第二話 「雪、無音、窓辺にて。」
第2話です。
遅筆に遅筆が重なり更新が遅くなりましが、今後も頑張ります。
「咲先輩!前一緒に家でPiNKのライブDVD観ましょって約束したの覚えてますか?」
「ああ、なんでしたっけ、確かそんなこと言ってたような…」
「咲先輩忘れっぽすぎですよ~!来週土曜日とかどうですか?」
「来週の土曜ね。予定空けておくわ。それと何度も言ってるけど、咲先輩ではなく、千井野さんと呼びなさい。新井さんも忘れっぽいのは一緒でしょ」
「ちぇーいい加減デレてくださいよ~、でも土曜日めちゃめちゃ楽しみです」
「はいはい、じゃあまた時間が決まったら教えてちょうだい」
「はーい!腕によりをかけた手料理で、さきせ、千井野さんの胃袋をがっちり掴みます!!」
楽しそうに未来予想図を話す新井さんを、後目に私は全神経を集中させてブルームブルーのインスタの最新更新を凝視していた。
【今日は雪ですが、新たな芽吹きが遠くに聞こえる気がしますね。そんな今日もブルームブルーに変わらぬご愛顧よろしゅうです ソメヤ】
なんとはっとする気付きを与えてくれる文章でしょう。染谷さんはバーに出勤すると不可解な画像にステキな文章を添えて投稿してくれる。今日の画像はブレまくって三人写っているように見える自撮りだった。染谷さんが三人いるなら、この悲しみにあふれた世界から、戦争も貧困も裸足で逃げ出すこと請け合いである。
最初の衝撃的な出会いから、幾日か経って分かったことは染谷さんは基本的に週末の金土日に出勤しているようだ。それ以外は愛などについて深く思考しつつ、生活の基盤を築く活動(と言う名のアルバイト)をしているようだ。所謂一つのダブルワークというやつである。
あまりプライベートに踏み込むのもあれかと思い躊躇していたが、染谷さんの方から「私のもう一つの顔ってなんやとおもいます?」っと切れ長おめめをピピッと見開きクイズを出題してくれた。なんらヒントの無い中、八百万の職業をかき分けてたどり着かねばらならないので、些か難しかったがその思考時間すらもこの世の春と思えるご褒美に感じられた。ちなみに正解はフリーのイラストレーター(染谷さん的には流浪の絵描きと表現したいらしい)をやっているとのことだった。
フリーと言うことは私が発注することもできるということである。なるほど、私が一般社会に馴染んで、まじめに働きお給金を得ているのは染谷さんのパトロンとなるためか…!と天啓を得そうになったが、さすがに関係性も構築せぬまま、依頼することは憚れたため一旦その欲望は心の金庫にそっとしまっておいた。
「わー!咲さんいらっしゃい! 今日まだ誰も来てなくて、咲さんお客さん第一号です!初号機!」
店に入るやいなや、くるくるとまわりながら喜びを全身で表現してくれた染谷さん。染谷さんは表情こそそこまで変わらないが、大きく体を動かして的確に感情を示してくれるのだ。それがとてもかわいいのだ。
「えー、そうなんだ?やっぱり雪だからかな?」
「雪ってこんなに触りがいがあるのに、なんでみんな触りに出かけないんでしょ?咲さんはもう雪触りました?となりの駐車場に泊っているベンツさんにめっちゃ積もってたんでチャンス来てますよ!」
「触りがいって初めて聞いた“がい”だ…。あとチャンスってなんのチャンス?」
「そんなん雪に顔をうずめて、両手もついてうわーってするチャンスですよ」
そういいながら染谷さんは雪に突っ伏してうわーっと顔と両手を左右に動かすジェスチャーを披露してくれた。
「他人の車に積もった雪にうわーっとしちゃダメじゃない?」
「倫理感より雪との邂逅が大事なんですよ…。でも確かに勝手にしちゃアカンですね。これからはうわーってしていいですか?って聞いてからにします」
ということは、もう染谷さんは車の上に積もった雪との邂逅を楽しんだ後なのだろう。たしかに、よく見ると鼻の頭がかすかに赤い気もする。こんなにぎゅっとしたい赤鼻のトナカイだったら、笑われるどころか世界中の企業からCM出演の依頼がひっきりなしであろう。「咲さん今日もハイボールでいいですか?」
