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「君を愛する事はない」という旦那様と、真実の愛に向かって歩む話

作者: よみなぎ
掲載日:2026/10/13

「君を愛することはない」


 結婚式を終えた夜、旦那様となったエドワード様は、私にそう告げました。


「私には、心から愛する女性がいる。君とは家の事情で結婚したが、夫婦としての愛情を期待しないでほしい」


「承知しております」


 私が答えると、エドワード様は少し驚いた顔をされました。


「……怒らないのか?」


「いいえ。むしろ安心いたしました」


「安心?」


「はい。実は私にも、心から愛する方がおりますので」


「…………は?」


 こうして、私たちの少し変わった結婚生活は始まったのでした。


◇


 私の名前はクラリス。子爵家の長女です。


 もっとも、私の実家は少し前まで、没落寸前でした。


 父が無謀な事業に手を出したわけでも、贅沢を重ねたわけでもありません。領地を襲った二年続きの水害で、収入が激減してしまったのです。


 領民の生活を守るために蓄えを使い果たし、復旧費用の借り入れも重なっていました。


 そんなとき、伯爵家から縁談が届いたのです。


 結婚を条件に、伯爵家が実家の財政を三年間支援する。


 その代わり、私は伯爵夫人として三年間務めを果たし、期間が終われば円満に離縁する。


 白い結婚であることも、最初から条件に含まれていました。


 私はその申し出を受けました。


 なぜなら、私には愛する人がいたからです。


 彼の名前はルーク。


 幼い頃から親しくしていた、商家の息子でした。


 彼は誠実で、働き者で、私が困っているときには、いつも力になってくれる人でした。


 けれど、実家が財政危機に陥ったとき、彼には子爵家を救うほどの財力がありませんでした。


 独立して商売を始めたばかりだったのです。


「すまない、クラリス。今の俺には、君の家を助けることができない」


 縁談を受ける前、彼は悔しそうに言いました。


「謝らないで。あなたは何も悪くないわ」


「三年後、君が自由になるなら……そのときまでに、俺は必ず一人前になる」


「ルーク」


「でも、待っていてくれとは言えない。君の人生を、俺の約束で縛りたくないんだ」


 私は泣きそうになりました。


 彼は私を愛してくれている。


 だからこそ、私の自由を奪わない。


「だったら、三年後にもう一度会いましょう」


「……いいのか?」


「そのとき、お互いの気持ちが変わっていなかったら、改めてお話をしましょう」


 私たちは、そう約束して別れたのです。


 そして今日、私は伯爵夫人になりました。


 目の前には、私を愛さないと宣言した旦那様がいらっしゃいます。


「つまり、君にも想い人がいるのか」


「はい」


「なるほど……」


 エドワード様はしばらく考え込んでいましたが、やがて小さく笑いました。


「これは都合がいいな」


「都合がいい、ですか?」


「ああ。実は私も、三年後には愛する女性と結婚するつもりなのだ」


 エドワード様のお話は、こうでした。


 伯爵家の先代当主であるお父様は、息子に家格の釣り合う女性との結婚を求めていました。


 一方、エドワード様が愛していたのは、男爵家の庶子として生まれた女性でした。


 父親には認知されているものの、正妻の子ではなく、家格の差もあるため、伯爵家の正式な花嫁としては認められなかったのです。


 そこでエドワード様は、家の求める結婚を一度受け入れ、家督を継ぐことにしたのです。


 家督を継いだ当主には、自分の婚姻を決める権限があります。


 もちろん、当主になった途端に妻を追い出せば、貴族社会からの信用を失います。


 だからこそ、三年間。


 伯爵家にふさわしい結婚を結び、妻に対する責任を果たし、円満に離縁する。


 そのうえで、今度は当主として自分の望む相手を妻に迎える。


 それがエドワード様の計画でした。


「父上にも、三年間は婚姻を維持すると約束している。君の実家への援助も、もちろん契約どおり行う」


「ありがとうございます」


「礼を言われることではない。君には三年間、伯爵夫人として協力してもらうのだから」


 私は改めて頭を下げました。


 するとエドワード様が、思いがけないことをおっしゃったのです。


「ところで、君の想い人は何をしている?」


「商人です。まだ独立したばかりですが」


「そうか。ならば、私からも支援しよう」


「……え?」


 思わず顔を上げてしまいました。


「よろしいのですか?」


「構わない。三年後に君を迎える男だろう? そのときまでに立派な商人になってもらわなければ、私も安心して君を送り出せない」


「ですが、そこまでしていただく理由が……」


「理由ならあるさ」


 エドワード様は、いたずらっぽく笑いました。


「君が安心して離縁できれば、私も安心して再婚できる。お互いの幸せのためだ」


 私はしばらく言葉を失いました。


 そして、ようやく口を開きました。


「旦那様」


「何だ?」


「私、三年間、全力で伯爵夫人を務めさせていただきます」


「頼もしいな」


「ですから、旦那様も必ず幸せになってくださいませ」


 エドワード様は目を丸くしたあと、声を上げて笑いました。


「ああ。約束しよう」


 これが、私たち夫婦の最初の約束でした。


◇


 結婚から一か月後。


 私は旦那様の愛する女性とお会いすることになりました。


 お名前はアンナ様。


 男爵家の庶子として生まれ、現在は町の仕立て屋で働いている女性でした。


