いつか見た場所へ
ボロい雑居ビルに入り、カリンの応急処置を受ける。
何だか気まずい。
「…師匠、僕。やっぱり自制はできそうに無いです…」
「…そうか。まぁ、こっからだろ」
"殺す必要があるなら殺す"。別にジニアを誤魔化したつもりは無い。
かと言って、カリンに情が無い訳でもない。
ジニアが横に座る。
「歩けるか?」
「あとどれ位だ?」
「ここから1.5km。この川、覚えてるだろ?」
「もちろん。僕らで塞き止めたんだもんな」
二人の会話に、シライシが首を傾げる。
「えっと…もしかしてここは」
「15km調査と称した、古参の最初の旧市街探索のルートだよ」
「あぁ、なるほど」
会話が途切れる。今回ジニアは、カリンを利用した立場になった訳だ。
ここで役に立たないからと切り捨てるのは筋が通らない。
ジニアが、カリンに言葉をかける。
「さっきはよくやった。カリンのおかげだ」
「えっ、ありがとうございます」
「だからこそ、改めて問う。カリンが回収員に拘る理由はなんだ?」
ちょうど応急処置が終わり、穴まみれのシャツを着る。
カリンは道具をだしたまま俯いて、指をなじる。
「…その、正直僕も、小さい頃の話なので…あれなんですけど」
カリンが姿勢を正す。ジニアが前に座った。
「リズの秘密が、旧市街と関係がある…みたいなんです」
‡‡‡
その時の僕は、ずっと部屋の中に居た。
小さなアパートの畳の上で、遠くのビルの窓と、流れる雲を見つめる事が、僕の日課だった。
リズは、父とよく外に出ていたけれど、僕はずっと部屋の中だった。
父の仕事が何だったのか、今も分からない。
家に帰る度、父は険しい顔になり、リズの目から光が無くなっていった。
それでも僕は、お兄ちゃんをするのが好きだった。
部屋の片付けや、部屋に干した洗濯物。
そういう言葉にしない絆が、僕らにはあったと思う。
父が外に行った後で、隅っこで泣くリズは、僕を避けるようになった。
「…わたしは、どこかおかしいから」
そうボソリと呟いた。
世界を知る前に、世界はおかしくなった。
何かを知っているはずの父は、最期は僕の手で殺した。
天秤にかけた時、リズを守りたいと思ったからだ。
ひとりぼっちの部屋の中、僕が僕である為には、兄を演じる事しかなかったから。
‡‡‡
「…リズのこと、父が隠した事は、きっとこの街のどこかにある。そう思うんです」
そうカリンは締めくくった。父を殺したとは、初めの頃に聞いていた。その見えない暗闇の端っこに、今になって触れた気がした。
「その場所は、知っているか?」
「住所は、分かりません。けど…窓の向こうに、大きな半球と、遊園地みたいなのが見えてました」
「おい、誰か分かるか?」
「うーん…カワイなら知ってるかも?」
「あいつ、詳しいもんな」
「帰って聞くしかないか」
ジニアは立ち上がる。僕も立ち上がり、体の動作性を確認する。
「なら、先ずは進もうか」
「よっしゃ!待ちくたびれぜ」
補給も処置も終わった。ここに居続ける理由は無い。
進んでいると、服屋の跡が出てきた。シライシが止まる
「ユユの服、変えません?」
汚れているのもそうだが、シンプルに格好がダサい。
せめてズボンだけでも、まともな物を履いて欲しい。
「…やだよ、布をつけるのは嫌いだ」
「確かに。その格好ではコミュニティには入れられんな」
ジニアの言葉に、ユユが黙る。
ジニアも扱い方に慣れてきているらしい。
「…分かったよ!出来るだけ薄いのにしてくれ!」
シライシとミナトで、ユユの着替えを選ぶ。あーでもないこーでもないと議論している。
「スカートはどうですか?」
「…ヒラヒラしててウザイ」
「なら、可愛いズボンとか!」
「…これ分厚いから嫌」
服の分からない僕とジニアは、それをぼーっと見ている。
「リズにも、何か持って帰っていいですか?」
「好きにしろ。あれが終わるまでは」
カリンがリズの服選びに入る。
ユユに拒否されるほどに、シライシとミナトは楽しそうな顔をする。
「デニムとかはどうです!?」
「なにこれ、動きにくい」
「それならスパッツ…だけはやばいか」
ルンクも欠伸を噛み殺し、ヴィンはそもそもスケッチブックしか見ていない。
カリンが戻ってくる。服を数着カバンにしまう。
「おい、いつまでかかるんだ?」
ジニアが耐えきれず口を開く。
「オシャレと言うのは時間がかかるものなんです!」
「そうですよジニアさん!ならジニアさんも選んでくださいよ!」
口ごもるジニアを見るのは面白い。
「ミナトって、もっとジニア寄りかと思ってた」
「どういう意味だ?」
「バリキャリパートナーみたいかと」
ムッとするジニアから目線をそらすと、ヴィンがスケッチブックをルンクに見せている。
ユユの服装のデッサンらしい。上はそのまま、下にサルエルパンツを履かせた、ゆったりとしていて薄い生地のいい塩梅だろう。多分。
ヴィンが描くのが早いのか、それだけ時間が経っているのか。
それを見せると、シライシが似たズボンを取ってきてユユに履かせる。
「…マシだけど、やっぱウザイ」
「なら決まりだ!行くぞ!」
痺れを切らしたジニアが立ち上がる。流石にこれ以上は酸素の無駄だ。
「待って、この下に付けてるやつだけ取りたい」
そう言ってユユはサルエルパンツを脱ぎ、下に履いてた男物のパンツを脱ぎ始めた。
もちろん生殖器は無い。
ミナトがカリンの目を塞ぎ、ルンクがヴィンの目を塞ぎ、シライシが僕の目を塞ぐ。
「…おい」
もう一度サルエルパンツを履いたユユは、自信満々に仁王立ちする。
「ほら!これでいい?満足?」
「ベェさん。この為に下着履かせてたんですね」
「なんかもうそれでいいわ」




