醜悪
もう一度、ハナに集まった。全員の顔が暗いのは仕方ない。
店の片付けをしてるアジサイは、こちらを気にしてないように見せているが、時折手が止まっている。
タネは、店の隅っこでご飯を食べている。
今日は、古参以外誰も居ない。
ユユは、カリンとリズのところにいる。
もう一度話をしたいと、ジニアからの提案だった。
「…集まってくれて、助かる」
「…話って?」
マリーは、少し嫌な顔をしている。
ジニアはカバンから、回収員のジャケットを取り出して、机に置いた。
「ちょっと…」
「…俺は、回収員を辞める」
真剣な顔で、ジニアはみんなを見る。
キキョウとジニアが目を合わせる。
「…理由は、まぁ聞くまでも無いですね」
「……すまない」
俯くジニアに、マリーが声を漏らした。
「…行くんだ」
「あぁ、行く」
「どうして?」
「皆も、忘れたわけでは無いだろう。俺たちは、ヒマワリを置き去りにして来たんだ」
アジサイの手が止まる。きっと僕の顔も、引きつっているのだろう。
「俺たち回収員は何のために始めたんだ?置いてきたヒマワリを、せめて弔うために…探し出すために始めたんじゃなかったのか?」
「そうだよ…でも、今はもう、私達だけじゃない…それに、トラックから、出てこなかったんでしょ?」
「だから、俺は回収員を辞める。俺にとって回収員は、彼女を探すための動機でしか無い。だから俺は、果たせなかった約束を放置できない」
マリーが立ち上がる。その目の涙の奥に、怒りの感情が見える。
「…何それ。これまでの私達は、どうでもよかったの?」
「たった今、俺にとって回収員は不要になった」
ジニアの目は、とても冷めていた。見下ろす眼光がマリーを刺す。
「…私に押し付けて好き勝手やってたくせに!」
「トラウマで動けないマリーが、自分で選んだんだろ」
「やめなって!2人とも!」
サルビアが仲裁に入ろうとするが、2人の熱は上がっていく。
「お前たちは、もうヒマワリの事なんでどうでもいいんだろ!?」
「違う!!」
「いいや、違わないな!誰のおかげで、今こうして生きる道を選べてると思ってるんだ!」
「あんたが言わないでよ!ヒマワリちゃんの事なんにも分かってない癖に!!」
その言葉に、1度静かになった。初めに声を出したのはキキョウだった。メガネを外しながら笑っている。
「くっだらねぇ。だーれも分かってなかったろ。だから責任だけ押付けて、一人残して置いてきた。そうだろ?」
「…だって」
「そんなんでリーダーの代わりになれてるつもりか?マリー。僕が代弁してやるよ。お前が居なけりゃ、あの時もっと進めてたんだよ」
半笑いのキキョウを、立ち上がったサルビアが殴った。
止めに入る元気は、今の僕には無かった。
「…そんな事、あんたしか思ってないね」
尻もちを着いたキキョウは、殴られた頬を気にすること無く、静かに言う。
「…どうかな。ジニアはこうして行きたがった。ベゴニアもそうだ。サルビアだって、なにか探してるのに、ここに縛られている」
「何様のつもり?ボクの捜し物はね、もう何処にもないの」
「ジニアは、捜し物が目の前にある」
黙っていたマリーが、泣きながら声を上げる。
「じゃあ、見殺しにしろって言うの?」
「あぁ、そうさ。全員見殺しだ!僕たちがヒマワリをそうしたようにな」
サルビアがキキョウをもう一度殴った。
「ボクだって!探しに行けるならそうするさ!好きでこうなった訳じゃない!!」
僕は、もう一度殴ろうとするサルビアの手を掴んで止めた。
「…何?だんまりさん」
「…僕は、黒船と協力して奥に行く」
椅子にかけたジャケットを羽織る。皆が固まる。
「ヒマワリだけじゃない。この国の再生、更なる行動範囲の拡大。そして、タネ。この遠征には、色んな意味が詰まっている」
「…で?」
サルビアが冷たく言い放つ。
「来てくれる人は、来て欲しい」
沈黙。心臓が痛かった。皆がそれぞれ目を合わせる。
マリーが、レストランから出て行った。立ち上がったキキョウが、同じようにドアに手をかける。
「…任せた」
そう言い放って、店を出て行った。
店には、僕とジニアとサルビア。サルビアが残ったのは、意外だった。
立ちすくむ僕らに、冷たい物が頭から被る。床に散らばった水を見て、アジサイを見る。
「…頭は、冷えましたか?」
びしょ濡れのお互いを見比べていると、何だかおかしかった。
アジサイも、自分で水を被る。
「ベゴニアさんが口を出すまで待つつもりでしたが、それで決着が着いてしまいましたね」
「……そう、だね」
「皆さん、バカですよ」
濡れた体のまま、椅子に座る。
同じくびしょ濡れのジニアが口を開いた。
「…ベゴニア、聞かせてくれ」
「今ので全部だよ。その前に、マリーに謝って来なよ」
「…解ってる」
俯いたサルビアが、恐る恐る聞いてくる。
「…2人は本当に、マリーが居なければ良かったって…思ってるの?」
「…あの時、そう思ってないと言えば嘘になる」
「だからこうして、俺たちは今そのリベンジに燃えているんだ」
「…そっか、酷い人だね。私達」
「…やっぱり、みんなで謝りに行こっか」
食事を終えたタネが、お皿を持ってこっちに来た。
アジサイが皿を受け取る。
思い出した事がある。タネは、ママには1人しかなれないと言っていた。
それなら、タネとユユはどうするのだろうか。
「…タネは、ママになりたい?」
「…うん」
「ママになる為には、何が必要なの?」
「リズ」
一瞬、なんて言ったか理解を拒んだ。
「…え?リズ?」
「うん」
ジニアもサルビアも、目を丸くする。
その答えを咀嚼する前に、空気を裂くような音が響いた。
警報だ。
誰もが存在を忘れかけていた、鳴るはずのない警報。
コミュニティに立てられた鉄の鐘が、初めて声を上げた。




