「君を愛する事はない」という旦那様と、真実の愛に向かって歩む話
「君を愛することはない」
結婚式を終えた夜、旦那様となったエドワード様は、私にそう告げました。
「私には、心から愛する女性がいる。君とは家の事情で結婚したが、夫婦としての愛情を期待しないでほしい」
「承知しております」
私が答えると、エドワード様は少し驚いた顔をされました。
「……怒らないのか?」
「いいえ。むしろ安心いたしました」
「安心?」
「はい。実は私にも、心から愛する方がおりますので」
「…………は?」
こうして、私たちの少し変わった結婚生活は始まったのでした。
◇
私の名前はクラリス。子爵家の長女です。
もっとも、私の実家は少し前まで、没落寸前でした。
父が無謀な事業に手を出したわけでも、贅沢を重ねたわけでもありません。領地を襲った二年続きの水害で、収入が激減してしまったのです。
領民の生活を守るために蓄えを使い果たし、復旧費用の借り入れも重なっていました。
そんなとき、伯爵家から縁談が届いたのです。
結婚を条件に、伯爵家が実家の財政を三年間支援する。
その代わり、私は伯爵夫人として三年間務めを果たし、期間が終われば円満に離縁する。
白い結婚であることも、最初から条件に含まれていました。
私はその申し出を受けました。
なぜなら、私には愛する人がいたからです。
彼の名前はルーク。
幼い頃から親しくしていた、商家の息子でした。
彼は誠実で、働き者で、私が困っているときには、いつも力になってくれる人でした。
けれど、実家が財政危機に陥ったとき、彼には子爵家を救うほどの財力がありませんでした。
独立して商売を始めたばかりだったのです。
「すまない、クラリス。今の俺には、君の家を助けることができない」
縁談を受ける前、彼は悔しそうに言いました。
「謝らないで。あなたは何も悪くないわ」
「三年後、君が自由になるなら……そのときまでに、俺は必ず一人前になる」
「ルーク」
「でも、待っていてくれとは言えない。君の人生を、俺の約束で縛りたくないんだ」
私は泣きそうになりました。
彼は私を愛してくれている。
だからこそ、私の自由を奪わない。
「だったら、三年後にもう一度会いましょう」
「……いいのか?」
「そのとき、お互いの気持ちが変わっていなかったら、改めてお話をしましょう」
私たちは、そう約束して別れたのです。
そして今日、私は伯爵夫人になりました。
目の前には、私を愛さないと宣言した旦那様がいらっしゃいます。
「つまり、君にも想い人がいるのか」
「はい」
「なるほど……」
エドワード様はしばらく考え込んでいましたが、やがて小さく笑いました。
「これは都合がいいな」
「都合がいい、ですか?」
「ああ。実は私も、三年後には愛する女性と結婚するつもりなのだ」
エドワード様のお話は、こうでした。
伯爵家の先代当主であるお父様は、息子に家格の釣り合う女性との結婚を求めていました。
一方、エドワード様が愛していたのは、男爵家の庶子として生まれた女性でした。
父親には認知されているものの、正妻の子ではなく、家格の差もあるため、伯爵家の正式な花嫁としては認められなかったのです。
そこでエドワード様は、家の求める結婚を一度受け入れ、家督を継ぐことにしたのです。
家督を継いだ当主には、自分の婚姻を決める権限があります。
もちろん、当主になった途端に妻を追い出せば、貴族社会からの信用を失います。
だからこそ、三年間。
伯爵家にふさわしい結婚を結び、妻に対する責任を果たし、円満に離縁する。
そのうえで、今度は当主として自分の望む相手を妻に迎える。
それがエドワード様の計画でした。
「父上にも、三年間は婚姻を維持すると約束している。君の実家への援助も、もちろん契約どおり行う」
「ありがとうございます」
「礼を言われることではない。君には三年間、伯爵夫人として協力してもらうのだから」
私は改めて頭を下げました。
するとエドワード様が、思いがけないことをおっしゃったのです。
「ところで、君の想い人は何をしている?」
「商人です。まだ独立したばかりですが」
「そうか。ならば、私からも支援しよう」
「……え?」
思わず顔を上げてしまいました。
「よろしいのですか?」
「構わない。三年後に君を迎える男だろう? そのときまでに立派な商人になってもらわなければ、私も安心して君を送り出せない」