「ええ、染谷さんのハイボールで今週の疲れを流し込むのが今の私の幸せなんだ」
「きゃー!それもう世が世なら一緒に三途の川でライン下りするところですよ!」
「そんな楽しそうに心中を表現できる人がこの世に存在するとは思わなかった」
「この表現をしっかり心中と捉えてくれる咲さんホンマに感謝しか浮かばん!!」
ふたりでお互いの言葉選びを褒めながら飲むハイボールはまさに蜜の味で、その密が確実に私の心をむしばんでいることは自明の理だった。
「咲さんって今まで恋人いたことあります?」
楽しかった時間に少し、寒々しい空気が通った。
「…。どうして?」
なんとか不自然な間を最小限に抑えて答えた。
「いや、うちって生涯恋人ナシ人間でして。大人の女性たる咲さんの経験から今後の対策なんかを立てたいなーっと」
これまで恋人がいたことがないという発言にとてつもない安堵と、染谷さんが言う今後とは所謂男性との恋模様のことなのだろうなと勝手に帰結して悲しみの風船が大きく膨らんでしまった。
「…。どうだろ?まぁ染谷さんはまだまだ若いし、これからどうとでもなるよ」
ありきたりでとてつもなく無責任な言葉とぐいっと一気に煽ったハイボールのお代わりで一刻も早くこの話題から逃れようとする。
「??咲さんなんかいつもと言葉の色がちゃいますね?どうゆうことやろ?」
カワイイおめめに?の感情をこれでもかと浮かべて嗜好する染谷さん。
「じつは私も、その恋愛が成就した経験がなくて…。こんな年齢でおかしいよね」
自嘲気味に笑いながら、なぜこれまでの“恋愛”が上手くいかなかったのか明確な言葉は避けて避けて言葉を選ぶ。
「年齢なんてホンマ関係ないし、咲さんはそれわかってますよね?きっとうちには言えない何かがあるんですよね?」
ハイボールをつくりながら、一生懸命真正面から言葉と視線をぶつけてくる。そのストレートな感情が愛おしくて、とても怖い。
「そうだね、私は染谷さんに言ってない色々あれこれがあるよ」
「それって今は言えないって意味ですか?」
「うん、今はその言葉を私から切り離すことができないの」
「うーん、なるほど」と唸りながら、猫のように目を閉じて頬を触る染谷さん。
「私、なんかめっちゃ咲さんのこと知りたいんですよね。この知りたいが知的好奇心からくるのか、なんなのか。名前のない感情がうちの中で渦巻いてます」
「私なんか空っぽだよ。染谷さんにみたいに色々考えてないし」
「うちはそうは思わないんですよね」
ハイボールをコースターに載せながら、一度も視線を逸らさず染谷さんはこう紡いだ。
「うちの人生はもしかしたら、咲さんを解き明かすためにあるんでしょうか?」
「え?、え??」
私の指に自らの指を重ねて
「咲さんに触りたいって思うのも、咲さんを笑わせたいって思うのも、会ったことのない咲さんの後輩さんに少し嫉妬してしまうのも、ぜんぶうちは知らん感情なんです。てんこ盛りすぎてびっくりしてるんです」
そのまま重ねた指に視線を落として、続ける。
「うちらってこの先どうなれるのか気になりません?」
瞳をキュッと細めて私に笑いかける染谷さんの表情は、いつも通り感情が読めないようで駄々洩れで。その笑顔は初めて会った時の天使にそっくりなのに、なぜか少し妖艶に思えた。
「なーんて、こんなんしてるの店長にバレたら怒られますね!」
にぱっといつもの雰囲気に戻った染谷さんに追いすがるように言葉を紡いだ。
「染谷さん、私は…。これからも染谷さんと」
言葉を遮るように染谷さんは、もう一度指を絡めてこう言った。
「碧って呼んでください。あと、咲さんのこと、これから全てつまびらかにするので、覚悟してくださいね?」
私が盲目的に愛した天使の二面性は、さらに私から残った五感をも奪っていく。
先人たちが“落ちる”と表現した恋。なるほど言い得て妙である。
私が今立っているのは不可逆な奈落の入り口なのかもしれない。
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