第四話「童話迷宮」
更新が遅くて申し訳ないです。
少しづつ物語が動いてまいりました。
新井百合香。(26)歳。
思えばこれまでの人生私は一生懸命努力をして何かを成しえたことはほとんどないように思う。小さい頃は童話の中のお姫様にあこがれるごくごく普通の少女だった自負がある。私の母親はいわゆる男受けするタイプの女性で、事あるごとに「女の子は愛されないとね。男の子に好かれて生きるのが幸せになれる道なの」と祈りにも呪いにも似た言葉を私に投げかけた。そして私自身母親によく似て、それなりの美貌と悪くない地頭をもって生きてきた。努力ではなく、与えられたカードを利用して最大限の効果を発揮する。なるほどどうして、確かにそれは効率的ですばらしい。しかし、そのせいで私は努力の価値と意味を見失い迷子になったのだ。
おそらく私は一生なんとなく、そこそこの幸せに価値を見出していくのだと考えていた。
大学時代は、男の人たちからちやほやされ、私立文系女子大生らしい爛れた生活に身をあずけた。地元で就職した後は、両親からいつ結婚するんだ、というこれまたよくある質問に苛まれて、結局地元に再び別れを告げて東京の会社に転職した。
そこで、咲先輩と出会った。
正直第一印象はあまり良くなかった。すこし男っぽい端正な顔立ちと高い身長が相まって、なぜか私のような女を見下しているのではないかとの錯覚を覚えたのだ。しかし、少し一緒に働けば咲先輩がどういう人間なのかはすぐに分かった。仕事にまじめで何より、自分以外の人間に迷惑をかけないように最大限努力する。そして同じキャリアの男性社員たちも太刀打ちできないほど、仕事で成果を上げ続けている。そして、咲先輩はこんな私の能力を見た目ではなく「機転が利いて、独創的なアイディアを出せる人材」として評価してくれたのだ。誰にも負けないほど仕事ができる咲先輩に認められたことで「ただ、男に愛されるだけの自分」に対して少し嫌悪感を抱くようになった。
そんなある日、残業中にふたりきりになったタイミングでなんとなく「咲先輩はなんでそんながんばれるんですか?」と尋ねてみた。正直なところ、この人は自分と違っていわゆる努力の天才というやつで、はなから出来が違うのだと納得したかった。しかし咲先輩から帰ってきた言葉は意外な返答だった。「…。新井さんが私をどう評価してるか分からないけど、私って割と利己的な人間なの。自分の利益を最大限にするためには、他人からの評価が不可欠。だから私はできる限り頑張って、多くの利益を得たいの。ごめんね、こんなカッコ悪い先輩で」曖昧な笑顔で微々たる本音をくれた咲先輩。
今まで頼りにあるカッコいい同性の先輩と思っていた人が、自分の中の柔らかい場所を少し見せてくれたことに私は大きな興奮を覚えたと同時にある違和感を覚えた。そうだ、いつもは咲先輩と呼ぶと訂正するのに、今は訂正されていない。
「…。今日は咲先輩って呼んで大丈夫なんですか?…ってごめんなさい、私ってば変なこと言って…」と心の声が漏れ出てしまい、慌てて訂正しようとした。すると、咲先輩は「気にしないで。いつもは周りの人への配慮があるから訂正しているけど、ふたりきりなら別にいいよ。むしろそうやって慕ってくれるのはとても、そのうれしいし」赤い顔を隠すようにPCにぐわんと顔を寄せて答えてくれた。ああ、咲先輩はじつは私なんかよりも弱く、もろくて、だからこそ努力を重ねてその場所に必死に立っているのだ。そう思うと一気に可愛らしく見えてきたのだ。
その日から私は部長や決定権のある役員たちに近づいて咲先輩のチームに入れるように根回しをした。
一緒のチームで毎日話すようになって気付いたことがある。咲先輩は私の顔、目、そして身体をじっと見ている瞬間がある。私がそれに気づいて、視線を合わせると、かならずふいっと気まずそうに眼を逸らすのだ。最初は、少し派手な私の容姿を疎ましく思っているのかと感じていたが、すぐに違うと気づいた。これは私が思春期以降から慣れ親しんだ、この男受けするたれ目で愛嬌のあるたぬき顔、すこしぽってりとした唇、そしてこの大きく成長した胸に、性的興奮を抑えきれず無遠慮に視線を這わす男どもにとても近い。もちろん、咲先輩の視線にはそのような、不愉快な質感は無いのだが、一つの結論に至った。そう、咲先輩の恋愛対象はおそらく女性だ。しかも、この露骨で不器用な態度を見るに恋愛経験自体はないのではないだろうか?