「ですが、そこまでしていただく理由が……」
「理由ならあるさ」
エドワード様は、いたずらっぽく笑いました。
「君が安心して離縁できれば、私も安心して再婚できる。お互いの幸せのためだ」
私はしばらく言葉を失いました。
そして、ようやく口を開きました。
「旦那様」
「何だ?」
「私、三年間、全力で伯爵夫人を務めさせていただきます」
「頼もしいな」
「ですから、旦那様も必ず幸せになってくださいませ」
エドワード様は目を丸くしたあと、声を上げて笑いました。
「ああ。約束しよう」
これが、私たち夫婦の最初の約束でした。
◇
結婚から一か月後。
私は旦那様の愛する女性とお会いすることになりました。
お名前はアンナ様。
男爵家の庶子として生まれ、現在は町の仕立て屋で働いている女性でした。
父親から認知はされていましたが、正妻の子どもたちとは違い、貴族として十分な教育を受ける機会はなかったそうです。
それでも手仕事が好きだったアンナ様は、自分の腕で暮らしていく道を選んだのだと伺いました。
「は、初めまして、伯爵夫人様!」
アンナ様は緊張した様子で深々と頭を下げました。
「そんなに緊張なさらないでください。私もお会いできるのを楽しみにしていたんです」
「ですが、私は……」
アンナ様は申し訳なさそうに目を伏せました。
「奥様がいらっしゃる方を、愛してしまって……」
「結婚する前からのお付き合いなのでしょう?」
「はい。でも……」
「でしたら、私に謝る必要はありませんわ」
私は微笑みました。
「私も、別の男性を愛しておりますから」
「……え?」
アンナ様が顔を上げました。
隣に座っていたエドワード様が、何とも言えない顔をしています。
「クラリス。もう少し説明してから話してくれないか」
「あら。事実ですもの」
「それはそうだが」
私はアンナ様に、三年間の白い結婚について説明しました。
そして、私にも三年後に再会を約束した男性がいることを。
アンナ様は最初こそ驚いていましたが、話を聞き終えると、ぽろぽろと涙をこぼし始めました。
「……本当に、よろしいのでしょうか」
「もちろんです」
「私、ずっと怖かったんです。エドワード様と結婚できる日が来ても、誰かを不幸にしてしまうのではないかって」
「ご心配には及びませんわ」
私は彼女の手を取りました。
「むしろ、三年後には一緒に喜びましょう」
アンナ様は何度もうなずいてくれました。
その日の帰り際、彼女が小さな包みを差し出しました。
「これ、私が作ったハンカチです。お礼になるかわかりませんが……」
白い布には、小さな青い花が丁寧に刺繍されていました。
「まあ、素敵!」
「ありがとうございます。私、こういう仕事だけは得意なんです」
「こういう仕事だけ、なんておっしゃらないで。とても素晴らしい技術ですわ」
私は本心からそう伝えました。
するとアンナ様は、初めて嬉しそうに笑ってくれたのです。
その笑顔を見て、私は思いました。
旦那様がこの方を愛する理由が、少しわかった気がする、と。
◇
それから、私たちの三年間が始まりました。
旦那様は約束どおり、実家への援助を続けてくださいました。
水害で壊れた橋が直り、畑が復旧し、領民たちの暮らしも少しずつ落ち着いていきました。
父から届く手紙には、毎回のように感謝の言葉が書かれていました。
私は伯爵夫人として、社交や屋敷の行事を担当しました。
旦那様は領地の仕事で忙しい方でしたから、私ができる限り支えることにしたのです。
もちろん、私一人で何でもできるわけではありません。
執事や侍女長に教わりながら、少しずつ仕事を覚えていきました。
失敗もありました。
最初の晩餐会では、招待客の席順を間違えてしまい、執事に慌てて助けてもらったこともあります。
旦那様に報告すると、怒られるどころか笑われました。
「私も当主になったばかりの頃、同じ失敗をした」
「旦那様もですか?」
「ああ。父上に一週間ほど説教されたよ」
「まあ……」
「だから、君には一週間も説教しない。次から気をつければいい」
そんなふうに、私たちは少しずつ打ち解けていきました。
恋人ではありません。
けれど、互いを信頼できる夫婦にはなっていたと思います。
そして旦那様は、ルークへの支援も忘れませんでした。
ただお金を渡すのではなく、商人として仕事をする機会を与えてくださったのです。