 父親から認知はされていましたが、正妻の子どもたちとは違い、貴族として十分な教育を受ける機会はなかったそうです。


 それでも手仕事が好きだったアンナ様は、自分の腕で暮らしていく道を選んだのだと伺いました。


「は、初めまして、伯爵夫人様!」


 アンナ様は緊張した様子で深々と頭を下げました。


「そんなに緊張なさらないでください。私もお会いできるのを楽しみにしていたんです」


「ですが、私は……」


 アンナ様は申し訳なさそうに目を伏せました。


「奥様がいらっしゃる方を、愛してしまって……」


「結婚する前からのお付き合いなのでしょう?」


「はい。でも……」


「でしたら、私に謝る必要はありませんわ」


 私は微笑みました。


「私も、別の男性を愛しておりますから」


「……え?」


 アンナ様が顔を上げました。


 隣に座っていたエドワード様が、何とも言えない顔をしています。


「クラリス。もう少し説明してから話してくれないか」


「あら。事実ですもの」


「それはそうだが」


 私はアンナ様に、三年間の白い結婚について説明しました。


 そして、私にも三年後に再会を約束した男性がいることを。


 アンナ様は最初こそ驚いていましたが、話を聞き終えると、ぽろぽろと涙をこぼし始めました。


「……本当に、よろしいのでしょうか」


「もちろんです」


「私、ずっと怖かったんです。エドワード様と結婚できる日が来ても、誰かを不幸にしてしまうのではないかって」


「ご心配には及びませんわ」


 私は彼女の手を取りました。


「むしろ、三年後には一緒に喜びましょう」


 アンナ様は何度もうなずいてくれました。


 その日の帰り際、彼女が小さな包みを差し出しました。


「これ、私が作ったハンカチです。お礼になるかわかりませんが……」


 白い布には、小さな青い花が丁寧に刺繍されていました。


「まあ、素敵!」


「ありがとうございます。私、こういう仕事だけは得意なんです」


「こういう仕事だけ、なんておっしゃらないで。とても素晴らしい技術ですわ」


 私は本心からそう伝えました。


 するとアンナ様は、初めて嬉しそうに笑ってくれたのです。


 その笑顔を見て、私は思いました。


 旦那様がこの方を愛する理由が、少しわかった気がする、と。


◇


 それから、私たちの三年間が始まりました。


 旦那様は約束どおり、実家への援助を続けてくださいました。


 水害で壊れた橋が直り、畑が復旧し、領民たちの暮らしも少しずつ落ち着いていきました。


 父から届く手紙には、毎回のように感謝の言葉が書かれていました。


 私は伯爵夫人として、社交や屋敷の行事を担当しました。


 旦那様は領地の仕事で忙しい方でしたから、私ができる限り支えることにしたのです。


 もちろん、私一人で何でもできるわけではありません。


 執事や侍女長に教わりながら、少しずつ仕事を覚えていきました。


 失敗もありました。


 最初の晩餐会では、招待客の席順を間違えてしまい、執事に慌てて助けてもらったこともあります。


 旦那様に報告すると、怒られるどころか笑われました。


「私も当主になったばかりの頃、同じ失敗をした」


「旦那様もですか?」


「ああ。父上に一週間ほど説教されたよ」


「まあ……」


「だから、君には一週間も説教しない。次から気をつければいい」


 そんなふうに、私たちは少しずつ打ち解けていきました。


 恋人ではありません。


 けれど、互いを信頼できる夫婦にはなっていたと思います。


 そして旦那様は、ルークへの支援も忘れませんでした。


 ただお金を渡すのではなく、商人として仕事をする機会を与えてくださったのです。


 最初は伯爵領の小さな輸送契約でした。


 ルークは期限を守り、品物を傷めずに届け、約束した代金をきちんと受け取りました。


 次は少し大きな取引。


 その次は、別の商会との共同事業。


 旦那様は、ルークが実績を積むたびに仕事を増やしていきました。


 けれど、決して特別扱いはしませんでした。


「彼はよく働くな」


 ある日、旦那様が書類を眺めながらおっしゃいました。


「はい。昔から努力家なんです」


「うむ。だが、少々働きすぎではないか?」


「……そうなのですか?」


「先月など、三日続けて荷の確認をしていたそうだ。倒れられては困る」


 私は思わず笑ってしまいました。


「昔から、夢中になると周りが見えなくなるところがあります」


「それはいけないな。三年後に君を迎える前に倒れられては、私が困る」


「では、私からも手紙を書きます」


「ぜひそうしてくれ」


 旦那様は真面目な顔でうなずきました。


 その夜、私はルークに手紙を書きました。


『旦那様から、働きすぎだと伺いました。どうかお身体を大切にしてください。三年後、元気なあなたにお会いしたいのです』


 数日後、返事が届きました。


『心配をかけてすまない。これからはきちんと休む。三年後、胸を張って君に会えるように頑張るよ』


 私はその手紙を、何度も読み返しました。


 そして、大切に箱へしまったのです。


◇


 二年目の春。


 アンナ様が伯爵邸を訪ねてきました。


「クラリス様、お願いがあるんです」


「何でしょう?」


「私に、貴族の礼儀作法を教えていただけませんか?」


 私は少し驚きました。


「もちろん構いませんが、どうなさったのです?」


「男爵家の娘として認知はされていますが、私は正式な社交の場に出たことがほとんどありません。三年後、エドワード様と結婚できたとしても、私が何も知らなければ、あの方に恥をかかせてしまいます」


