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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

通さぬ鍵

掲載日:2026/03/11

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 む~、最近はどうも反応がにぶいなあ。接触不良か、あるいは壊れちゃったのかなあ。

 壊れる。考えてみると、やっかいな表現だと思わない?

 期待していたことができなくなる、ていうのが一言で表せるところ。道具とか機械とか計画とか情緒とか……誰かの意図がなくては、そもそも使わない言葉だろうな。誰も何も関与しなければ、ただそれがそうなった、というだけで片付けられるし。

 でも人間が社会を形成している以上、壊れたという表現はなくならないだろうなあ。その個体のみならず、他人にまで影響を及ぼしうるからやっかい。その中に重要事項なり人物なりが混ざっていたらシャレにならない。

 それがどのような原因で、どのように壊れたのか。本来なら技術者の皆さんの知恵と技をあてにさせてもらいたいところだけど、そうはいかないケースもあるんだって。

 うちの父親から聞いた話なんだけど、耳に入れてみない?


 一人暮らしをしていた、大学生のころらしい。

 借りていた部屋へ戻ってきたとき、鍵を差し入れて父はまず気づいた。

 回りづらい。すでに何年も付き合っていて、ほぼ習慣と化した鍵開けで、いつも通りに上へ回そうとしたときにやたら手ごたえを感じた。向こうで鍵をおさえられているかのような不自然さだ。

 いったんは戸を開け、中をあらためる父。靴を脱いで見える右手のキッチン、左手いっぱいの複数あるゴミ袋。

 分別のために相当数を用意しているものの、あえて道をふさぐように置いてあった、とは父の談。万一、泥棒なりが入った時には袋の動き具合、そうでなくとも透けて見える袋の中でゴミがちょっとでもずれていたら、それに気づけていたと豪語していたよ。

 けれども、それがない。誰も中には入っていないはず。

 戸を閉めた。鍵をかけ直し、また開け直す。今度はすんなりいった。

 鍵穴になにか詰まっていて、それが一度目を回した際にぬぐわれて取れたからだろうか?

 鍵そのものに汚れやぬめりはない。穴のほうかと思って、針金でほじほじしてみても特に異状は見当たらない。

 妙なこともあるなあ、と思いながら着替えてしばらくゴロゴロ。一度、近くのコンビニへ買い出しにいったものの、その帰りのカギはなんともなかったらしいのさ。


 この日から、父はドアの鍵の回り具合を気に掛けるようになった。

 長い間、なんともなく過ぎるのが当たり前のルーティン。そこを乱されるというのは、思っていたより心地悪い。

 毎日のことではない、と回数を重ねるうちにわかってくる。同時に、どうやら気のせいではなさそうだぞ、と思えるくらいには回りが悪いときもあったとか。

 父も気になり出したら追究をためらわない人。回りが悪い日を逐一確かめて、カレンダーにチェックをつけていったんだ。

 バラバラだ。何日ごとに定期的、などとわかりやすいものじゃない。父はもう少し回数を重ねて、日時のほかにそこで何があったかも思い出していく。

 天気? 晴れ、雨、強風、差別なし。

 交通手段? 徒歩、チャリ、電車、差別なし。

 受けてる講義? ハゲ、オジ、バアちゃん、差別なし。

 なんとしても法則性をつかもうと、父はより一日一日のできごとを思い出そうと、頭をひねっていく。

 そうこうしているうちに、回らないときの鍵の固さも増してきている。まるで父を中へ入れさせまいとしているかのようにね。


 それから50日あまりが経つ。

 父はようやく、ひとつの仮説にたどり着いたんだ。

 鍵の回りが悪い日に、決まって自分がしていたこと。それは通学や外出先のどこかで、未回収のゴミたちの近くを通ったこと。そこをカラスなどがついばみ、荒らしているところへ出くわしたことだったんだ。

 当初はまさかそのような条件であるとは思わず、もっと恣意的な部分に目を向けていたから遠回りになってしまった。

 しかし、この仮説が立ったとき、家へいったんすんなりとは帰れた父は、また上着を羽織って外へ出た。カラスに荒らされているゴミ捨て場を求めてね。


 一度、執念を燃やした父は止まらなかった。

 市内どころか電車にも乗ってそこらを練り歩き、ようやくゴミ袋を穴だらけにして、生ごみたちをついばんでいるカラスたちを目撃。家へとって返したんだ。

 部屋の前に立ち、ドアへ鍵を差し込む。

 回らなかった。2時間ほど前に戻ってきた時には、さしたる抵抗もなく受け入れてくれたそれが、今は石のような頑固さだ。ぴくりとも動かない。

 これが鍵でさえなければ、力の限りを込めていたものの、そのようなことをしたら鍵自体がぽっきりと折れかねない。絶妙な加減を探して力をこめすぎたためか、背中からも熱を感じ始めるほどになったとき。


 背中のすぐ近くで、カラスの鳴き声。続いて、何本もの足が父の背中を蹴りつける気配がした。

 思わぬ不意打ちに、面食らいながら振り返った父は、自分の背中から飛び去っていく無数のカラス。そして背中がすっかり破れた自分の上着を見ることになる。

 そして、頑固だった鍵穴はウソのように簡単に回ったのだそうだよ。


 もし、集めることでカラスになる「カラスのもと」らしきものがあるなら。それをできる限り入れさせないよう、部屋の鍵は頑張っていたのかもしれない。

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