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水面を滑る生首 ~多様性のファシズム~

作者: 実茂 譲
掲載日:2026/02/22

 何十年ぶりに市民プールに行った。

 三日坊主は覚悟の上。とにかく二時間、プールでウォーキングしよう。

 久々のプール。売店が地下に移った。レストランができた。

 そして、張り紙が増えた。

 個人指導禁止。

 市民プールというのは家族連れでにぎわう。

 そして、この世のなかには幼女を見て、発情するやつがいる。

 親がいれば、まだ大丈夫だが、小学生はどうだろう?

 こんなこと、わざわざ張り紙にせんといかんとは嫌な世の中だ。

 さて、プールで歩く。

 ヒマだ。途方もなくヒマ。

 それで他の客に目が行く。

 子ども連れ、わたしと同じ中年ウォーキング・マン。

 知的障害を持つ青少年の姿が目立った。

 その子を支えるのは決まって老人だが、水の浮力で体を支えやすいから転んで怪我をするかもとハラハラするよりかは安全だろう。監視員は十分すぎるほどいる。

 ペパーミント色の水泳帽をかぶった、すごく嫌そうな顔をした少女がいた。

 親に嫌々泳ぎを教わるのかと思ったが、保護者はいない。

 そして、ペパーミントさんはクロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライがパーフェクトだった。

 なんで嫌そうな顔をするのだろう。

 ただ、この子、人によく激突した。わたしも後頭部にバタフライのラリアットを食らっている。

 そうした多種多様な人びとのなかに、水面を滑る生首がいた。

 それも後ろ向きに滑る。頭はきちんと立っているのに、少しも沈んだり、浮き上がり過ぎたりしない。

 ちょっと潜って見てみると、この老人、必要最小限度の動きで生首ポジションをキープしている。

 絶対経験者だ。マジものの。

 そして、この老人が個人指導をしているのだ。

 ちゃんときいたわけではないが、あの達者な泳ぎからすると、選手かトレーナー経験があるようだ。さらにこの老人はその子どもが進む方向に合わせて、生首後ろ泳ぎができるから、泳ぎに足りない動作、過剰な動作を的確に把握し、適切な指導ができる。

 どうも名物先生らしく、保護者たちとも歓談している。

 体には一切触れない。滑る生首ポジションで把握し口頭で伝える。

 この老人、プールを去るとき、前に一礼、斜め前に一礼、横に一礼して、去っていく。

 その方角にはプールの安全を守る若き監視員たちがいた。

 まったく、誰だ! 個人指導が変態目的だなんてほざいたのは!


 分かっている。

 わたしに足りなかったのは寛容さだ。

 個人指導禁止ときいて、真っ先に変態どもを思い浮かべたわたしはだいぶ現代文明の毒に脅かされている(ただ、ひとつだけ釈明させてほしい。わたしは高校のころからジェイムズ・エルロイを愛読しているのだ)。

 さて、後ろに滑る生首が退場しても、わたしの退屈なウォーキングは続く。

 閑人はヒマになるとろくでもないことを考えるが、わたしもいろいろ考えた。

 炎上についてだ。

 前日、あびゃあ、と脳みそを空っぽにして、YOUTUBUを適当に流していたら、四回連続ぐらいで死者を馬鹿にしたタワケどもの末路に関するホラーな動画が続いた後、何かの炎上に関する切り抜き動画みたいなものに出くわした。

 何かの病気を揶揄した、いじめについて不適切な発言をした、ユーチューバーたちの紹介が次々とされていく。そのなかにひとり、土人という言葉を使って炎上したという話が おや?と思った。

 見てみると、それはアニメ風の絵をつけたVtuberと呼ばれるタイプの配信者なのだが、アニメの絵は若いし、謝罪の声を聴いた限り、若い。

 そもそも、よく土人なんて言葉知ってたなと思い、軽率な使い方をしたのが叩かれて炎上したわけだが、この手の動画を見るのは中学生なのになあと思いながら、昔、図書館で見かけたクソババアを思い出して嫌な気分になった。

 恐らくハドソンの『はるかな国 とおい昔』とだったと思うが、それに土人という言葉が使われているから図書館には置くべきではないと言っていたのだ。

 クソババアだなあ、と、わたしが思ったのは、すぐ後ろで列に並んで待たされていたというのもあるが、ババアがただ言葉狩りしたいだけなのがありありと見て取れたからだ。見て! わたし、差別表現と戦っているの! わたしって素晴らしい人たちの仲間でしょ!