 アンナ様は真剣な顔でした。


「ですから、今から勉強したいんです」


 私は嬉しくなりました。


「でしたら、一緒に頑張りましょう」


 それからアンナ様は、仕事の合間に伯爵邸へ通うようになりました。


 最初はお辞儀の仕方から。


 次に、食事の作法。


 手紙の書き方や、客人への挨拶も練習しました。


 もちろん、私もまだ勉強中の身です。


 わからないことは侍女長に尋ね、二人で教えてもらいました。


 ある日のこと。


 アンナ様が練習中に、難しい挨拶を間違えてしまいました。


「ああ、また間違えました……」


「大丈夫ですわ。私も昨日、同じところを間違えましたもの」


「クラリス様も?」


「ええ。侍女長に三回も直されました」


 すると、後ろに控えていた侍女長が静かに言いました。


「四回でございます、奥様」


「……四回でしたわね」


 アンナ様が吹き出しました。


 私も笑ってしまいました。


 侍女長まで、少しだけ口元を緩めていました。


 そんな時間が、私は大好きでした。


 ある日、アンナ様が言いました。


「クラリス様。私、最初はあなたに嫌われると思っていました」


「どうしてです?」


「だって、私は旦那様の愛する女性ですから」


「それでしたら、私もアンナ様に嫌われる立場ですわ。旦那様と結婚しているのですもの」


「……確かに、そうですね」


 私たちは顔を見合わせて笑いました。


「でも、今は違います」


 アンナ様は私の手を握りました。


「私、クラリス様とお友達になれて、本当によかった」


「私もです」


 心から、そう答えました。


◇


 三年目の秋。


 実家から、嬉しい知らせが届きました。


 最後まで残っていた借入金の返済が終わったのです。


 領地の復旧も進み、今年は久しぶりに十分な収穫があったとのことでした。


 私は手紙を持って、旦那様の執務室へ向かいました。


「旦那様!」


「どうした、クラリス。そんなに慌てて」


「実家の借金が、すべてなくなりました!」


 旦那様は一瞬驚いたあと、満面の笑みを浮かべました。


「そうか! それはよかった!」


「はい!」


「君も、これで安心だな」


「本当にありがとうございます。旦那様のおかげです」


「いや、君のご家族もよく頑張ったのだろう。私は約束した援助をしただけだ」


 そう言ってくださるところが、旦那様らしいと思いました。


 その日の夕食では、二人でささやかなお祝いをしました。


 食後のお茶を飲みながら、旦那様がぽつりとおっしゃいました。


「もうすぐ三年か」


「そうですね」


「長いようで、短かったな」


「はい。私もそう思います」


 旦那様は少し考えてから、私に尋ねました。


「クラリス。君は、この結婚を後悔していないか?」


 私は首を横に振りました。


「一度も」


「そうか」


「旦那様は?」


「私もだ」


 旦那様は穏やかに微笑みました。


「君が妻になってくれて、本当によかった」


 私は胸が温かくなりました。


 この方と恋に落ちることはありませんでした。


 けれど、三年間を共に過ごせたことは、私にとって大切な思い出です。


「私も、旦那様と結婚できてよかったです」


 そう答えると、旦那様は少し照れくさそうに笑いました。


◇


 そして、約束の三年が過ぎました。


 離縁の日。


 私は旦那様と向かい合って座っていました。


 机の上には、二人の署名が入った離縁の書類があります。


「これで、正式に夫婦ではなくなるな」


「はい」


「三年間、本当にありがとう」


 旦那様は深々と頭を下げました。


 私は慌てて立ち上がりました。


「旦那様! どうかお顔をお上げください!」


「いや、言わせてくれ」


 旦那様は真剣な表情でした。


「君のおかげで、私は父との約束を果たし、伯爵家の責任を引き受けながら、自分の愛も守ることができた。君が協力してくれなければ、こんな未来はなかった」


 私は胸がいっぱいになりました。


