プロローグ
「………」
誰かに呼ばれたような気がして、
高杉は目を覚ました。
まだ夜中なのだろう。
部屋は薄暗く、眠ってからそれほど時間が経っているようではなかった。
昨晩、大阪のグランドホテルにチェックインした後、
モデル事務所から派遣された女と一緒にいたのだが、その女も既に帰ったようだ。
部屋には自分ひとりだけだったが、
おそらく部屋の外にはSPが二人待機しているはずだった。
高杉は与党・民政党の副幹事長で、今年で60歳になる。
世間でならそろそろ定年後を考える年だが、
政治家としてはこれからが政治の中枢で活躍する脂がのった時期と言えた。
若さを保つように若い女を抱くのも、高杉のような政治家の特徴だった。
と、その時。
「おはようございます、高杉さん。」
耳元であまりにもハッキリと声がしたので、
高杉は慌てて身体を起こそうとした。
だが、首筋に押し付けられた金属の冷たい感触が、
高杉の動きをそれ以上許さなかった。
「だっ、誰だ?」
そこまで口に出したが、銃口を更に押し付けられて、高杉は口をつぐんだ。
「質問はこちらがします。あなたは首を振って答えるだけでいいです。」
静かで、落ち着いた口調だったが、反抗を許さない威圧感があった。
部屋は薄暗く、背後に回られていたため、どんな人物かはわからなかった。
だが、声の感じからすると若い青年のようだ。
一体誰だ?どうやって部屋に入ったんだ?
さまざまな考えを巡らそうとしたが、青年の声がそれを制した。
「あなたが今関わっている『郵政事業新改革法案』ですが、第七項の削除を私の依頼主がお願いしたいそうです。」
郵政…、第七項だと?
郵政事業新改革法案は、
郵政族である高杉が中心となって作成したものだった。
そしてその第七項とは、
郵政資金の外資の流入を阻止するための、
いわばこの法案の柱であり、最大の目的でもあった。
第七項が無ければ、この法案はただのザル法になってしまう。
「今回はお願いにあがりましたが、あなたの行動次第では、依頼主は本腰をいれてあなたを潰すことになります。
話は以上です。
わかりましたか?」
全身に冷や汗を感じながら、
高杉は首を縦に振ってそれに答えることしかできなかった。
「そうですか。
では、そろそろ失礼します。
今は目が冴えて緊張しているでしょうが、直ぐに眠れますよ。」
そう言うと首筋から銃口が離れ、
その途端急激な眠気が襲ってきて、高杉は再び眠りの中に落ちていった……。
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