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1.1_脱線事故の知らせ
「業務連絡。第三信号所で貨物列車が脱線したとの情報が入りました。」
まだ夜明け前の構内に、無機質なアナウンスが響いた。
仮眠室の薄い毛布の中で、榊原澪は目を開ける。
(……脱線?)
胸の奥に、冷たいものが落ちていく感覚。寝ぼけは一瞬で吹き飛んだ。
雪深い南東北の山間にある霜ヶ原駅。
旅客よりも貨物が主役のこの駅では、貨物列車の運行が止まれば町全体が凍りつく。
しかも第三信号所は、炭鉱へ続く貨物線の分岐点だ。貨車の積み荷と利権が複雑に絡む、地元でも“触れたくない”場所。
放送は続けた。「死者・負傷者なし」
安堵と同時に、澪は一つ息を吐く。だが、その知らせは、彼女の日常を静かに壊し始めていた――。
ここ霜ヶ原駅で、旅客案内係として働く澪にとって、脱線事故は他人事のはずだった。
だが、その数時間後。勤務を終えて帰るはずだった澪に、副駅長から一つの頼みが舞い込む。
「本庁から来た広報担当を、事故現場まで案内してほしい」
それが、後に国鉄の奥深い闇を暴くことになるとは、このときの澪はまだ知らなかった。