……そうか、君が香織さんか。


よく来てくれたね。


君のお母さんには、わたしも随分世話になったんだ。


君がここへ来た時は宜しく頼むと、君のお母さんからお願いされていたんだ。


やっと約束を果たすことができて嬉しいよ。」



智子から大体の事情は聞いていた高杉は、


その際、

私設秘書として自分のところで働いていた冴子の死についても知らされていた。


香織を見る高杉の目は、

若干涙で滲んでいるようにも見える。




「そうなんですか、お母さんが……。


わたしも高杉さんに会えて嬉しいです。」


香織は笑顔で答えた。



その顔を見た高杉が言った。、


「こんな美人の娘さんがいるとはな。


確かにお母さんにそっくりだが、お母さんよりも美人じゃないのか?」



さっそく女好きの虫が騒いだのか、


女性の目利きは確かな高杉が妙に鋭いことを言った。




それを聞いたアキラは、

天国にいる冴子と美月がどんな顔をしているだろうかと思って、笑ってしまった。



「香織。

俺達は高杉さんと話があるから、

しばらく席を外してもらえるか?」



アキラの問いに香織が「うん、わかった。」と答えると、


後ろに控えていた永瀬が香織に近寄って声をかけた。




「私もお母さんとは仲良くさせてもらっていたの。

向こうでお母さんの話、聞かせてくれる?」


永瀬の問いかけに頷いた香織は、永瀬に連れられて部屋をあとにした。






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