BATON
「……おまえが、
真弓を…、西村冴子を殺したこともわかっている。」
アキラは田崎の額に銃口を突きつけ、
呻くように声を出した。
「若林派」の政治家と美月の繋がりを突き止めた冴子は、
CIAの仕事をする一方、
その政治家の不正に関する情報の収集を地道に続けていた。
身内のCIAと繋がりのある情報屋とは接触することができなかったため、
おのずと利用できる情報機関は限られていた。
その頃、「殺し屋」として再出発していたアキラは、その業界で頭角を現し始めていたようだ。
もちろん、元「情報屋」で、
しかも冴子自身が直接手ほどきをして教育したアキラが、
自分の関与がわかるような仕事をするはずも無い。
冴子のもとに、直接アキラの名前が浮上することは無かったが、
それでも冴子は行政機関とアキラの間接的な繋がりから、アキラが関係していたと思われる事案は何となくわかった。
冴子は、アキラと繋がりのありそうな情報屋との接触も避けるようにしていた。
アキラが冴子の存在を知って追いかけてくるかもしれない。
アキラは恨んでいるかもしれないと思いながらも、
昔のような関係に戻りたいと願っている独りよがりな自分を、
冴子は消し去りたかった。
長い年月をかけながら、
困難をきわめた情報収集を続ける一方で、
あの男が政治家として、権力の階段を着実に上っていく姿を見ながら、
高みに登れば登るぼど、転がり落ちた時の傷は深く、
より強い絶望を与えることができると、
冴子は復讐者としての顔で、
その男を眺めていた。
そんな荒れた心を癒してくれたのは香織だった。
香織との手紙でのやり取りは頻繁にしていたが、
組織の目を盗んで施設に行けたのは月に一、二度だった。
小さい頃は冴子に甘えてばかりだった香織は、
自分より小さい子供達の面倒を看るようになっていた。
次第に香織が「お姉さん」になっていく姿に、
冴子は自分と美月を重ね合わせ、懐かしい気持ちになった。
そんな時、田崎が美月の件で冴子に接触してきた。
冴子が内密に進めていたことを掴んだ田崎は、
CIAには知らせず、美月に協力すると申し出てきた。
田崎が冴子の持つ情報を悪用しようとしていることは、冴子もわかっていた。
だが、ここでCIAに知られるわけにはいかない。
冴子は苦渋の決断をして、田崎と共に動くことにした。
一方、CIAから怪しまれないようにし、信頼を得るためにも
CIAの仕事も精力的に冴子はこなしていた。
冴子が「若林派」と対立する「春日派」の代議士の私設秘書として潜入していた時、
冴子は当時、仮出所中であった森田雅明の情報を掴んだ。
冴子は、海江田組から監視されている森田に対して、
身の安全と逃亡の手助けをする代わりに、証人になることを持ちかけ、森田も承諾した。
ところが、その情報がCIAに知られてしまったのだ。
CIAから追われる身となった冴子が頼れる人間は限られてしまった。
冴子は田崎の助けを借りて、活動を続けた。
■
「……だが一ヶ月前、
冴子はお前が美月の殺害に関与していたことを知ってしまったんだ。」
部屋には徐々に煙が立ち込め始めていて、
火の手がすぐそこまで迫ってきていた。
サイレンの音も次第に大きくなっていて、
終わりが近づいていることを物語っている。
「当時、お前は美月が冴子の姉であることを知りながら、
仮出所中の男を海江田組を使って脅し、美月の殺害の手引きをした。
その後、お前らの息のかかった警察幹部を利用して、
容疑者を自殺に見せかけて殺害したんだ。
冴子にそのことを知られてしまったお前は、
海江田組を使って冴子を拉致したんだ。」
そこでアキラは、苦悶の表情になった。
ヤクザに引き渡された女が、どういう末路をたどるか、
この業界で長く働いているアキラは、痛いほどそのことを知っていた。
「香織への手紙を見つけたお前は、
冴子の持つ情報を手に入れるために、
情報屋を通じて俺のメールアドレスと暗号を高値で入手した。
俺の関わっている情報屋は、
行政機関、とりわけ公安のような組織と繋がりが強い。
どちらかといえば、身内に近い関係だ。
お前は公安にタレコミして、いざという時の俺のボディーガード代わりに公安をつけた。
そして香織へ手紙を送って、
俺と香織を引き合わせ、俺が冴子の情報を手に入れるのを狙っていたんだ。」
銃口を突きつけられている田崎が、
歪んだ笑みをうかべた。
「……お前に追い詰められるのは、
これで二回目だな……。」
冴子がアキラのもとを去ってから、
アキラは田崎を極秘に調査し、CIA構成員であることを突き止め、
追い詰められた田崎は何とか命を拾うことができた。
「ああ。二回で終わりだ。」
アキラはあくまで冷徹な表情で田崎を見ていた。
そこで田崎は突然、額を床にこすりつけて土下座した。
「頼む、もうお前達には関わらないし、
この世界からも足をあらう。
だから、命だけは!
命だけは助けてくれ!」
「……真弓は命乞いをしたのか?」
アキラの言葉に、田崎はハッとなり、
呆然とした顔をアキラに向けた。
アキラはその顔に、
銃弾を一発打ち込んだ。
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