COUNTER
アキラは座席を倒して、まだ気を失っている香織を寝かせた。
ワゴン車は県道に出ていて、
街灯やコンビニの明かりが闇を照らすようになっていた。
このまま進めば
先程と同じ国道に出るはずだった。
「危ないところだったな。」
運転席の男が、
くわえたタバコに火をつけた。
アキラにとってはいつも聞いている声だったが、
この時はいつもより覇気があり、静かな強さを秘めていた。
背筋を伸ばし、一本筋の通った姿は精悍でもあり、実年齢よりも若々しく見える。
アキラは男の肩越しに声を掛けた。
「こんなところでサボってて大丈夫なのか、
藤原さん?」
ビルの警備をしているはずの藤原が、アキラの問いに高らかに笑った。
「心配するな。
代わりの奴が詰めてるよ。」
「公安の同僚かい?」
再びアキラが問いかけると、藤原は更に大きな声で笑い出した。
「なんだ。
やっぱり知ってたのか。」
一ヶ月前、藤原がアキラのビルに配属が決まってから、
アキラは藤原の身辺調査を行っていた。
身辺調査は藤原に限らず、
アキラの周辺人物には必ず行っていることだった。
藤原が公安警察官だということは、
つい一週間前に届いた情報屋からの追加報告によってアキラは初めて知った。
当然、藤原という名前も偽名だ。
公安警察は、
警察庁警備局を筆頭とした、諜報活動を主な目的とする機関の総称であり、
政治的に動くため「政治警察」と呼ばれることがある。
公安警察官は、追尾や視察といった対象者を秘密裏に監視する手法の訓練を徹底的に受けていた。
公安警察官の対象者を監視する手法は、
世界的にみても非常に高度であると言われている。
また、公安警察官はたとえ他部門の警察官が同じ事案を扱っていたとしても、
情報交換をしないことでも有名だった。。
アキラが藤原の素性を知るのに時間がかかったことからも、
公安警察の優秀さは確かなものだった。
「あんたたち公安が、
なぜ俺をマークしているのかまではわからなかった。
まさか、この件で動いていたとはな…。」
公安は少なくとも、
藤原を派遣した一ヶ月前には既に、何かしらの情報を握っていたことになる。
藤原と会話をしながら、
アキラは肩に受けた銃弾の傷を消毒し、包帯で巻いた。
腕の痺れが少し残っているが、弾は貫通しているので、
化膿に注意さえすれば問題なさそうだった。
藤原が会話を続けた。
「俺達も確証があって、
おまえをマークしてた訳じゃない。
最初は、要注意人物として森田をマークしていただけだ。
その後、森田と海江田組との接触は掴んだが、
その他に森田が誰と接触していたのかまではわからなかった。
そんな時だった。
俺達のもとに森田の情報に関するタレコミがあったのは。」
藤原の話を聞きながら、
アキラはケータイで情報のやり取りを続けていた。
「誰なのかはわからなかったが、
その情報は西村冴子、そしておまえに関するものだった。
森田の情報を持っている西村冴子が、おまえと接触する、とな。」
「なるほどな。
それで俺を追っていたのか。」
そこで藤原は苦笑いしながら
寝息をたてている香織に視線を送った。
「まあ、そのかわいいお嬢ちゃんが現れたときはさすがに驚いたがな。」
アキラも香織を見ながら、口元を緩めた。
無理もない。
公安にしてみれば、
西村冴子と接触すると思っているところに、
香織が現れたのだ。
困惑したのはアキラも同じだった。
アキラは藤原の情報と、新たに情報屋から入手した情報をパズルに当てはめた。
西村冴子、
公安にタレコミをした人物、
そして見知らぬメールアドレスの主が誰なのか……。
アキラの頭の中では、
パズルはほぼ完成していて、
それが残酷な真実を示していることに、アキラはやりきれなさを感じて香織を見つめた。
「どうすんだ、これから?」
しばらくの静寂ののち、藤原がアキラに声をかけた。
やるべきことは決まっている、
そう決心したアキラが口を開いた。
「追いかけられるのはもう終わりだ。
今度はこっちが追う番だ。」
「何だと?」
藤原の眉間にシワが寄る。
「藤原さん、行ってほしい場所がある。」
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