JUMP!
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
一週間ぶりにアキラの顔を見た香織は、
笑顔でアキラを出迎えた。
アキラが風間組の事務所を襲撃してから一週間が過ぎていた。
香織はアキラと別れた後、
藤原たち公安が用意してくれたマンションの一室に案内された。
この一週間は、その場所で女性の公安警察官の保護・監視の下、香織は生活していた。
公安の方へは、藤原が上手く話してくれていたようで、
公安はとりあえずはアキラの側について様子を見ることに決定したようだ。
香織と生活することになった女性は、
保護・監視とはいいながらも、事件に関することを香織にほとんど聞いてこなかった。
「藤原さんから、普通に二人で生活してればいいからって言われてるから。
楽なものでしょ?」
と、その女性は香織に笑いながら話した。
その女性も、
今日はアキラが来ることを知らされて外に出ていたので、
今は香織とアキラの二人だけだった。
「今日はわたしがご馳走しますね。」
そう言うと、香織は台所で何やら作りはじめた。
「何作ってんだ?」
興味にかられてアキラが覗きこんだ。
「オムライスです。
お母さんに教えてもらったんです。」
「……お母さんが。」
アキラの記憶の中では、
冴子はあまり料理が得意なほうではなく、
アキラは我慢して口に運んだことが何度もあった。
常に隙を見せない冴子に対して、
一つくらい欠点があったほうが可愛らしいと、
アキラはそう思って、その頃は済ましていた。
「お母さんのオムライス、すっごく美味しくて、
教えてもらってからわたしが施設で作ったら、
みんなも美味しいって評判が良かったの。
あと美香さんも、
あっ、美香さんって今お世話になってる警官の人なんだけど、
美香さんも美味しいねって。」
香織は冴子を自慢するように、
嬉しそうに話しながらオムライスを作り、テーブルに並べた。
「さあ、食べましょう!
いただきます。」
「……いただきます。」
そう言うと、アキラは恐る恐る口に運んだ。
「どうですか?」
「………美味しい。美味しいよ!」
アキラは本当に驚いた顔で香織に答えた。
「良かった!」
香織はお母さんが褒められたように喜んだ。
それからは、
昔の冴子のことを知りたいとしつこく聞いてくる香織に負けて、
アキラが昔話を喋ってあげて、香織も笑いながら聞いていたのだが、
しばらくすると、香織が真剣な顔で話しを切り出してきた。
「……ねえ、アキラさん。
お母さんが今どうしているか、
もし知っているなら教えて欲しい……。」
…それはアキラも考えていたことだった。
香織に本当の事を言うべきかどうか、アキラはここに来てからもまだ結論が出ないでいたのだ。
だが今の香織は、
何かを覚悟しているような顔でアキラを真っすぐ見ていた。
その顔を見て、アキラは正直に話すことに決めた。
冴子がこの事件に巻き込まれて殺されたこと、
そして冴子が実の母親ではなく、
本当の母親である美月ももうこの世にはいないことをアキラは香織に伝えた。
香織は必死に涙をこらえながらアキラの話を聞いていたが、
次第に嗚咽を漏らしはじめ、
話し終わってからしばらくは、うつむいたまま涙を流し続けていた。
そんな香織の姿を、アキラはただ見守ることしかできなかった……。
■
「ほら、月が綺麗に見える。
今日は満月だったんだね。」
夜空を指差しながら香織が言った。
しばらくしてから、
アキラと香織は窓際に座って夜空を眺めていた。
「お母さんも夜空を見るのが好きで、
そんな時は、お母さんもすごく穏やかな顔をしてたなぁ……。」
アキラの穏やかな顔を見た香織が言った。
アキラが笑って答えた。
「よくお前の母さんと一緒にこうやって夜空を眺めたな……。」
すると、香織は真剣な顔で話しはじめた。
「……わたし、時々お母さんに抱かれてる夢を見るの。
だけど、それが何故かお母さんじゃない別の人に抱かれてる感じで、
顔もお母さんのような、似ている人のような、不思議な感じで、
……そんな気持ちで目が覚めるの。」
アキラはじっと香織の話聞いていた。
「……あれは本当のお母さんに抱かれていた頃の記憶なのかなって。
さっき、そう思ったの。」
「……香織。」
そこで冴子の顔がよぎったアキラは、
何かを言わなければと思ったが、
香織は笑いながらアキラに言った
「うぅん、違うの。
わたしは幸せ者だなって、そう思ったの。
だって素敵な二人のお母さんの記憶がある人なんて、そんなにいないでしょ?
………だからすごく嬉しいの。」
そう言って微笑んでいる香織を見て、アキラが言った。
「俺はお前に感謝してるよ。」
「えっ、わたしに?」
香織はアキラに感謝しっぱなしだったので、驚いてしまった。
「俺の中の冴子は、突然いなくなったあの日で止まってしまっていた。
なぜ、どうして、……。
夜空を見て冴子のことを思い出すたびに、
穏やかな自分が冴子に語りかけていたんだ…。
その一方で、冴子が本当に俺のことを愛してくれていたのか、真実と向き合いたくない自分がいた。」
そこでアキラは夜空を見て、冴子にも話しかけるように言った。
「お前と、お前の母さんのおかげでわかったんだ。
過去で止まっていたのは冴子じゃない、俺自身だったんだと。
そうやって、背中を押して一歩進ませてくれたことに感謝してるんだ。」
再び香織の瞳が涙で濡れたが、
その顔は微笑みで溢れていた。
「………お母さんはアキラさんに感謝してるよ、
きっと……。」
満月の明かりが、
やさしく二人を照らしていた………。
■