最初は伯爵領の小さな輸送契約でした。
ルークは期限を守り、品物を傷めずに届け、約束した代金をきちんと受け取りました。
次は少し大きな取引。
その次は、別の商会との共同事業。
旦那様は、ルークが実績を積むたびに仕事を増やしていきました。
けれど、決して特別扱いはしませんでした。
「彼はよく働くな」
ある日、旦那様が書類を眺めながらおっしゃいました。
「はい。昔から努力家なんです」
「うむ。だが、少々働きすぎではないか?」
「……そうなのですか?」
「先月など、三日続けて荷の確認をしていたそうだ。倒れられては困る」
私は思わず笑ってしまいました。
「昔から、夢中になると周りが見えなくなるところがあります」
「それはいけないな。三年後に君を迎える前に倒れられては、私が困る」
「では、私からも手紙を書きます」
「ぜひそうしてくれ」
旦那様は真面目な顔でうなずきました。
その夜、私はルークに手紙を書きました。
『旦那様から、働きすぎだと伺いました。どうかお身体を大切にしてください。三年後、元気なあなたにお会いしたいのです』
数日後、返事が届きました。
『心配をかけてすまない。これからはきちんと休む。三年後、胸を張って君に会えるように頑張るよ』
私はその手紙を、何度も読み返しました。
そして、大切に箱へしまったのです。
◇
二年目の春。
アンナ様が伯爵邸を訪ねてきました。
「クラリス様、お願いがあるんです」
「何でしょう?」
「私に、貴族の礼儀作法を教えていただけませんか?」
私は少し驚きました。
「もちろん構いませんが、どうなさったのです?」
「男爵家の娘として認知はされていますが、私は正式な社交の場に出たことがほとんどありません。三年後、エドワード様と結婚できたとしても、私が何も知らなければ、あの方に恥をかかせてしまいます」
アンナ様は真剣な顔でした。
「ですから、今から勉強したいんです」
私は嬉しくなりました。
「でしたら、一緒に頑張りましょう」
それからアンナ様は、仕事の合間に伯爵邸へ通うようになりました。
最初はお辞儀の仕方から。
次に、食事の作法。
手紙の書き方や、客人への挨拶も練習しました。
もちろん、私もまだ勉強中の身です。
わからないことは侍女長に尋ね、二人で教えてもらいました。
ある日のこと。
アンナ様が練習中に、難しい挨拶を間違えてしまいました。
「ああ、また間違えました……」
「大丈夫ですわ。私も昨日、同じところを間違えましたもの」
「クラリス様も?」
「ええ。侍女長に三回も直されました」
すると、後ろに控えていた侍女長が静かに言いました。
「四回でございます、奥様」
「……四回でしたわね」
アンナ様が吹き出しました。
私も笑ってしまいました。
侍女長まで、少しだけ口元を緩めていました。
そんな時間が、私は大好きでした。
ある日、アンナ様が言いました。
「クラリス様。私、最初はあなたに嫌われると思っていました」
「どうしてです?」
「だって、私は旦那様の愛する女性ですから」
「それでしたら、私もアンナ様に嫌われる立場ですわ。旦那様と結婚しているのですもの」
「……確かに、そうですね」
私たちは顔を見合わせて笑いました。
「でも、今は違います」
アンナ様は私の手を握りました。
「私、クラリス様とお友達になれて、本当によかった」
「私もです」
心から、そう答えました。
◇
三年目の秋。
実家から、嬉しい知らせが届きました。
最後まで残っていた借入金の返済が終わったのです。
領地の復旧も進み、今年は久しぶりに十分な収穫があったとのことでした。
私は手紙を持って、旦那様の執務室へ向かいました。
「旦那様!」
「どうした、クラリス。そんなに慌てて」
「実家の借金が、すべてなくなりました!」
旦那様は一瞬驚いたあと、満面の笑みを浮かべました。
「そうか! それはよかった!」
「はい!」
「君も、これで安心だな」
「本当にありがとうございます。旦那様のおかげです」
「いや、君のご家族もよく頑張ったのだろう。私は約束した援助をしただけだ」
そう言ってくださるところが、旦那様らしいと思いました。
その日の夕食では、二人でささやかなお祝いをしました。
食後のお茶を飲みながら、旦那様がぽつりとおっしゃいました。
「もうすぐ三年か」
「そうですね」