その事実に気づいた時、私の中で何かがはじける音がした。(咲先輩、私を見て我慢してるんだ…!)
最初はただの先輩後輩として、仲良くなれればいいと思った。でも、気づいてしまってからは、膨張の一途を辿った。私の感情は咲先輩への独占欲がただ充満している不健全な状態だ。でも、それでも恋なのだ。私はこれまで異性関係に関してはかなり奔放な人間だった。そんな私がこれまで経験してきた恋愛など、ただの気の迷いと完全に思ってしまったのだ。これまでの私の人生を軽ろやかに否定する、計り知れないほどの湿度と熱を帯びたホンモノの恋に出逢ってしまった。
咲先輩の遠慮がちな私への情欲の目線が、私の細胞一つ一つに入り込み、だんだんと変化をもたらした。咲先輩はおそらく私のような軽薄で、中身がなくて、流行りに乗っかるだけの女が好きではない。しかし、その身体や表情のことは人一倍気にしてしまう。ああ、神様。咲先輩は好きでもない、趣味も合わない、私のような女で"女”を知ってしまったらどんな表情をするんでしょうか?そんなどす黒い感情が渦巻くようになった。
時間をかけて距離を詰め、ついに私の家へ咲先輩がやってくる。これまでに何度か彼氏と呼ばれる存在に所望されてもかたくなに作らなかった料理を咲先輩のために覚えて、これまで持て余した夜にその熱を放出するために、呼び出していた幾人の男たちの連絡先もすべて消した。部屋全体もそうだが、とくにお風呂場は入念に入念に掃除し、あとは明日起きたら完璧なベッドメイクを行うだけ。
これが人に対する執着の力かと思うととてもうれしかった。何者にも真剣になれなかった私が、咲先輩のためならばこんなにも努力ができるのだ。 そういば口実にするために使ったPiNKには感謝しなければと思い、Bluetoothスピーカーに接続させてサブスクアプリでアルバムを流していると、メッセージアプリの通知音が部屋に鳴り響いた。
「咲先輩起きてたんだ。平日はいつも寝るの早いって言ってたけど」数分前に私が送った脳みそお花畑のかわいい年氏の後輩キャラで送ったメッセージに対する返信だった。
【ありがとう。たのしみにしています。あと当日、友だちも一緒に行きたいって言ってて。大丈夫かな?】
「は?」
思わず声が出た。咲先輩と私の時間を邪魔する奴が入り込む?
そういえば、最近咲先輩が必死になってインスタを見ていることがあった気がする。
それがその友だち?、なぜその友だちがわざわざ来るのかまったくもって意味が分からない。
意味が分からないが一つだけはっきりしていることがある。
その友だちとやらは、私にとって大きな障害になるのだろう。
ここまで、お膳立てして、やっと咲先輩にこの身体を差し出す準備ができていたのに。
上等だ。受けて立とう。
どれだけ歪んだ感情だとしても恋は恋だということを証明しなければならない。
まず、牽制は必要だろうと返信をする。
【楽しみにしている咲先輩かわいいです♡全然知らない人の家に来たいなんてお友だちさん変わってますね笑
でも、咲先輩のお友だちなら私もごあいさつしたいのでぜひ!】
そのお友だちとやらがどういう人間で、咲先輩とどんな関係なのか分からないけど、正直負ける気がしない。今まで培ってきた経験全て活かして咲先輩を手に入れる。
だって、この私が初めて執着を覚えた運命の人だから。
私は恋心を原動力にこの迷宮を抜け出して、童話のお姫さまにあこがれた無垢な自分にもう一度会いに行くのだ。
読者さまたちはもうお気づきかも知れませんが
筆者は、恋する女性の独白がとても好きなのです。
これからも頑張りますので、ぜひご感想など頂ければ幸いです。お気に入りなども何卒。




