写真には映らないもの
暴れる音で目が覚める。
「服なんか着るか!こっち来るな!」
「やだ」
「やだはこっちのセリフだ!!」
服を着たく無いユユが、タネから逃げている。
見た目は姉と弟なのに、何故姉側のユユが逃げているんだ。
ユユの腕を掴む。青ざめた顔をしてゆっくりとこちらを見るユユに、タネが服を持って近づく。
寝癖を直して髭を剃る。本当はめんどくさいが、ガスマスクを付ける上で髭は邪魔だ。
腕としっぽを隠させて、タネとユユを連れて外に行き、回収員の掲示板を見ていると、マリーに呼び止められる。
「ベェはダメだよ。次倒れられても困るから」
「…こいつらは、ここに居ても腹を空かせるだけだぞ」
「そうだ。ジニアに任せよう!」
「まぁ…それしかないか」
今回の遠征は通常のもの拾いがメインだ。
カリンはリスクを考慮して行かないらしい。
電車に乗るジニアとタネとユユを見送る。
何故かホルンとサルビアも電車に向かっている。
サルビアは左の口から耳にかけて大きく縫い目があり、右腕には包帯が巻かれている。
「…もう行くのか」
「そりゃあね。やばい虫が居るんでしょ?」
「クラウスだっけ?あれもそうだろ」
ユウトとエヴェリンは、特異な虫のことを「終末種」と呼んでおり、それぞれに名前もあるそうだ。
以前サルビアとカリンが殺した大ムカデにも、既に名前があるらしい。
「ベェに虫殺しの数で負けたくないし」
「安心しろ、僕はまだ一体も直接戦ってない」
クラウスの時は蜘蛛と対峙し、アウリスの時は取り巻きを殺してた。なんなら、その2体のキルはそれぞれカリンとシライシだ。
「なら、次はボクが手柄を取るよ」
「またベッドに戻らないことを祈るよ」
サルビアはだるそうにピースをして乗り込む。
ホルンがこちらをちらりと見て、サルビアについて行った。
ルンクもヴィンも、今回の遠征には行かない。
積まれたM41軽戦車、ベティの上で、エヴェリンがユウトに手を振っている。
「ユウトは行かないのか?」
「君の元嫁に義肢や兵器を教える必要がある」
「どこまで聞かされたのやら…」
片方は、補給や定期報告の為に1度戻るのだそうだ。確かに、長期戦が厳しいユウト1人より、戦車で突っ切れるエヴェリンの方が向いている。
ギリギリに来たシライシの背中を叩いて見送る。
「ベェさん、なんか欲しいものあります?」
「…新しいシャツが欲しいな」
「分かりました!ドラゴンがいいですか?サメがいいですか?」
「…無地でいい、大人用だぞ?」
出発組を見送ると、その静けさに少しの寂しさを感じた。
コミュニティの喧騒が、余計に孤立感を与えてくる気すらする。
マリーに何かすることは無いかと聞いたが
「休暇くらいゆっくりしなよ。カリンの様子でも見たら?師匠」
とからかわれた。
カリンを探しながら、特にやることも無くコミュニティを歩いていると、ヴィンが袋を提げて歩いているのを見かけた。こちらを見てお辞儀をする。
「買い物か?」
「…絵の具」
「そういや、回収員の落書きなんかに使うから拾うな。何か描いてるのか?」
「うん…見る?」
「是非」
ヴィンの後ろについて行く。空き家の中には、絵の具やキャンパスが転がっていて、それ以外は何も無い。
「ルンクは?」
「市場で働いてる」
「…ヴィンは働かなくていいのか?」
黙って指を指す壁にかかった1枚の絵画。どこかの風景を描いたそれは、恐らくはパンデミック前の風景だろう。
華やかな街並みの後ろに、青い海が広がっている。
「…描いて欲しいって言われたから」
「綺麗だな。想像で描いたのか?」
「そう」
壁には、他にもいくつかの風景画が並んでいる。
絵は、非常に精巧という訳では無い。ぼんやりとした水彩タッチで描かれたそれは、何処でもない何処か。誰かがいつか見た夢のカケラ。
「…ベゴニアは、何を描いて欲しい?」
「そうだな…」
ふと、窓の外を見る。この国で1番大きな山。
かつては登山者の挑戦場所として、賑わっていた。
今あの頂上を知るものは、この世界には誰も居ない。
「じゃあ…あの山のてっぺんからの景色がいいな」
顎に手を置いてヴィンは山を見つめる。変なお願いだとは思う。僕も知らないあの場所からの景色。
「うん…分かった」
「結構ノリで言ったんだがな。ゆっくりで構わないよ」
「完成したら、声かける」
そういうとヴィンは現在描いているキャンパスの前に座って、絵を描き始めた。
しばらく飾ってある絵画を眺めて、小さな美術館を楽しんだ。
カリンが特訓をしているという廃神社の石垣を登る。
広いスペースで、カリンが腕立て伏せをしている。
こちらに気づいて体を上げた。
「あ…師匠。お疲れ様です」
あの時の暴走の兆候は見えない。ガスマスクを外した時に起こったのと、リズの発言。胞子を殺す実。
カリンが胞子を吸い込む事で起きる事なのはほぼ間違いない。
「師匠は、どうやって強くなったんですか?」
「どうだったかな。運が良かったのは確かだな」
自分が戦ってた時は、師なんて居なかった。
生き残った奴が、次のステージに上がっていく。
それの繰り返しで、いつの間にか残っていた。
初めてのゾンビ、初めての虫、初めての殺生。
ノウハウなんて無かったあの時から、カリンに何を渡せるだろうか。
「よし、訓練でもしよう」
「本当ですか!是非お願いします!」
身体を伸ばして、身体をほぐす。
僕が教えられるのは、如何に生き残るかだ。
「何するんですか?」
「鬼ごっこでもしようか」
「鬼ごっこ、ってなんですか?」
そういえば、カリンはそういう遊びの経験が無い。
首を傾げるカリンに伝わるような、言葉を探す。
「では改めて…ケラ喰いごっこをする」