「長いようで、短かったな」
「はい。私もそう思います」
旦那様は少し考えてから、私に尋ねました。
「クラリス。君は、この結婚を後悔していないか?」
私は首を横に振りました。
「一度も」
「そうか」
「旦那様は?」
「私もだ」
旦那様は穏やかに微笑みました。
「君が妻になってくれて、本当によかった」
私は胸が温かくなりました。
この方と恋に落ちることはありませんでした。
けれど、三年間を共に過ごせたことは、私にとって大切な思い出です。
「私も、旦那様と結婚できてよかったです」
そう答えると、旦那様は少し照れくさそうに笑いました。
◇
そして、約束の三年が過ぎました。
離縁の日。
私は旦那様と向かい合って座っていました。
机の上には、二人の署名が入った離縁の書類があります。
「これで、正式に夫婦ではなくなるな」
「はい」
「三年間、本当にありがとう」
旦那様は深々と頭を下げました。
私は慌てて立ち上がりました。
「旦那様! どうかお顔をお上げください!」
「いや、言わせてくれ」
旦那様は真剣な表情でした。
「君のおかげで、私は父との約束を果たし、伯爵家の責任を引き受けながら、自分の愛も守ることができた。君が協力してくれなければ、こんな未来はなかった」
私は胸がいっぱいになりました。
「こちらこそ、ありがとうございました」
今度は私が頭を下げました。
「旦那様のおかげで、実家を救うことができました。ルークにも、未来をつかむ機会を与えてくださいました。私一人では、何もできなかったと思います」
「それは違うぞ」
旦那様は首を横に振りました。
「君は三年間、立派に伯爵夫人を務めてくれた。私もずいぶん助けられたよ」
「……ありがとうございます」
「それに、ルークが成功したのは彼自身の努力だ。私は最初の機会を与えただけだよ」
旦那様は窓の外を見ました。
庭には、春の花が咲き始めていました。
「さて、クラリス。最後に一つだけ聞いてもいいか?」
「はい」
「三年前、私は君に『愛することはない』と言ったな」
「覚えております」
「あのとき、君は安心したと言った」
「はい」
「今でも、そう思っているか?」
私は少し考えてから、微笑みました。
「はい。あのお言葉を聞いて、本当によかったと思っています」
「そうか」
「だって、旦那様が私を愛さないと約束してくださったから、私は安心して、ルークを愛し続けることができました」
旦那様は目を細めました。
「私も同じだよ。君が私の気持ちを尊重してくれたから、アンナを愛し続けることができた」
そして、私たちは笑い合いました。
「不思議な夫婦でしたね」
「ああ。だが、悪くない三年間だった」
「はい。とても幸せな三年間でした」
私たちは、最後にもう一度握手を交わしました。
恋人ではなかった。
愛し合う夫婦でもなかった。
けれど、互いの幸せを心から願える、大切な友人にはなれたのです。
◇
伯爵邸の玄関を出ると、二人の人が待っていました。
一人はアンナ様。
もう一人は、ルークでした。
「クラリス」
懐かしい声がしました。
私は思わず駆け出しそうになりましたが、どうにか足を止めました。
三年ぶりに会うルークは、少し大人びていました。
けれど、優しい瞳は昔のままです。
「ルーク……」
「久しぶりだね」
「はい。お元気でしたか?」
「ああ。君は?」
「私も、元気です」
それだけ言うのが精いっぱいでした。
ルークは少し緊張した様子で、私の前に立ちました。
「クラリス。三年前、俺は君に何もしてあげられなかった」
「そんなことは……」
「でも、今は違う」
彼はまっすぐに私を見つめました。
「商会も軌道に乗った。君のご実家を支えるだけの力も、ようやくついた」
私は黙って、彼の言葉を待ちました。
「もちろん、君が望まなければ、無理にとは言わない。三年も経ったんだ。気持ちが変わっていても、おかしくない」
「ルーク……」
「でも、俺の気持ちは変わらなかった」
彼は私の前に片膝をつきました。
「クラリス。どうか、俺と結婚してください」
涙がこぼれました。
三年間、ずっと待ち望んでいた言葉でした。
けれど、私は彼に待っていてほしいと頼んだことはありません。
彼も、私を待たせる約束を強要しませんでした。
それでも、私たちは同じ未来を望み続けていたのです。
「……はい」
声が震えました。
「はい、ルーク。喜んで」