「こちらこそ、ありがとうございました」


 今度は私が頭を下げました。


「旦那様のおかげで、実家を救うことができました。ルークにも、未来をつかむ機会を与えてくださいました。私一人では、何もできなかったと思います」


「それは違うぞ」


 旦那様は首を横に振りました。


「君は三年間、立派に伯爵夫人を務めてくれた。私もずいぶん助けられたよ」


「……ありがとうございます」


「それに、ルークが成功したのは彼自身の努力だ。私は最初の機会を与えただけだよ」


 旦那様は窓の外を見ました。


 庭には、春の花が咲き始めていました。


「さて、クラリス。最後に一つだけ聞いてもいいか?」


「はい」


「三年前、私は君に『愛することはない』と言ったな」


「覚えております」


「あのとき、君は安心したと言った」


「はい」


「今でも、そう思っているか?」


 私は少し考えてから、微笑みました。


「はい。あのお言葉を聞いて、本当によかったと思っています」


「そうか」


「だって、旦那様が私を愛さないと約束してくださったから、私は安心して、ルークを愛し続けることができました」


 旦那様は目を細めました。


「私も同じだよ。君が私の気持ちを尊重してくれたから、アンナを愛し続けることができた」


 そして、私たちは笑い合いました。


「不思議な夫婦でしたね」


「ああ。だが、悪くない三年間だった」


「はい。とても幸せな三年間でした」


 私たちは、最後にもう一度握手を交わしました。


 恋人ではなかった。


 愛し合う夫婦でもなかった。


 けれど、互いの幸せを心から願える、大切な友人にはなれたのです。


◇


 伯爵邸の玄関を出ると、二人の人が待っていました。


 一人はアンナ様。


 もう一人は、ルークでした。


「クラリス」


 懐かしい声がしました。


 私は思わず駆け出しそうになりましたが、どうにか足を止めました。


 三年ぶりに会うルークは、少し大人びていました。


 けれど、優しい瞳は昔のままです。


「ルーク……」


「久しぶりだね」


「はい。お元気でしたか?」


「ああ。君は?」


「私も、元気です」


 それだけ言うのが精いっぱいでした。


 ルークは少し緊張した様子で、私の前に立ちました。


「クラリス。三年前、俺は君に何もしてあげられなかった」


「そんなことは……」


「でも、今は違う」


 彼はまっすぐに私を見つめました。


「商会も軌道に乗った。君のご実家を支えるだけの力も、ようやくついた」


 私は黙って、彼の言葉を待ちました。


「もちろん、君が望まなければ、無理にとは言わない。三年も経ったんだ。気持ちが変わっていても、おかしくない」


「ルーク……」


「でも、俺の気持ちは変わらなかった」


 彼は私の前に片膝をつきました。


「クラリス。どうか、俺と結婚してください」


 涙がこぼれました。


 三年間、ずっと待ち望んでいた言葉でした。


 けれど、私は彼に待っていてほしいと頼んだことはありません。


 彼も、私を待たせる約束を強要しませんでした。


 それでも、私たちは同じ未来を望み続けていたのです。


「……はい」


 声が震えました。


「はい、ルーク。喜んで」


 彼が立ち上がり、私を抱きしめてくれました。


 私はその胸に顔を埋めました。


 三年間、夢に見ていた温もりでした。


 すると、後ろから大きな拍手が聞こえました。


「おめでとう!」


 振り返ると、エドワード様が満面の笑みで拍手をしていました。


 その隣では、アンナ様が涙を拭っています。


「クラリス様……本当に、おめでとうございます」


「アンナ様も、これからですね」


「はい!」


 アンナ様は嬉しそうにうなずきました。


 するとルークが、エドワード様の前に進み出ました。


「伯爵様。三年間、本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げます。


