PREPARATION
「いやー、素晴らしい講演でしたよ。」
後援会長が三沢に駆け寄ってきて、
満面の笑みで声をかけてきた。
「そうですか、ありがとうございます。」
日頃、後援会長の愚痴ばかり言っている三沢も、
本人の前ではつとめて笑顔で対応していた。
二人が話している間も、
武藤は常に周りの状況に気を配って三沢の前を歩いていた。
三沢の後ろには鴨居が警護し、
さらに後ろに少し離れて陣内がついて来ていた。
三沢は現在、民政党の幹事長を務めていて、
この日は地元の市民ホールで開かれた講演会に参加し、
『郵政事業新改革法案』成立の断固阻止について熱弁していた。
今は講演も終わり、
この後、三沢は後援会の集まりに参加することになっていた。
「ったく、ゆっくりトイレにも行けやしない。」
また後で、と後援会長と別れた後、
三沢はさっそく愚痴を言いながら、客員用のトイレへ向かった。
「鴨居、中で警護しろ。」
武藤は、三沢がトイレに入る前に鴨居にトイレ内をチェックさせ、
自身はトイレ前の警護、陣内は通路出入口を固めていた。
トイレ内をチェックした鴨居からOKが出て、
今にもズボンのチャックを下げそうな勢いで、
三沢はトイレに入っていった。
すると通路出入口に、
背広姿に黒ぶち眼鏡をかけたサラリーマン風の男が現れた。
ビジネスバッグを両手で持ちながら、辺りをキョロキョロと見回している。
顔は脂汗をかいていて、苦しそうな表情だ。
と、こちらのトイレの表示を見た男が小走りにこちらに近づいてきた。
……あれ?通路を固めていた陣内の姿が見えない。
武藤がそう思った時には、男は武藤の目の前まで来ていた。
武藤が男を遮って、声をかけた。
「すいません。
ここのトイレは客員用………!」
言い終わらないうちに、
男の手から放られたビジネスバッグで武藤の視界が覆われた。
やられた、と思い、武藤がバックを跳ね退けると、視界に男の姿はない。
すかさず視線を下に向けると、
武藤の足元で屈んでいた男がすでに伸び上がってきていた。
男の右拳が武藤のあごを貫き、
武藤はそのまま仰向けに倒れていった。
男がすぐさまトイレに侵入する。
鴨居は外の異変に気付き、
銃を抜き、トイレに侵入してきた男に照準を合わそうとする。
がしかし、
すでに鴨居の眼前まできた男は銃を持つ腕を払いのけ、
鴨居の懐に飛び込んで、みぞおちにヒジの一撃を打ち込んできた。
視界がぼやけ、膝をついた鴨居は前のめりに倒れた。
「だっ、誰か……!」
叫ぼうとする三沢の口を塞ぎ、男は鴨居から奪った銃を突き付けた。
「静かにしていれば、危害は加えません。
三沢先生に届け物を渡しに来ただけですから。」
そう言うと、
男は三沢の内ポケットにSDカードを差し入れた。
「よく考えておいて下さい。
死ぬよりはマシだと思いますから………。」
その言葉を聞き終わらないうちに、
三沢は急激な眠気に襲われた……。
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