彼が立ち上がり、私を抱きしめてくれました。
私はその胸に顔を埋めました。
三年間、夢に見ていた温もりでした。
すると、後ろから大きな拍手が聞こえました。
「おめでとう!」
振り返ると、エドワード様が満面の笑みで拍手をしていました。
その隣では、アンナ様が涙を拭っています。
「クラリス様……本当に、おめでとうございます」
「アンナ様も、これからですね」
「はい!」
アンナ様は嬉しそうにうなずきました。
するとルークが、エドワード様の前に進み出ました。
「伯爵様。三年間、本当にありがとうございました」
深々と頭を下げます。
「あなたが機会をくださらなければ、今の私はありません」
「顔を上げてくれ、ルーク」
エドワード様は彼の肩に手を置きました。
「君が仕事を成し遂げたから、今があるのだ。私は君を信用してよかった」
「……ありがとうございます」
「それより、クラリスを幸せにしてやってくれ」
「はい。必ず」
今度はアンナ様が、私の前に立ちました。
「クラリス様。私にも、お礼を言わせてください」
「アンナ様?」
「あなたがいなければ、私はきっと、ずっと自分の生まれを引け目に感じていたと思います」
彼女は私の手を取りました。
「でも、あなたは私を友達として扱ってくださった。伯爵夫人になるための勉強も、いつも一緒にしてくださった」
「私も、アンナ様と過ごした時間が楽しかったです」
「私、頑張ります。エドワード様の隣に、胸を張って立てるように」
「ええ。きっと素敵な伯爵夫人になりますわ」
私たちは抱き合いました。
そのとき、エドワード様が明るい声を上げました。
「さて! これで全員、約束どおりだな!」
「そうですね」
私が答えると、旦那様は少しだけ真面目な顔になりました。
「いや、一つだけ訂正しよう」
「訂正、ですか?」
「ああ。三年前、私は君に『愛することはない』と言った」
「はい」
「だが、今ならこう言える」
旦那様は私とルーク、そしてアンナ様を順番に見ました。
「君を妻として愛することはなかった。だが、友人としては心から大切に思っている。三年間、本当にありがとう」
私は笑顔で答えました。
「こちらこそ、旦那様。私も、あなたを大切な友人だと思っております」
「もう旦那様ではないぞ?」
「あら、そうでしたわね」
私たちは顔を見合わせ、笑いました。
◇
それから一か月後。
私はルークと結婚しました。
エドワード様も、アンナ様と結婚されました。
二組の結婚式には、お互いに招待し合いました。
アンナ様は見違えるほど堂々としていて、エドワード様は彼女を見つめるたびに幸せそうに微笑んでいました。
私も、ルークの隣で同じように笑っていたと思います。
式のあと、四人でお茶を飲む機会がありました。
「まさか、あの結婚がこんな結果になるとはな」
エドワード様がしみじみとおっしゃいました。
「本当ですね」
私もうなずきました。
「でも、私はあの三年間があってよかったと思っています」
「私もだ」
ルークが微笑みました。
「伯爵様のおかげで仕事を広げられたし、クラリスも伯爵夫人として立派に務めを果たした。俺も負けていられないと思ったよ」
「私もです」
アンナ様が続けました。
「クラリス様に教わったこと、これからもずっと大切にします」
エドワード様は、私たちを見回しました。
「では、これからも四人で仲良くしていこう」
「もちろんです!」
私は迷わず答えました。
ルークもアンナ様も、嬉しそうにうなずきました。
あの日、旦那様は私におっしゃいました。
『君を愛することはない』
あのときは、ただ安心しただけでした。
けれど今は、あの言葉に心から感謝しています。
私たちは、互いを愛することはありませんでした。
その代わり、互いの大切な人を愛する自由を守り、幸せになるための三年間を支え合ったのです。
そして今日も、私の隣にはルークがいます。
「クラリス、幸せ?」
彼が尋ねました。
私はその手を握り、笑顔で答えました。
「ええ。とっても幸せよ」
するとルークも、嬉しそうに笑ってくれました。
愛する人と、愛する人を支えてくれた友人たち。
私には、こんなにも大切な人たちがいます。
だから私は、胸を張って言えるのです。
あの三年間の白い結婚は、私たち四人にとって、幸せな未来へ向かうための、かけがえのない時間だったのだと。