「あなたが機会をくださらなければ、今の私はありません」


「顔を上げてくれ、ルーク」


 エドワード様は彼の肩に手を置きました。


「君が仕事を成し遂げたから、今があるのだ。私は君を信用してよかった」


「……ありがとうございます」


「それより、クラリスを幸せにしてやってくれ」


「はい。必ず」


 今度はアンナ様が、私の前に立ちました。


「クラリス様。私にも、お礼を言わせてください」


「アンナ様?」


「あなたがいなければ、私はきっと、ずっと自分の生まれを引け目に感じていたと思います」


 彼女は私の手を取りました。


「でも、あなたは私を友達として扱ってくださった。伯爵夫人になるための勉強も、いつも一緒にしてくださった」


「私も、アンナ様と過ごした時間が楽しかったです」


「私、頑張ります。エドワード様の隣に、胸を張って立てるように」


「ええ。きっと素敵な伯爵夫人になりますわ」


 私たちは抱き合いました。


 そのとき、エドワード様が明るい声を上げました。


「さて! これで全員、約束どおりだな!」


「そうですね」


 私が答えると、旦那様は少しだけ真面目な顔になりました。


「いや、一つだけ訂正しよう」


「訂正、ですか?」


「ああ。三年前、私は君に『愛することはない』と言った」


「はい」


「だが、今ならこう言える」


 旦那様は私とルーク、そしてアンナ様を順番に見ました。


「君を妻として愛することはなかった。だが、友人としては心から大切に思っている。三年間、本当にありがとう」


 私は笑顔で答えました。


「こちらこそ、旦那様。私も、あなたを大切な友人だと思っております」


「もう旦那様ではないぞ?」


「あら、そうでしたわね」


 私たちは顔を見合わせ、笑いました。


◇


 それから一か月後。


 私はルークと結婚しました。


 エドワード様も、アンナ様と結婚されました。


 二組の結婚式には、お互いに招待し合いました。


 アンナ様は見違えるほど堂々としていて、エドワード様は彼女を見つめるたびに幸せそうに微笑んでいました。


 私も、ルークの隣で同じように笑っていたと思います。


 式のあと、四人でお茶を飲む機会がありました。


「まさか、あの結婚がこんな結果になるとはな」


 エドワード様がしみじみとおっしゃいました。


「本当ですね」


 私もうなずきました。


「でも、私はあの三年間があってよかったと思っています」


「私もだ」


 ルークが微笑みました。


「伯爵様のおかげで仕事を広げられたし、クラリスも伯爵夫人として立派に務めを果たした。俺も負けていられないと思ったよ」


「私もです」


 アンナ様が続けました。


「クラリス様に教わったこと、これからもずっと大切にします」


 エドワード様は、私たちを見回しました。


「では、これからも四人で仲良くしていこう」


「もちろんです!」


 私は迷わず答えました。


 ルークもアンナ様も、嬉しそうにうなずきました。


 あの日、旦那様は私におっしゃいました。


『君を愛することはない』


 あのときは、ただ安心しただけでした。


 けれど今は、あの言葉に心から感謝しています。


 私たちは、互いを愛することはありませんでした。


 その代わり、互いの大切な人を愛する自由を守り、幸せになるための三年間を支え合ったのです。


 そして今日も、私の隣にはルークがいます。


「クラリス、幸せ?」


 彼が尋ねました。


 私はその手を握り、笑顔で答えました。


「ええ。とっても幸せよ」


 するとルークも、嬉しそうに笑ってくれました。


 愛する人と、愛する人を支えてくれた友人たち。


 私には、こんなにも大切な人たちがいます。


 だから私は、胸を張って言えるのです。


 あの三年間の白い結婚は、私たち四人にとって、幸せな未来へ向かうための、かけがえのない時間だったのだと。

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