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『絶対に離れたくない人』

作者: ミオ
掲載日:2026/07/25

妻がいる。


正確に言えば、半年後、離婚する予定の妻。


夫婦関係は、もう終わっている。


話し合いも済んでいる…はず。


離婚も決まっている…はず。


だから彼は、すでに独身男性のような顔をしながら、日々を過ごしていた。


戸籍上はまだ既婚者。


そして、その彼には、彼氏持ち、家庭持ちの、元彼女のセフレもいる。


彼女に彼氏がいることも、家庭があることも、彼自身の現状も、お互いに知っている相手。


幼馴染みの元彼女。


今は一年前からセフレだ。


つまり彼は、


「半年後に離婚する予定?の既婚者」であり、


「彼氏も家庭もある女性と親密な関係を持っている男」だ。




ある日。


彼に、好きな人ができた。


気付いた時には、


彼の心の中に、その人がいた。


その瞬間、彼の中で、すべての優先順位が変わっていった。


妻は?


離婚予定。


子どもは?


俺にはついてこないだろう。


セフレは?


彼氏がいる。


全て、問題ない。


……と、彼は思っていた。


いやいや。


……問題しかなかった。




「俺、好きな人できたわ」


彼は、友人に告げた。


「お前、離婚予定の嫁がいて、彼氏持ち、家庭もちのセフレもいて、そのうえ好きな人?」


「そう」


「お前の人生、渋滞してんな」


「今までで一番好きだと心から言える人なんだ」


「いやいや、口に出すのはいいけどさ、まず、今いる人たちとの関係を整理しろよ」


「わかってるけど、それより、好きな人の近くに居続けて、意識してもらえる相手になることの方が、今は何より大事なんだ」


友人は黙った。


彼は、本気だった。


好きな人から離れたくなかった。


そのためなら、何でもするつもりだった。


いや。


何でもするというより、


好きな人に嫌われる可能性のあることを、必死に避けようとした。


その結果、


彼の生活は、


かなりおかしなことになっていた。


妻との、期限付きを忘れるような、平穏な日常。


好きな人に嫌われないよう、必死にする仕事。


セフレから連絡が来るたび、どう返すべきか?悩む。毎回。


「まだ、今まで通りでいい?」


「いや、好きな人ができたから、もう会えないってちゃんと言う?」


「何も言わない?関係切ったら、怪しまれない?」


「いや、そもそも何を心配しているんだ、俺は?」


結局、


「予定見て、また連絡する」


と、先延ばしの返事を送る。


最低だ。


しかし彼は、自分が最低な行動をし続けている…ということより、


「このことを好きな人に知られたら、嫌われる」


それを一番に恐れていた。


彼の人生の判断基準は、いつの間にか一つになっていた。


好きな人に嫌われない、こと。


半年後の離婚の話を妻とするときも。


妻との生活を整理するときも。


セフレとの関係をどうするのかも。


すべての基準は、


「好きな人に知られたとき、嫌われないか?どうか?」


だった。




ある日、


彼は好きな人に唐突に言う。


「俺、ちゃんとするから」


彼女は首をかしげた。


「えっ?何?」


「全部ちゃんとするから」


「何?どうしたの?」


彼は何も答えなかった。


離婚する。


生活を整理する。


人間関係を整理する。


自分の過去を片付ける。


そして、好きな人の一番近くに居続けられる男になる。


彼の頭の中では、壮大な人生再建計画が進行していた。




しかし現実は、


妻…離婚は半年後。


セフレ…関係の終わりを告げられず、だらだら続いている。


借金も完済出来る目処はまだない。


仕事も忙しい。


けれど、肝心の本人は、


「好きな人の傍から離れないように」


と、毎日必死に生きている。




ある夜、友人が言った。


「なあ、お前さ」


「何?」


「好きな人に嫌われないようにって頑張る前に、まず自分の人生を、まわりを、ちゃんと片付けたほうがいいんじゃない?」


彼は真剣な顔で考えた。


「……それをしたら、好きな人から離れなくて済む?」


「知らねえけど、今よりましにはなるんじゃね?」


「じゃあ、やる」


「動機、全部そこか」




彼は今日も頑張っている。


離婚に向けて。


借金返済に向けて。


セフレとの関係の整理に向けて。


その理由は、


好きな人から離れないために。


かつて彼は、


「自分の人生を自分らしく生きたい」


と、そう思っていた。


今は全く違う。


好きな人に嫌われないように、そのためだけに生きている。


そしていつの日か、


好きな人の傍から離れなくていい存在になるために。


それが、今の彼の最優先事項だ。




ちなみに、


彼の好きな人は、


まだ何も知らない。


離婚予定の妻と暮らし、


彼氏と家庭のある元彼女のセフレを持ち、


借金を抱えながら、


自分の一番近くにくるために、


そしてそこに居続けるために、


彼が、

 

毎日を今必死に生きている、


ということを。




彼は今日も、


大した用はない連絡を、


好きな人に送る。


挨拶のスタンプや、短い返事が彼女から来るのを、


妻やセフレと過ごしながら、


何時間も待つ。


既読はない。


当然返信も、まだだ。


たったそれだけのことに、


嫌われた?


彼は焦る。


iPhoneを置く。


「いや、忙しいだけだろう」


三分後。


またiPhoneを手に取り、確認する。


「……やっぱり俺、嫌われたのかな?」


返事が来るまで、


それを延々と繰り返すのが、


彼の日課だ。




その頃、


なかなか返事をしない彼の最愛の人は、


そんな彼の気持ちなど何一つ知らず、


連絡にも気付かず、


友人たちと楽しく遊んでいた。




彼の頭の中だけで着々と進行している、 


壮大な人生再建計画。


彼がそれを実現するのは、だいぶ先になるだろう。

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