 ちゃんと読めば、そう悪い意味で使われていないことがわかってもいいはずなのだが。

 土人。土と人。まあ、悪さする意味があるとすると人のほうだが、土にどんな悪い意味があるのだろう?

 土人については水木しげる氏が有名だろう。

 戦争にとられて、南方の島に送られ、腕を一本失って、味方に見捨てられた水木氏を助けたのは、その島に以前から暮らしていた土人たちだった。

 土人は土とともに生きていた。土に汚れながら、土から恩を受け、土に感謝して生きていた。

 土人たちは言葉もわからない水木氏を助け、歓迎し、土とともに生きる仲間にしてくれた。

 それに対し、土をアスファルトで封じ込め、土に汚れることなく暮らす文明人たちは、そのとき、世界じゅうで何をしでかしていたのか。

 ハドソンの土人にケチをつけていたババアから感じるのは敷いたばかりのアスファルトのねちゃつきであって、貶められた人々がいて、世界がその人たちに対して公正であるべきだという切実さではない。


 現代は多様性の時代らしい。

 現代人は公人環視の場で「あいつは多様性を重んじない!」と烙印を押されることを恐れている。

 こんなこと言うと、炎上するかもしれないが(でも、わたしの文を読む人間なんていないから炎上はしないだろう。社会的影響力ゼロの不人気者の役得のひとつである)、わたしは多様性がない。

 そもそも、多様性は目指すものではない。

 各人が各人の信じるところに生きた結果、なるものだ。

 極論を言えば、多様性をどうしても理解できない人間を包括するのが多様性なのだ。

 だから、上記の土人の話で、かの女性をクソババア扱いした時点で、わたしには多様性が欠けているのだ。

 もちろん多様性に欠ける行動や発言で、傷つく人がいるなら、是正を求めるのは正しい。

 人気があって影響力のあるVtuberが土人をあまりよくない意味で使ったのであれば(特に子どもたちはこの手の()()()言葉を翌日の学校で情け容赦なく使うことが想像できる)、是正は求めるべきだし、その結果、炎上することもあるだろう。

 だが、その炎は焼き尽くしてやろうとして点けるのではなく、星のない夜をゆく船を導く灯台守の炎であるべきだ。

 でなければ、多様性から寛容さが失われる。

 寛容さを伴わない多様性は誰かを守るためという初期の目的を忘れ、容易にファシズム化する。

 そして、それはこれまで人類が経験したことのない、タチの悪い圧制をもたらすだろう。

 いまのところ、多様性に勝てる思想が存在しないからだ。


 多様性をファシズム化させない鍵は市民プールのフリーゾーンにある。

 人は生まれながらに自由だが、自由にも終わりがある。

 そこにあるのは圧制や独裁ではなく、他者の自由であり、自由と自由が出会ったとき、それはもっと素晴らしいものへと昇華する。

 市民プールの注意書きには『個人指導禁止』よりも大きく書いてあるものがある。

『プールは譲り合って使いましょう!』


 まあ、はやい話、全員焼け死ねばいいと思って火をつけるやつは片っ端から市民プールのフリーゾーンに叩き込む。

 そして、後ろ生首泳ぎを教えればいい。

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― 新着の感想 ―
先生サブタイトル(ルッキズムは題名において差別ではありません、げーカッコイイ!)に関しては、わかります三択なら確実に正解とれそうな気が、ヨッシャアぷーるに投入だっと血がたぎる!のですが主題のほうがです…
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